10:舞い散る桃色の花びら






「わ〜」
「きれ〜」
子供たちが大きく口を開けて、ぼんやりとそれを見上げている。
アレクは3人の子供たちの頭を、優しく撫でた。
「あんまりお口開けてると、花びらが入っちゃうよ」
その中に自分の息子も入っているのを見て、エドは思わず苦笑する。
「なんだよ、フェルの奴、アレクんとこの子供になったのかよ」
「一人っ子は寂しいからね。兄弟がほしいんじゃないかい」
気づけば横に、自分の夫を見て。
エドの苦笑はますます深くなる。
「ロイ」
「ん?」
「そうやって、さりげないつもりで次の子供が欲しいなぁなんてねだられても困るんだけどな」
「え、さりげなくなかったかい?」
「全然」
「………そうか」
「………………別に、出来たら出来た時だけどな」
一見投げやりに聞こえるけれど、それは彼女にとっては珍しい譲歩で。
ロイは思わず笑った。
顔を朱に染めたエドが抗議する。
「なんだよ、そこでなんで笑う!」
「いや、相変わらず君は可愛いなって」
顔を染めた朱は耳と首まで染めて。
「………もう、いい!」
「よくないよ」
ロイは穏やかに笑いながら、言った。
「出来たらいいね」
「………………そう、だな」





夏、クセルクセス鉄道をはるばる通って届いたシン国からの贈り物。
年に一度、シン国皇帝から贈られるそれは、時に豪華な織物であったり、鉱物であったり、あるいは植物であったりする。
成木で根元を保護するために荒布でぐるぐる巻きにされた贈り物には皇帝自らの説明書きが書かれていた。
シンから留学していたメイが嬉しそうに語ってくれた。
『これは華桃ですよ。それも帝家の庭園のみに植えられるのを許された大華桃ですね。花はすごく大きくて、花弁が多いし、花が咲く時は一斉に咲くんです。だからとってもきれいですよ』
そう言っていたメイは花が咲く前に、シンに帰っていった。
先月エドに届いた便りでは、もうシンの華桃は季節が終わってしまったという。
今年はアメストリスの華桃、なんとか咲きそうだと、エドは返信したことを思い出す。
元気にしているだろうか。
メイも。
アームストロングも。
リンも。
「どうかしたかい? 遠くをみつめて」
夫の言葉に、エドは小さく笑った。
「………俺、年寄りみたいだ」
「ん? なんだって?」
突然の言葉に、ロイは眉を顰めた。
「年寄り? どこがだい?」
「………メイのこと考えてた」
「メイ皇女のこと?」
それがどうして年寄りになるのか、分からないな。
ロイの言葉に、エドは華桃の下で相変わらず口を開けている我が子を含めた3人を見つめながら、
「誰がどこに行った、ああ何年前だったなぁって考えるのって、年寄りくさくないか?」
「………ずいぶん偏見じみているな」
ようやく妻の意図を理解して、ロイは小さく笑った。それを少し憮然とした表情で睨み返して、
「んだよ」
「いや、そういうことを考える君は、相変わらず可愛いなぁと思ってね」
不意に肩が拘束された。そして同時に背中が温かくなる。その意味をエドは知っている。憮然とした表情を崩さないまま、
「ロイ」
「なんだい」
「……子供たちも、アレクもいる」
「うん。でも、こっちを見てないからいいだろう?」
「……ここは外だ」
「そうだが、見渡す限り人影はなかったよ」
ちゃんと確認してからしたんだから、許してくれないかい。
耳元で囁かれて、しかしエドの表情は崩れないまま。
「……俺におんぶしろって?」
「いや、むしろ後ろから抱きしめている、という表現にしてくれないかな」
緩やかに背中から抱きしめられて、しかしエドは黙って空を見上げた。
華桃の桃色の花弁がひらりひらりと舞う。
エドがそれを捕まえようとするけれど、エドの指を掠めて花弁はあてどなく柔らかな風に漂う。
「あ」
「とってあげようか?」
囁かれて、エドは頭を横に振った。
「……いいよ」
「なぜ」
「なんかさ、勿体無い気がするんだ」
「勿体無い?」
「ああ。地面に落ちるまで、この花ってきれいなんだな。最後の最後まで。それを邪魔するのは、どうかなって」
「………君は詩人だね」
ロイの言葉に、エドは微笑を返して。
「そうか? なんとなく思っただけだけどな」





ひらりひらりと、一枚一枚、枝から落ちる桃色の花弁。
柔らかな風に乗って、右へ左へ揺れ落ちて。
ゆっくりと中空を漂いながら落ちていくその様子は、幻想的で。
子供たちが口を開けて華桃の下で見上げているのも仕方ない、とロイは思った。
だから、エドがその最後の美しさに見惚れるのも仕方ない、と思えた。





「エド、さっきの話だが」
「……さっきの話? ああ、年寄りくさいって」
「私は年寄りくさいなどとは思わないよ。過去を思い出すのは、人として当然の出来事であり、知り合った者の安否を気遣うことはやはり当然だろう? それを年寄りだというなら、私は年寄りでいいが」
「……実際、俺より年寄りじゃねえかよ」
「……如何せんともしがたい問題をここで持ち出されても困るがな」
溜息を耳元で感じて、エドは思わず苦笑する。
「わかった、俺の言い方が悪かった」
「うむ」
「……みんな、元気かな」
「どうだろうね。気になるかい」
「ああ……元気だと、いいな」
エドの言葉に、ロイは小さく頷いて。
「そうだな」
「いつか、シンに行ってみたいな。みんなで。もちろん……ロイも一緒だ」
「ああ。いつか、だがな」
叶うことのない夢かもしれない。
だが、ロイはエドの言葉を否定せず、ゆっくりと落ちてくる花弁を見つめながら応えた。
「いつか、行こう。シンに」





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