06:篝火の向こう
静まり返った、世界。
そうとしか言いようのない世界に、エドワードは立っていた。
広場の中央で陣営を開くように言われて、設営すれば、すぐに夕闇が迫ってきた。
砂漠の中、まして破壊され尽くしたこのイシュヴァ-ルに発電機能など期待するのもむごい話で。
申し訳程度の焚き火が辺りを照らす。
僅かに吹きぬける、乾ききった風に頼りない焚き火はふらふらと揺れる。
揺れる焚き火に導かれた建物の影は、陰鬱な雰囲気を一層にかもし出し。
エドワードは溜息を長く細く、吐いた。
「ここまで頑強な地域もはじめてね」
珍しいアレクの弱音だった。
だがエドはそれを非難できない。
この地に来て、2週間。
今までの場所ならば、貧困にあえぐイシュヴァ-ルの民は、最初こそ遠巻きに眺めていても、医療がただで受けられることを理解するとそれとなく近寄り始めるものなのに。
まあ、無理もないとは思う。
アエルゴにもっとも近いこの辺りは、イシュヴァ-ル殲滅戦で凄惨な大量殺戮の現場になった、とロイに聞いたことがある。
『イシュヴァ-ルの民は、殲滅戦が始まってアエルゴに亡命しようとしたんだよ。でも、認められなかった』
国境の門は硬く閉ざされた。
仕方なくイシュヴァ-ルの民は、すぐ近くのオアシスで集住し始めた。
そして、国家錬金術師によって殲滅された。
徹底的に。
『難しいと、儂は思う』
いつものとおり、ジェザームの名前を出して受け入れてもらったイシュヴァラ教の老僧は溜息混じりに呟いた。
『儂らは、傷つきすぎた。期待しすぎたばかりに、その反動も大きい』
助けたいのだ、と声を大に叫んでも。
姿を見せないので、食糧・医療品を持っていってくれと頼んでも。
応えは何一つない。
夜になる度燃やされる焚き火と、それを用意する一人の老人だけが、このオアシスにイシュヴァールの民が生きている証拠だった。
少なくとも、目に見える限りは。
だが救援隊の誰もが気づいていた。
ゆらゆらと揺れる篝火の向こうに、息を潜めてじっと救援隊の陣営を見つめている視線がいくつもいくつもあることを。
「無理、か……」
「あせらないって、決めたんでしょう? エド」
義妹の言葉に、エドは目を伏せる。
身体の傷は容易く癒えても、心の傷は未だ癒えず。
分かっていたつもりだった。
だけど、心のどこかで甘えがあったのかもしれない。
救援、救う、支援、自分たちが与えられる存在だという驕り。
そんなことはないと、否定したいけれど。
今は自信がなかった。
「俺は、間違えてない」
「うん」
「この方法が俺にできる、方法だから」
「そうだね」
ゆらゆらと蠢く陰鬱な影を睨みつけながら、エドワードは肩越しにアレクサンドライトに振り返りながら言った。
「俺は、続ける」
「うん」
「続けて……いいよな?」
「うん」
黄金の双眸は、陰鬱な影を射抜くように見つめていた。
半年後、再びの訪れで救援隊は恐る恐るではあったけれども、このオアシスで歓待を受けることになるが………それは別の話。