07:水辺に咲く紫






「まあ、もののみごとに泥まみれ、ね」
アレクは息子たちのその姿に、思わず苦笑する。
朝、遊びに行くといって出かけた上の二人の息子。
夕方まで戻らず、数年前に誘拐事件もあったことで、アレクは内心心配していたのだ。
ところが帰ってきた息子たちは全身泥まみれで、玄関に上がることを躊躇していたのを、父であるアルフォンスに発見された。
「ほんとに、一体どこで何してきたんだい?」
あきれ果てて、アルフォンスが玄関先でまだ泥水が滴る靴と靴下を脱がせる。
双子の息子、テオジュールとレオゼルドはむっつりと口を閉じ、父のするがままになっていた。
だが、二人とも片手を背に隠していることにアルフォンスが気づいた。
「ん? 二人とも何持ってるんだ?」
そういわれれば、二人の背筋が伸びて。
互いをみやって。
ほぼ同時にそれを前に突き出した。
その視線の先には。
「………ん? それ?」
「あげる」
「ママに」
「え?」
ぺたぺたと玄関の石床に足跡を残しながら、双子はアレクの元に進み、それを手渡し。
「お風呂入る!」
「僕も!」
「あ、お前たち」
アルフォンスが止めようとするが、もう姿はなく。
「やれやれ、やんちゃになったな」
「そうね……アル、見て」
アレクが双子から手渡されたものを見せる。
それは紫の花、だった。
「……アイリス、かな」
「ええ。先週、植物公園に5人で行ったのよ」




「きれい〜」
「本当に綺麗ね。こんなにたくさん咲くなんて」
アレクサンドライトは、息子のイオドリックを胸に抱いて、その光景に微笑んだ。
大都市である中央にも、整備された公園がある。
広大な敷地を誇る公園は植物園もかねていて、最も大きな池には今を盛りと花が咲き誇っていた。
「アイリスって花よ」
「アイリス?」
「ええ。テオ、レオ、覚えている? シンからメイが来た時、一緒に来たリンって男の人がいたでしょ?」
リオライトのベビーカーを押していたテオがしばらく考え込む。
「えっと……目が細い人?」
「そうそう。あの人がこの公園にアイリスを植えたのよ」
リンはさまざまなものをアメストリスにもたらした。
幾種類かの花の種も持ってきて、植物園に寄付した上に記念に植えていったのだ。
根付いて数年。
今年、特に見事に花を咲かせた。
紫の、シンにあっては剣を示すこともあるという、アイリスの花。
池の外れを紫に変えるほどの色合いを見せている。
「綺麗ね、リオ?」
まだ言葉を話さない末の娘ははしゃいだ声をあげている。
そのすべやかな頬を撫でて、アレクは再び振り返る。
「本当に、綺麗だわ…」




「あの子達、覚えてたのね」
「………ねえ、アレク。一つ聞くけど植物公園って、子どもの足でここからどれくらいかかるか、知ってる?」
「そうね、あの子達なら2時間くらいはかかるんじゃないかしら」
穏やかに答えるアレクに、しかしアルフォンスは眉を顰めた。
「往復4時間だよ? まして泥まみれなんて」
「しかたないでしょうね。きっとアイリスを取るときに、池に落ちたんでしょう」
さらりと答える母親に、しかし少し心配性の父親が声を上げようとするけれど、少し茶目っ気を残した笑顔で先に制される。
「きっと、あたしを喜ばしたい一心でやったんだから、今日のところは許してあげて、ね?」
「…………」
「ね?」
覗き込まれて、可愛らしく小首を傾げられれば、叶わない。
アルフォンスは深く溜息を吐いて。
「本当に、アレクは」
「優しいんじゃないわよ」
アレクは苦笑しながら、
「ねえ、アル。双子は、少し寂しいのよ。イオとリオが生まれて、あたしたちはかかりっきりでしょ。少し……ホンの少し、甘えたいんじゃないかなって」
「………そうか」
「でも、あたしのために、長く歩いて、池に落ちても、アイリスを取ってきてくれたんだから」
今日のところは、ね?
再びのおねだりに、アルフォンスは微笑みながら頷いた。
「そう……だね」
「うん」




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