07:如何なるときも冷静に
それは、本当なら非難されて当然だったかもしれない。
だが、非難を口にする者もなく。
ロイとアレクは……いつものように軍務に就いた。
マース・ヒューズが准将に昇格した後も。
その関係性を知るものが少なくても。
いつものように、
軍務に就いた。
それが、彼らにできることだったから。
嚥下すれば、喉の奥が熱くなる。
ロイは小さく溜息を吐いた。
頬杖をついて、物憂げな表情にアレクが視線を走らせる。
「ロイ」
「………なんだ」
「眉間、皺が寄ってるよ」
「………だからなんだ」
「なんだじゃないよ、周りが雰囲気悪くするから」
飄々とした妹の言葉に、ロイは妹をじろりと睨んだ。
「アレク」
「………こんなときに説教したって、聴きません」
すっぱりと言い切られては、再びウェイターが差し出したカクテルを呷ることしか、ロイにはできない。
マースが意識不明に陥って、2週間。
回復の兆しは、未だ見えない。
「身体は治りつつあるんだけどね……頭を怪我してるから、分からないのよ」
アレクもカクテルを口に運ぶ。
「………あたしも、まだまだ未熟ってことかな……」
「何を言う」
ロイが肩肘をついて、手首を柔らかく曲げてカクテルグラスを持ち上げて言った。
「あの時、お前が中央にいなければ、あいつは死んでいた……医者だってそう言ったじゃないか」
『死に至っても、おかしくないほどの怪我でした。命に関わるような外傷は、ミュラー大佐が適切に治療されましたよ。本当に、大佐が中央におられてよかった』
軍医が駆けつけたグレイシアに説明するのを、アレクは遠くで聞いていた。
力なく項垂れるアレクに、グレイシアが声をかけた。
『アレク……ありがとう』
『…………うん』
まだわからない。
目覚めるか、目覚めないか。
よしんば目覚めても、身体の何処かに障害を残すかもしれない。
その言葉が、アレクは出せなかった。
近しい自分だからこそ、グレイシアに告げなくてはいけないことだったのに。
「未熟、というなら私もそうだ」
カラン。
グラスの中の、氷が揺れた。
ロイはグラスをゆっくりとカウンターに置いて。
「結局、錬金術師でないマースに……守られてしまった」
誰かを守るために、軍人になった。
幼い、傷ついた少女を守るために、親友であり、兄弟でもあるマースと同じ道を辿り、国家錬金術師になったのに。
まだ、自分の手は。
血塗られただけで、誰かを守ることも出来ない。
守られている。
守るために、上を、高みを目指すと決めたのに。
「そうよ」
ぽつりと、アレクが言う。
「そうよ……ロイ。マースはまだ、生きている。きっと……そう、きっと起きてくれる。だから、あたしたちはまだ、立ち止まれない。前に、進むしかないのよ」
ロイは自分の掌を見つめながら、呟く。
「進むしか、ないな」
「ええ。進む先に何があるかは分からないけれど」
そこに待ち受けるものが何かは、誰にもわからない。
だが、何かが待ち受けているのはわかっている。
だから、いつでも対処できるように、心を静めて前に進む。
決して、マースのような犠牲を伴わないために。
「そうだな……いかなる時も、冷静に、深慮する」
「ええ」
待っている。
だけど、立ち止まらない。
先に行くぞ、マース。
だから、従いてこい。
お前のためにも、道を作ろう。
必ず、従いてこい。
私も、アレクも、待っている。