02:仕事の時間






どさりと執務机に乗せられた書類の山に、ペンを握ったまま、マスタング少将は眉を顰めた。
「…………どういうことだね?」
「どういうことも、なにも」
美しき副官は背筋をきりりと伸ばして、言い放つ。
「少将の決済を待つ、書類の山、ですわ」
「…………聞いていない」
「今言いました。正確には先週も、申し上げました。ですが、少将はすべてを擲ってご自宅に向かわれました。覚えてらっしゃいますか?」
びしりと言われて、しかし少将は胸を張る。
「あの時は仕方ないだろう。エルリック家の双子の風邪をフェルが、それを看病していたエドまで寝込んでしまったのだから」
「ですが、あの時、マスタング夫人とご子息は、私の記憶が確かなら、エルリック家でエルリックご夫妻に看病を受けていましたよね?」
帰る必要などなかったことを言い逃れさせない。
先回り先回りで、少将の言い訳を封じながらホークアイは続けた。
「なので、これだけ決済が残っています。既に期限が過ぎたものもいくつもあります。先方から催促があったものももちろんありますが。どれを優先させますか?」
「…………少佐」
「前もって申し上げておきますが」
ホークアイは冷たい視線を机越しの上官に向けた。
「とっとと片付けないと、明後日、休み、取れませんからね?」
「………明後日?」
「あら、どなたの誕生日ですから、きっと休みを言い出されるのではないかと思っていたんですけど」
わざとらしく視線を泳がす副官を見やりながら、少将は眉を顰めて。
すぐに思い至る。
「あ」
「いいんですか、決済残したままは休ませんから」
「少佐」
「はい」
「………必ず明日までに片付ける」
「よろしくお願いします」



忘れていたわけではないけれど。
明後日が、愛しき妻の誕生日だったことを思い出した。
もちろん、プレゼントも用意してある。
だけど、今は。
「少将、この書類の決済も急ぎますので」
「………少佐。決めたぞ」
「はい?」
胸をはる少将の言葉にホークアイは目を細めて。
「今日は徹夜する」
「……だめです。早く決済を仕上げて、今日はお帰りください。ゆっくり寝て、ああ、お疲れになって出勤なさらないように。そうすれば、すぐに仕事は片付きますよ」
家族のために、今は仕事なさい。
静かに諭されて、少将は深い溜息を吐く。
「エド……フェル」
「さあさ、二人に会いたいならなおのこと。頑張ってくださいね」
穏やかな副官の言葉に、一瞬むくれた少将だったけれど。
すぐに自分に気合を入れなおして。
「よし、やるしかない」
「はい、そうです」



一心不乱に仕事に向かう上司を見るたび思う。
いつだってこうやって取り組めば仕事に早いのに。
家族の時間を大事にするあまり、仕事の時間が疎かになりがちだ。
ホークアイは小さく溜息を吐いて、思い至る。
そうか、ならばマスタング夫人に協力を仰いで、仕事の時間配分を決めてみるのも悪くないかもしれない。
今度、やってみよう。
不意に思いながら、副官は上官に背を向ける。



口元に浮かんだ微笑を見せないために。




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