08:さらさら零れて、掴めそうで掴めない






それは、望んだ形ではない。
それは、望んだ結果ではない。
だけど、ここにある。
だけど、そこに存在する。



この大地にイシュヴァラの神が撒かれた、砂のように。



「…………いたいよ」
それが少年の最期の言葉。
抱き取った、小さな、痩せ細った身体は、しかしすぐに温度を無くした。
ジェザームの腕の中で。
「あいつら、ころす。あいつら、ころす…」
もう銃弾すら尽きた銃を片手で握り締めて、青年は呟く。だが、ジェザームがゆっくりと銃を取り上げると、青年は肩を落として、さめざめと泣くのだ。
母を思い。
姉妹を、思いを伝えることすらできなかった恋人を思って。
「シーリア……」
息絶えるイシュヴァールの民たちに、男は一言二言、末期の祈りを捧げる。
イシュヴァールの民にとって死ぬ時、傍に僧がいるといないとでは意味が違う。イシュヴァラの神に至る場所を、僧の祈りによって導かれるのだ。ほとんどの民が感謝しながら息絶える。
「ん」
差し出された煙草をくわえて、男は火を点けた。
無言のまま、砂の大地に座り込めば、煙草を差し出した男がくすりと笑う。
「あんた、愛想悪いな」
「………」
帰ってこない答えに、男は苦笑しながら自分も煙草をくわえる。
「ま、いいさ。それでも、あいつらにとっては救い、なんだから」
俺たちよりもな。
自嘲する男に、ジェザームが静かに問う。
「……………名は?」
「あ? 俺か? 俺は、ロックベルだ。物好きな……アメ公だよ」
アメストリス人を揶揄する言葉を、自ら口にする男性医師をジェザームは振り返ってみつめて。
「そうか。私はジェザームだ」
「ふん、来てから四日もたって自己紹介とは優雅なことだ」
「…………この辺りも、まもなく殲滅地域に入る。貴方たちがいるからといって、軍は手を緩めないだろう」
静かなジェザームの言葉に、ロックベル医師は鼻で笑って。
「一介の医師夫婦のために、軍が待機するなんて、甘い考えもってねえよ。ただ、な……」



ただ、助けられる命があるなら、助けたいだけだ。
告げられる言葉に、ジェザームは眉をひそめて、言葉を返す。
「だが、あなたたちの声は、軍には届かない」
イシュヴァールの民は、もう。
手を伸ばしても、誰の手を掴むことすらないのだ。
ジェザームはそう思う。
だが、男は笑った。
「それでも、俺は手を出したいんだよ。足掻く者が二人なら、いずれはどちらかがどちらかの手に辿り着くだろ?」



救いたいと、手を差し伸べること。
助かりたいと、手を伸ばすこと。
どちらも忘れてはいけないこと。
もう、助けは少ないかもしれないけれども。
今は、叫びたい。
本当に小さな可能性でも、掌中の砂のように、さらさらと零れ落ちてつかめないような、そんな小さな砂粒でも。
もしかしたら、掌中に一粒、残るかもしれない。
そう、信じたかった。



信じたかった。
自分のために。
民のために。



「そう、だな」
褪せた黄金色の砂漠の上で、煙草の紫煙がふわりと揺れた。




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