望むらくは Edward Elric & Alphonse Elric




目を閉じれば、草原を渡る風の音まで聞こえてきそうだった。
心地よい風にエドワードは思わず眠りに落ちそうになる。だが聞こえてきた足音に、ようやく目を開けた。
アルフォンスが踏みしめた若草が、柔らかい草の匂いを運ぶ。
寝転がっているエドワードの隣に座ったアルフォンスは、渡っていく風が起こす若草の漣を少しの間、見つめて。
「…とりあえず、イギリスって所にむかうって」
「そっか…まあ、あっちなら大丈夫だろ」
どこまでもついてくるというノーアをロマのグループに預け、2人はそのグループに北ヨーロッパから離れるように伝えた。
『理由は言えませんが…北欧か英国に行くことをお勧めします。北ヨーロッパは…ロマには危険すぎます』
ロマの人々は、エドワードとアルフォンスの言葉を信じ、2人を信じて欲しいというノーアの言葉も信じてくれたのだ。
アルフォンスは未だ起きあがらないエドワードに話しかける。
「兄さん」
「あ?」
「これから、どこに行くの?」
エドワードは目を開け、視界いっぱいに拡がる蒼穹を見る。
抜けるような、澄み切った青。
空の色さえも、兄弟のかつていた世界と何一つ変わらないはずなのに。
だけど、ここは、違う。
『違う』けれど、『違い』のない、世界。
「アル」
「ん?」
「覚えてるか? 真理の野郎が見せたのは、これでもかって俺たちの頭に放り込んできた映像は、きっとこの世界でこれから起きることなんだよな」
そう、だから、いずれ、ノーアたちロマの人々がいわれなき罪、そこに存在しているという理由だけで捕らえられ、殺され、だがその『大量殺人』に『民族浄化』という大義名分がつけられることを知っている。
喩え、ロマの全てを救うことが出来なくても。
自分の、この小さな手であったとしても。
わずかでも、知り得た範囲だけでも構わない。





助けたかった。





「うん。あれがこの世界のことを指し示しているなら、きっともうすぐ戦争が始まって、たくさん人が死ぬ」
アルフォンスの低い声。
2人はこの世界に『かの世界』から持ち込まれた『武器』を、屠った。
だけど、国という単位で妬み、嫉み、戦争への道を歩みつつあることは、止められない。
小さな、個たる人間の、小さな手では。
「俺は…止めたい」
「兄さん」
黄金の双眸は、強い決意という名の焔を秘めて。
「できることなんて、ちっぽけかも知れない。何も出来ないかもしれない。それでも、助けられる命があるなら…救いたい。俺のエゴ、といわれても構わない。不要な情けと言われてもいい。俺は、俺のために、人を助けたい」
握りしめた機械鎧の右手を、アルフォンスは穏やかに微笑みながら見つめて。
「僕は…僕は兄さんを助けたい。僕だって出来ることは少ないかもしれないけれど、でも、それが僕のしたいことだよ」
「アル…」
「行こう、兄さん」
差し伸べられた腕を受け止めて、エドワードは立ち上がる。
「最初は?」
「そうだな…イタリアでも行くか?」
「うん! て…それ、どこ?」
「あのなぁ〜〜〜」





風が、渡る。
緑の浅野を、漣を生む景風が渡る。
少年達は、歩き始める。
己の為。
世界の為。
小さな命の為に。





Top