望むらくは Torisya Erlic




風が渡る音に、トリシャは目を開けた。
「あらら……」
おっとりと、認識時間の誤差を感じて思わず苦笑する。
失踪した夫が子どもに、と作ってくれたブランコに座っているうちに、どうやら少し交睫していたようだ。
「大変。今何時かしら」
慌てて立ち上がり、辺りを見回せば、それほど時間が経っていないようだ。太陽は中空高く鎮座している。
トリシャはホッと溜息をつく。
息子2人は朝食を済ませてすぐに、家を飛び出して行った。いつも裏山で探検しているのが楽しいようで、夕刻遅くなってトリシャが照らすランタンに気付けば慌てて帰ってくる。今日もおそらくランタンで知らさなくては帰って来ないだろう。
だけど。
子どもたちは、知らせば帰ってくるからいいのだ。
だが、彼女の夫はランタンを照らせるほどの近くには……おそらくはいない。
そして知らせても、帰ってこない。





諦めた、といえば嘘になるし、少しは真実といえるかもしれない。
それでも、幾ばくかの寂しさと哀しみは残る。
家から見える草原を渡っていく風は、どこかもの悲しくて。
トリシャは深く溜息をついて、俯いた。
エドワードとアルフォンス。
息子たちと生きると決めても、心の隙間は埋まらなくて。
でも、押し隠していれば、時折草原に駆けだして、叫びたくなるほどの焦燥感にさいなまれることもあるけれども。
トリシャはもう、心に定めていた。
あの人は、帰ってこない。
そのときまで。
だから、子どもたちを守ることに、懸命になろう。





トリシャの頬を伝う、涙。
それを誰も見ることもなく。
トリシャは涙をついと拭き取って、独白する。
「まだ……まだ、大丈夫。まだ頑張れるわ」
だから。





「さて、夕ご飯何にしようかしら?」
彼女は、哀しみを押し隠す。
真の望みを、口にすることなく。
だが、息子たちの幸せも、望みなのだ。
幸せに、なってほしい。
だから……今、出来ることをしよう。





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