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ずいぶん、偉そうなやつだな。
ロイ・マスタングはそう思ったけれどそんなことを一切出さずに、問われるままに頭を下げた。
「ロイ・マスタングです。よろしくお願いします」
そんな自己紹介をここ2年で何回しただろう。
なんだよ、それ。
最初から明らかにロイを敵視する子どももいた。
よろしくね、ロイ君。仲良くしよう。
笑顔で握手の手を差し出す者もいた。
だけど、1週間もすればロイの存在自体を無視するようになった。
それはみんな同じ反応だった。
だけど、こいつは違った。
ロイが差し出した手を、まじまじと見つめて、
「握手?」
「え、はい」
「ふ〜ん……はいよ」
斜に構えていた黒髪の少年は、ポケットから手を出して、差しのばされたロイの手を握った。
「俺、マース・ヒューズ。よろしくな。あ、そうそう。俺と君、同じだな」
にっかりと笑ったマースの告げた言葉を理解できなくて、ロイは聞き返す。
「えっと…それってどういう…」
「俺もね、レオ爺に引き取られたの」



差しのばされた手。
『儂のところに来るか?』
老人の差し出した手は、握れば暖かかった。
父の遠縁だと言っていた。
同じ父の遠縁の男は、にこにこと老人に頭を下げて、ロイの僅かばかりの荷物を老人についてきた青年に渡して、ロイが応える前にロイの背中を押した。
『ささ、どうぞ』
『ヘネスさん。儂はこの子の意志を聞いているんじゃ』
穏やかな口調に、しかし遠縁の男は言葉を詰まらせる。
老人は言う。
『ロイ。儂はお前の父ロナルド・マスタングの祖父の従兄弟の子にあたるが……もちろん、お前さんに会ったこともない。だからの…お前さんとは他人も同然じゃ。それでも、我が家に来るか?』
ロイはレオナイト・ミュラーと名乗った老人を見て、ヘネスを見て。
『行きます。よろしくお願いします』
深々と頭を下げた。



「俺は2年前、レオ爺に引き取られた。俺んところは、親と一緒に列車事故に巻き込まれてさぁ。俺だけ助かったんだ、母さんが守ってくれたらしい」
あっけらかんと告げる過去に、ロイはどんな返事を返していいかわからず。
長い長い廊下を通って、通された部屋でマースは両手を広げてにっかりと笑った。
「ここ俺の部屋。で、お前の部屋でもある。こ〜んだけ部屋があるのに、レオ爺がお前が落ち着くまでは同室がいた方がいいってさ。ベッドはあっち、机はこっち使えよ。で、週4日、家庭教師が来るからな。学校は通ってない、ケイビジョウの問題ってやつだ」
指さした机の上に、マースはロイから奪うように運んできたロイの荷物を置いて、またまた笑って。
「文句、あんのか?」
「あ、いや…ないけど……あの、マースさん」
「ちょっと待った」
ずずいと顔を寄せて、マースが告げる。
「俺とお前、実は同い年なんだ。だから、敬語はイヤだ」
「は、はあ…」
なんだか、今までの家と勝手が違った。
とにかく、それだけは分かった。



荷物を置くなり、マースが言う。
「よし、じゃあ行くか」
「え…どこへ?」
「妹、みたいな奴のところかな。ああ、フローにも挨拶しないと」
レオナイト・ミュラー。
それがこの広大な屋敷の主人であることは理解した。
彼には妻はもう亡く、たった一人の娘フローライトがいて、数年前の結婚で一人娘のアレクサンドライトを授かったのは4年前だという。そのぐらいの予備知識は、レオナイトから与えられていた。
『だがのう、少し前にフローは夫を亡くしての…ふさぎがちじゃ。だから、娘のアレクもほとんど構っていないようじゃ。マースと二人で、妹と思って面倒をみてやってくれんか』



「アレク」
マースが声をかけると、濃紺の双眸がにこやかに微笑んで、拙い口調でマースの名前を呼び、駆けてくる。
マースは身体で受け止めて、幼い少女を抱き上げた。
「アレク、ロイだ」
「ロイ?」
「ロイ・マスタング……」
です。よろしくお願いします。と頭を下げようとして、ロイはマースに頭を殴られる。思わぬことにおとなしくしておこうと思った仮面がはがれ落ちる。
「なんだ!」
「あはは、やっぱりな。なんだかのほほんとしてる割には、視線がきついんだよな。バレバレ」
「……」
「なあ、アレク。こいつもレオ爺が連れてきた。今日からここに住む。一緒に遊んでやれ…ていうか、こきつかえ」
「……」
「こきつかう? ああ、マースがマーサに飯作れ〜、早く作れ〜、もっと作れ〜って言ってるみたいな?」
「……お前」
濃紺の双眸はマースを見つめて、けらけらと笑う。
そして、ロイを見つめて言った。
「ロイ、よろしくね?」
「………ああ」



あの日、ロイは居場所を見つけた。
幼いアレクを抱えるマースの隣。
それがロイの、居場所だった。
11年後、焔立つ黄金の双眸を見つけるまでは。



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