10:夕闇に包まれる前の一瞬、目に焼きついた紅






さっき、電話をした。
久しぶりに聞く、マスタング大佐の声は少しかすれていて。
それが、電話回線の不調の所為か、大佐自身の不調かは分からなかったけれど。
エドの言葉に、大佐はすぐに声をなくした。
『………………』
『大佐?』
『………聞こえている』
『そうか。ま、そういうことだから』
『そういうこと、じゃない!』
突然の怒鳴り声に、エドは肩を竦める。
電話ボックスに外にいたアルにもその声は届いたようで、何事かと首をかしげている。エドは何も無いと、手を振ってみせて。
『賢者の石が、手に入った……だと?』
『うん。これから練成する。終わったら……また連絡するから』
それは後見人である大佐への、エドにしかわからない決意だった。
再び、罪を犯すことになるという、自覚。



アルの身体を取り戻すためになら、何だってする。
そう。
じゃあ、そうなさい。
でもそれは
あなたの
一生かかっても償いきれないほどの罪よ。



そう告げた女は、電話ボックスから少し離れたところで、妖艶に微笑みながらエドを見つめていた。
その横で、額に十字疵のある男が伏目がちに沈思しているのが見えた。
エドは二人をまっすぐに見つめながら、受話器を置こうとした。
『鋼の!』
声に、手が止まった。再び受話器を耳に当てる。
『なんだよ』
『……わかった。だが場所を教えてくれないか。すぐに迎えに行く』
優しい声に、エドの心の何かがざわめいた。
『……いや』
『なぜだ』
『……そうじゃない。終わったら、連絡するよ。そのほうがいい』
大佐はそれ以上は問わず。
数瞬の沈黙に続いて、長く深い溜息のあと。
『わかった』
『うん、頼むよ』



さくり。
踏みしめた砂の柔らかさにエドは思わず身体が傾いだ。
「兄さん」
すかさずアルフォンスが手を伸ばす。
「お、すまねえ」
夕陽がゆっくりと、砂丘の彼方に消えていく。
先導する二人にエドは声を上げる。
「まだか?」
「そうね」
「いいだろう」
二人が足を止める。
できるだけ、人の住まう場所から離れた方がいいだろう。
そう言ったのは男だった。
かつて、自分たちが無意識のうちに行ってしまった練成のことを聞かされているから、エドとアルも抗議はしなかった。
男と女が、神の力を手にして、練成したのは無数の命。
滅びたのは、彼らの街。
もし、再びその力を使うのならば、同じことが起きない、とも限らないのだから。
「……エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリック」
男は静かに問う。
「これで最後だ……いいんだな」
その問いに、エドワードは深く首肯する。
迷いは、なかった。
「そう。じゃあ、仕方ないわね」
女の静かな答えが、すべてを示していた。



斜陽が、ゆっくりと砂丘の彼方へ。
黄金に輝いていた蒼穹は、やがてぬばたまの闇へ、色を変える。
だが、わずかな夕陽の残滓が。
紅の色を漆黒の闇に残すのを、エドワードは見た。



「それでは、はじめよう」
紅の逆光を受けて、男の表情は見えない。
だが、声は届いた。
「おまえたちの、望むままに」




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