過去拍手 / 鋼の錬金術師





鋼の錬金術師 / エドワード・エルリック






さわさわと草原が揺れる。
渡る風が、野原の低い草を揺らしているのだ。
まるで緑の風の中で、立っているようだった。
エドワードは額に浮く汗を乱暴に拭って、足元に押し寄せる草波の先を見つめるために、顔を上げた。
「姉さん」
少し離れたところに立つ、巨躯の鎧。
エドワードは顔をあげて、言った。
「来るなよ、アル」
「けど……」
「絶対! 来るな!」
小さく、悲鳴のような叱責に、アルフォンスは小さく溜息をつく。
エドワードが自分に近づくたびに、金属音が響く。
草原の中に、似つかわしくないほどの。
一歩。
一歩ずつ。
踏みしめるように。
左足を進めるために、歪む姉の顔。





成長期に機械鎧をつける危険性を告げられても、エドの決心は揺るがなかった。
最悪、子供を持てないかもしれないよ。
ピナコの言葉にも、その黄金の双眸は揺らぐこともなく。





「それほど生き急ぐかねぇ」
ピナコの小さな溜息と独白を、ウェンリィは草原を一歩ずつ進むエドワードの背中を見つめていた。
「………ばっちゃん」
「ん?」
「エドは、それでもアルの身体を取り戻したいんだよ……あの中佐がそのための方法を見せてくれたから」
「………分かってはいるさ」
分かってはいる。
だけど。
「だけどさ。それでも、何かを犠牲にして何かを得るってのはこんなにも、残酷かねぇ」
老婆の独白は、再び歩み始めた少女の耳には届かない。





鋼の錬金術師 / ロイ・マスタング






ゆっくりと息を吐けば、辺りが一瞬だけ白くなる。
その光景が、気温の低さを物語る。
ロイは肩を竦めて、歩き始めた。
軍靴の音だけが、静まり返った東方指令部の廊下に響いていく。





『……君は大総統に報告するつもりかね? 賢者の石を練成した、と』
ロイの言葉に一瞬呆気に取られた東方総司令官のグラハム中将は、だがすぐに言葉を紡いだ。
ロイは少しの間、沈黙して、
『……出来ればしないという選択肢もあるかと思っていたのですが』
『するのかね』
『エドワード・エルリックが希望しています。弟ともども、この《功績》を大総統に直接報告してほしいと』





『馬鹿か、あんたは』
それがロイの言葉を聞いた、エドの第一声だった。
機械鎧ではなく生身の肉体を動かすのは、やはり少しばかり訓練が要るみたいだと苦笑するエドに、ロイはおもむろに告げた。
このまま、いなくなれ。
そうすれば、軍の狗でなくなる。
その方がいいだろう。
『あんた、何考えてる』
『何って』
『俺とアルが逃げたら、後見人のあんたはどうなる』
『………』
処罰は免れないだろう。だが、それよりも姉弟が好奇の視線に曝されるのがロイにとっては辛かった。
『おい、俺たちのためとか、言ってんじゃねえよ。あんた、上を目指すんだろ? 戦争無くするために』
静かな言葉に、ロイは自嘲するように、
『君や弟くん、それっぽっちも守れないのに、か?』
『何いじけてんだよ。意味わかんねえ。そうじゃねえだろう? 俺たちを利用しろよ。俺たちのことを大総統に報告すんだよ。そしたら、俺たちだけじゃねえ、あんただって出世する』
賢者の石だって、差し出してやるさ。
穏やかに笑うエドは、小さな声で言った。
『これには、大した力は残ってねえよ。だけどそんなことを億尾にも出さねえ。尻尾なんてつかませない』
『………そこまでする意味はなんだ?』
『俺たちは約束したんだ』
エドの表情が一瞬暗くなった。
『賢者の石を呉れた奴と。イシュヴァールの民を救うって。そのために…力がいるんだ』
『そう、か……』
『ああ。だから、これを、俺たちを利用しろ。あんたが上に上がって、俺たちを引き上げろ』
『………わかった』
『頼む』





少女の表情を思い浮かべながら、ロイは電話室のドアを開けた。
「すまないが、中央司令部大総統公邸に緊急連絡を」
「公邸に、ですか?」
訝しげな電話番にロイは鷹揚に頷いて、
「ああ。『鋼の錬金術師が、賢者の石練成に成功』と添えてくれ」





鋼の。
これでいいかい?
君の望むように、しよう。
だけど、本当にいいのかい?





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