01:砂舞う世界
背筋を伸ばして、年老いた老僧は毅然と言った。
『恨む』
と一言。
ロイ・マスタング少佐は一瞬中空を見つめて、それから無造作に指を鳴らした。
ロイの生んだ勢炎が、老僧を包み込み。
名も知らぬ年寄りは跡形もなく消え去った。
後にはたった一つだけを残して。
少佐の胸に、いつまでも消えぬ穿ちを残して。
まるであの日のようだと、ロイ・マスタング大総統は溜息をつく。
若かりし頃、まだ命令に従うことしか許されなかった頃に、苦渋と思考放棄を学んだ場所は、いつだって砂が舞っていて、焔の匂いが漂っていた。
「ロイ!」
喧騒の中をすり抜けて駆け込む小さな身体を、ロイは微笑みながら受け止めた。
「やあ、エド。心配してくれたのかい?」
「あたりまえだろ! あれ、見たら誰だって!」
結婚してまもなく20年が経つというのに、この愛おしさは変わらない。否、弥増すのだ。
愛しい、者。
普段だったら人目を気にして、互いの呼び方にまで神経を尖らせるのに、さすがの妻も思いもしなかった事態に慌てふためいたようで。
エドが黄金の双眸にうっすら涙をためながら、指差したのは一台の車。
それもその車は盛大に炎上していて。
「あ〜、確かにそうだね」
「……大丈夫、なのか?」
「ああ。心配してくれて悪いんだけどね」
その言葉に、すすと妻の身体が離れた。
惜しい、とは思ったけれど、非常事態だからあえて口にはせずにロイは立ち尽くす軍人たちに声をかける。
「何をしている、消火しないか」
「あ、でも……水が」
「砂をかけるんだ。ここにはいくらでもあるだろう」
大総統の指示に軍人たちは慌てて消火を始めた。
マスタング大総統によるイシュヴァール視察はその為政時代に3度行われた。
そして最初の視察の際、事故は起きた。
大総統一行の車がオアシスで爆発したのだ。
イシュヴァール復興に尽力するエドワード・エルリック・マスタング夫人も同席しており、イシュヴァール過激派によるテロも警戒されたけれど。
大総統一行の車は、実はエンジンルームに大量の砂が紛れ込んだことによるエンジン発火だった。
その報告を受けて、ロイは微笑みながら言った。
「ほらな。簡単にテロにするんじゃないよ。冤罪にしたらあとあとが面倒だからね」
『恨む』
一言、そう一言でロイの胸に穿たれた瑕は癒えない。
ましてロイにも癒すつもりもなかった。
一生、持っていく。
他者の命を、いとも簡単に奪ったことの報い。
それゆえの、瑕だった。
そして、大総統として為さねばならぬことをする。
一瞬にして姿を消した、老人の、いまや声ばかりで顔すら覚えていないけれど、彼に心中で告げる。
忘れない。
そして、必ずこの悲劇を伝える、と。
世界の中で、砂が舞う。
ロイの思いを乗せて。