04:深い緑の石






「…………いいのですか」
「良いも悪いも」
男は穏やかに笑って。
「これはチャン族に与えると決めた。何せ、チャン族の封領から出たもの故に、な」
ちらりと傍に立つ男を見れば、男でありながら絶世の美貌を得たジエン・チャンが鷹揚に頷いた。
「皇帝陛下の御心のままに」
「…ということだ。メイ・チャン皇女、これはチャン族に下賜する。まあ、皇女の結婚祝だ。受け取れ」
横柄な物言いだが、メイは最敬礼で答えた。
「ありがたく頂戴いたします、皇帝陛下」



丁寧にそれを覆う絹布を広げてみれば、アームストロングが思わず声をあげた。
「大きいな」
「でしょう? 多分、シンでも最大級の玉だと思うの」
メイの言葉の語尾には溜息が混じる。少しぐずる我が子をあやしながら、アームストロングが問う。
「何か問題でも? 良かったじゃないか。献上品を下賜されたのだから」
もともとこの玉と呼ばれる翡翠は、チャン族の領土である山中で発見された。最上級の品質、その大きさから現在チャン族の族長を務めるメイとジエンの伯父が二人に相談の上、皇帝に献上すると決めたのだ。
つまり、皇帝が持つほどの玉であるということ。
「……そこが問題なのよ、ルイ」
「む?」
アームストロングは胸の中でようやく眠り始めた娘を、ベビーベッドに慎重に寝かせて、再び問う。
「何が問題なのかね、メイ」
「皇帝が持つほどの物を、チャン族が与えられた、ということよ」
「……なるほど。皇帝にとって、優遇されるべき一族として公認された、ということか」
「リンのことだから、多分意図があってのことだろうけど」
深い溜息を吐き出しながら、メイはそっと翠の石に触れた。
西のアメストリスで金剛石、つまりダイヤモンドがもっとも珍重な宝石とされるのとは違い、シンではもっとも高価な宝石は翡翠、特に深い翠を湛えた翡翠は特に玉と称する。公式の場でつけることを許されているのは皇帝とその一家、そして皇帝が特別に許す者以外にはいない。
だが、この玉はチャン族に下賜された。
とはいえ、チャン族が身につけることはない。
おそらくは子孫末裔までの家宝として伝えられていく。
チャン族が皇帝に優遇されている、という事実の証拠として。
「困ったなぁ……」
メイが再び溜息を吐けば、アームストロングはそんなメイの横に座って、思わず微笑んだ。それをメイは見逃さない。
「なに?」
「いや。困っている奥さんもなかなか可愛いと思っただけ……なのだがな」
「あら」
ぽっと頬を染めるメイを微笑みながら見つめるアームストロングは静かに言った。
「貰っておいて、いいんじゃないか」
「……ルイ」
「皇帝は結婚祝、と言ったのだろう? 貰っておけばいい。陛下にはお返しで、アメストリスの珍品を見繕ってもらうよ」
「そんなのでいいのかしら?」
「ああ」
巨躯の男は、考え込む新妻を引き寄せて。
穏やかに抱き込みながら、言った。
「いいんだよ、きっと」



「素直じゃないですね、全く」
嘆息交じりに告げられて、リンはぶすりと返す。
「なんだ、文句でもあるのか。ジエン」
「文句はありますけどね。まあ、今回は言いません」
皇帝と枢弼師にあるまじき軽口を叩きながら、ジエンは衣装を脱ぎ散らかした中に座り込んだリンを覗き込む。
「まさか、あの玉を下賜するとは思ってなかったから」
「結婚祝、と言っただろうが」
脱ぎ散らかされた絹を、ランファンが無言のまま素早く片付ける。リンは煙草に火を点けて。
「まさか、エイファの父親がアメストリスの大男だったとは……まあ、今更文句を言っても始まらないがな」
「あれが選んだ男だから。私は何も言わないよ。あれは、メイは、アメストリスで生きていくための糧と伴侶を得たんだ……君に託してよかったよ」
ランファンが下がって、初めてジエンはくだけた口調になった。リンは鼻で笑って。
「向こうに帰るかもしれんぞ。メイとエイファを連れて」
「それでも構わない」
告げられた兄の言葉に、リンは目を細める。
「メイは、とうに私から巣立っていった鳥だから」
そしてジエン・チャ枢弼師は典雅としか形容しようのない動きで最敬礼をする。
「皇帝陛下に御礼奉ります。我が妹姫の婚儀に際する思い、確かに納めさせていただきます」
「………やるなら、百官揃ってるときにしろよ」
リンの愚痴は、ジエンの鉄壁の微笑みにぶつかって消えた。




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