02:花が飛んでいるように見えるんだけど






「仕上がったそうよ」
アレクが受話器を置いて、アルに言った。
アルは小さくうなずいて。
「そう…」
「少し細かく注文をしたから、手間取らせたみたいね。でも、職人が腕の見せ所だってがんばってくれたって」
「アレクの体調がいいなら、明日にでも見せてもらおうか」
「そうね」
アレクが腹部を庇いながら、ソファに座った。
アルは微笑みながら、代わりに立ち上がる。
「お茶でも入れようか?」
「ん、いいよ。あとで自分で淹れるから」
「……じゃあ僕が淹れても」
「駄目」
アレクは穏やかに笑って、
「少しは自分で動かないと。妊婦さんを甘やかさないで、お父さん」
揶揄するように告げられて、アルは苦笑する。
言ってる言葉は、医師のもの。
だが、その台詞を吐くのは妊婦自身なのだ。
「お父さんって」
「まだ照れくさい?」
「……そりゃあね」
「大丈夫よ、嫌でも慣れるし、これから一生聞き続けるんだから」
アレクの言葉にアルは頷いた。
あと数ヶ月で、アルフォンスは父親になる。
だがその前に、家族が一人、増える。
姉エドワードとロイ・マスタングの結婚式まで2週間をきっていた。
「そうだ、明日病院に行くつもりなの」
アレクが勢いをつけながら、立ち上がりながら言った。アルは小首を傾げる。
「病院? 検診じゃないよね?」
「ええ。医学書でわからないところがあるから、ガーランド先生に聞きにね」
「そうなんだ。それって昼間? そんなに時間がかからないなら、夕方僕が送って行って…」
不意に納得した。
アレクの中では既に明日のスケジュールが出来ている。
「で、見に行くんだね」
「アルもどう?」
「もちろん、行くよ」






「見てきましたよ、昨日」
告げられた言葉が、喜ばしい内容であることをそれだけで察してロイが笑んだ。
「そうか、よかったかい?」
「ええ。アレクの注文どおりでした。あれなら姉にも似合うでしょうけど…」
アレクと結婚した段階で、既に弟ではあるのだが、2週間後に正式に義弟になるアルはちらりと未来の義兄を見遣って、
「確認、しなくても?」
「アルフォンスとアレクの見立てなら、私は全幅の信頼を置いているけれど?」
「……そう、ですか……」
最初、アレクはロイにもエドにも何も伝えずに『それ』を注文した。それを知ったアルはせめてロイだけでも知らせておかなければ、二重に注文してしまうことになるとこっそりと、ロイに伝えたのだ。
そして帰ってきた答え。
『君たちに任せるよ。エドにはサプライズにしておいた方がいいね。私から伝えておくよ』
続いた言葉に、アルは苦笑したことを覚えている。
『私も見ないでおこう。その方がエドと楽しみと驚きを共有できるからね』
「楽しみ、だな」
本当に楽しそうに、ロイは言う。
「そのドレスを、エドが着ているところを想像するだけで、私は幸せだよ」
「その気持ち、わからなくもないですけど、実の弟に惚気るのはこっちがこっぱずかしいから、やめてください」
楽しそうというより、鼻の下が伸びきっている。
頭上には花、その上には蝶さえ見えそうな惚気ぶりだ。
決して、『焔の少将』と賛美する女性たちには見せられないな。アルは苦笑しながら、
「アレクも言ってましたよ。惚気るのはエドの前だけにしてほしいって」
「エドワードの前だけ? アレクも罪なことを言うものだな。じゃあ、なにか? アルフォンスはアレクのことを、余所で惚気たりしないのか?」
思わず言葉に詰まった。
研究所の自分の執務机の上には、アレクの写真が飾ってある。
アレクのことを、特に今は妊娠中だから体調などを聞かれれば、自分もにやけているような…気がする。
アルは必死で自分とロイがどう違うか、探して…答えた。
「聞かれれば言いますけど……」
「言うんじゃないか」
「聞かれたときだけですよ。僕は自分から言いません」
「別に言ってもいいじゃないか。減るものでもなし」
「少将なら言えるでしょうけど…僕は言えません」
重なった視線を先にはずしたのは、ロイだった。
「……とにもかくにも、楽しみだな」
「え?」
「エドのウェディングドレスだよ」






アレクが注文したのは、純白のウェディングドレス。
傷跡の残る右肩を見事なドレープで飾り、ふんわりと広がったスカートは長いトレーンを引いていた。
見事に細かい刺繍のレースを使ったドレスを身にまとい、姉はロイのもとに嫁いでいく。
きっと、その日、姉は今まで以上に美しいはず。
それを想像するのは、夫となるロイの特権だ。
……まあ、少しばかり頭上で花が飛んでいても許してあげるしかないだろう。
アルは小さくため息を吐いた。






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