09:道なき道を何処までも






さようなら。



そう告げれば、彼は一瞬困ったような表情をしたけれど。
やがて小さく頷いて、微笑んだ。



元気で。



振りかえる。
その先にあるのは、道。
少しだけ砂色の道。
砂漠の裾野、わずかに人と動物によって踏みしめられて、道となった場所。
この道は、いつ出来たものだろう。
ふと、彼女はそんなことを思った。



道は、そこに生きる者と、時間が生むんだよ------。



そう告げたのは、誰だったのだろう?
シレリアナの記憶にある声は、男の声だったけれどシレリアナはその声の主が誰か、もう思い出せなかった。
誰、だったろう?



人生も同じだよ。
人の歩いた道をたどるのは、容易いけれどね。
でも、それではだめなときだってあるだろ?



重なる声。
ああ、この声は覚えている。
旅立つまで、いつだってそばにいた声。
自分が別れを切り出せば一瞬困ったような表情を浮かべたけれど、やがて穏やかに微笑んで。



自分は、何を期待していたのだろう?
縋って、必死になって引き止めてくれると思っていたのかもしれない。
ここ数十年、裏切りつづけてきた…妻を?
強く優しい、あの男は黙って受け入れてくれた。
二人で過ごす時間だけが、永遠だったから。



けれど。
自分たちの時間は、決して前に進む道を作らない。
それに気づいたのも、遥か昔。
絶望し、厭んだ。
そして、夫を、ジェザームを裏切ることで、自分という存在意義を探そうとしたけれど。



そんなことで、道はできないのだ。



「私は、進むのよ。ジェザーム。私のために。私の道を、作るの」



彼女の呟きは、風に消される。
それでも、彼女は進むのだ。
新たな自分の道を大地に刻むために。




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