03:じれったいなぁ、もう
「答えなんて、目の前にあるじゃない」
「アル」
「素直に謝ればいいじゃない。悪いのは、姉さん。じゃないの?」
夫の言葉に、義姉はむっとした表情を浮かべた。
「なんだよ、その言い方」
「言い方がどうかってことより、結婚1ヶ月で夜中に里帰りらしいことをした奥さんに問題があるんじゃない?」
押し付けがましいようなため息を吐くアルフォンスを、アレクは視線だけでとがめた。
アルフォンスは再びため息をついて、
「………で、今度の喧嘩の理由は?」
「あいつがさ」
「少将が?」
「俺が作った飯を、うまいって言ったんだ」
「は?」
「うまいはずねえだろ? 飯なんてろくにつくったことねえし、作っても大体はお前が作ってたし!」
「……そうだね」
「この前なんか、塩と砂糖を間違えて入れて」
「うわ」
「昨日はビネガーの量を間違えて」
「あらら」
思わず声をあげたアレクを、今度はアルが視線でとがめる。
反応を見せては、いけないのだといういつか受けた忠告を思い出したときには、遅かった。
「だろ? 普通、そんな料理、食わねえだろ? 俺も食ってまずかったんだから! なのにあいつ、全部平らげたんだぜ? 今日の晩飯なんて、まずくねえ、旨い、絶品だっていいながら!」
アレクに噛み付くかのように一気にまくしたてるエドを、なんとか宥めながらアレクが言う。
「で、ちなみに何を作ったの?」
「パンプキングラタンと、オニオンスープと、アーティチョークと紫キャベツのサラダだよ」
「あれ?」
アレクはそのメニューに覚えがあった。
「それって」
「うん。先週、アレクに教えてもらったやつ」
お嬢様育ちのアレクも、決して料理が上手ではなかった。だが妊娠し自宅で過ごすことが多くなってから、夫のアルフォンスいわく、
『一流ホテルのシェフ並み』まで腕を上げた。新婚のエドの助けになればと、暇があれば大きな腹を抱えながらもレシピを教授する日々が続いていたのだが。
「……えっと、教えた分量で作ったのよ、ね?」
「うん。言われたとおり、全部量って」
『決して不味いというわけではないがね。素材の味、という気がするね』
苦笑しながら語ったロイの言葉をヒントに、アレクはエドに料理を教えるときに必ず言う。
分量は全部量れと。
全部量ったのだったら、不味いはずがない。
本当においしかったのだ。
だから、ロイは素直にそう言ったけれど、自分の料理の腕にそれほど自信のないエドにしてみれば、追従しか聞こえなかったのか。
「量って作ったんだったら、不味くはないと思うよ」
「………でもさ」
「少しは信用してあげなさいよ。むしろ喜んでもいいじゃない。何でもおいしいおいしいって言ってくれるってことは、恵まれてるのよ」
アレクの言葉に今度はアルがとがめるような視線を送った。
同居を始めた当初、アレクが作っていた料理をアルは黙って流し込むように食べていたことを、アレクは覚えているのだ。
「ま、今日は遅いから泊まっていけばいいわよ。だけど、ロイには電話しておきなさいね。心配するから」
「あ、ああ……」
「ほら、姉さん」
アルフォンスが差し出した受話器を、エドはため息交じりに受け取った。
「結局、惚気だね」
「まあ、そういうものでしょ。新婚さんなんだから」
アレクが小さく笑いながらベッドに入る。アルは問う。
「なに?」
「いや、電話奪い取ってまで言うことかな、って」
「………」
明日には帰ると告げたまま、次の言葉につまった姉から受話器を奪い取って、アルフォンスが告げた言葉。
「美味いなら美味い、不味いなら不味いと素直に言ってあげるべき? あらあら、誰かにも伝えたい言葉ね」
「……昔の話、です」
姉が告げられなかった言葉は。
じれったさのあまり、弟が受話器を取り上げて、義兄に告げた言葉は。
かつて自分が妻に告げられなかった言葉。
黙っていることが、美徳ではないとわかっていても。
優しさゆえに伝えられなかった言葉を、すぐ傍で妻は聞いていた。
「でもね、アル」
優しい口調、優しいまなざしでアレクは言う。
「ありがと。今でも、伝えてくれてうれしかったよ」
「……そうですか」
「高等技術の惚気、だったね」
「…………おやすみなさい」
背中を向けたアルの耳は、真っ赤だったことをアレクは言わないまま、寝室の明かりを消した。
「おやすみ」