決断
「で?なんで切る気になったんだい?」
聞かれて、クリスは笑顔で応える。
「だって、やっぱり男に思われたいからね」
サーカスの仲間でもある理髪師、理髪師を本業としているのではないが、彼は、目をパチクリさせて言った。
「ってことは……」
「?」
続く理髪師の、耳をつんざく大声量に、クリスは思わず目を閉じる。
「クリスが、女に惚れたって!!!」
「ええええ!」
「クリス、相手は誰なんだい!」
そこここに配置されたテントから、理髪師の声を聞きつけてサーカスの女たちが駆けてくる。
「ちょっと、クリス!」
「サーカスの娘かい?」
「クリスも隅に置けないねぇ」
「はは、そうかな」
照れたように笑って、クリスは自分の真っ直ぐな髪を軽く引っ張る。
「いい加減、手入れが面倒臭くなってね」
「なんだい、これができたんじゃないのかい?」
クリスを取り囲む全員が、一斉に小指をこれ見よがしに見せつける。
「いや……そうではないんだけどね」
曖昧な、クリスの態度にそれぞれがそれぞれの顔を見合わせていたが、やがて自分たちのテントに戻っていき、そこにはクリスと理髪師だけになった。
「ま、ともかく切っていいんだな?」
「お任せします」
「よっしゃ」
いつだったか。
のばし始めた、この髪。
髪が長くなるにつれて、クリスの『ゲイシャオヤマ』としての評判は上がっていったように思う。
『髪の毛をのばした方がいいな。その方がユニコーンには映えるような気がするな。クリス、今日から髪の毛切るんじゃねえぞ』
自分の身内には、遠く離れた伝説の国『ジパング』の住人だった者がいる。そう告げた時、サーカスの団長が決めたこと。
髪を伸ばして、神秘的な雰囲気を作り出すこと。
クリスの中性的な容貌と、長い艶やかな髪。そして神秘的な異国の衣装。それらすべてがユニコーンの神秘性を醸しだしていた。
そして、彼女に会った。
夕陽を溶かしたような、深紅の髪。
こぼれ落ちそうな大きな、海色の眸。
私の『聖なる乙女』、コーネリア。
地上で死にゆくだけの存在であった、私に女神の愛を注いでくれた、コーニー。
死の影に怯える私から、『紫の愛』を見いだした少女に、少しでも『男』らしく見てもらいたい、と思うことは、思い上がりなのだろうか?
いつの間にか、頭が軽くなったような気がする。
最後の仕上げにかかった理髪師は、鼻唄を唄っている。
「ほいよ、出来たぜ。見てみな」
理髪師に渡された手鏡の中。
「……これって、私?」
「何寝惚けてんだ、と言いたいとこだが、変わるもんだな。驚いたよ、随分男前じゃないか?」
鏡の中の、私。
髪の短い、私。
これが、私?
「おい、切りすぎたか?すまないな」
行動の止まってしまった私の肩を軽く叩いて謝った理髪師は、続いた私の大爆笑に、腰をぬかさんばかりに驚いた。
「お、おい!大丈夫か!」
近くのテントから、いくつも顔が出て、驚いた様子でこちらを見ているのが見えた。
「クリス?」
「いや、ゴメンゴメン。いやぁ、変わるもんだなと思ってね。グラシアス」
「そうかい、よかったよかった」
まだ笑っている私の肩を軽く叩いて、理髪師はホッと溜息をつく。
変われば、変わるんだな。
フム、私も悪くない。
こう見れば、ちゃんと男だな。
よし。
鏡を見れば見るほど、笑いが浮かんでくる。
次にコーニーが来るのは、いつだろう。
その時はどんな顔をするだろう?
楽しみだな。
天野さんに差し上げた、作品です。
『決断』というタイトルは、天野さんが付けてくれました、多謝。
なぁんにも考えずに書いたんですが、『クリスが男らしい』と、非常に好評で。
こういう、クリスの一面もあってもいいかなって思いながら、書きました。
end...
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