望むらくは Winry Rockbell




ウォン、ウォン。
甘えたようなデンの声に、祖母ピナコの声。
「ウィンリィ! お客さんだよ!!」
「はいは〜い、今行きま〜す」
愛想良く返事してみせて、ウィンリィは手早く髪をまとめあげ、鏡で仕上がりをチェックする。
鏡を覗き込んでいた視界にふと、入ったもの。
鏡の横に並べられた写真たち。
ピナコの、ユーリとサラの、ウィンリィの、そしてエドとアルの成長の記録。
その中の、一枚。
黒い服を着たエドと、アル。
カメラを睨みつけるようにしているエドと、少しぼんやりした様子のアル。
何の時に取った写真か覚えていないけれど、アルが鎧でないから、おそらく【禁忌】をおかす、少し前、ダブリスに修行に出る前だろう。
「今、何してる? エド…アル…」
話しかけてみるが、もちろん写真からは返事もなく。
「ウィンリィ!」
「今行く!」
写真を慈しむように撫でて、ウィンリィは部屋を出た。





「どう? ハルマノフさん」
ウィンリィに促され、男は機械鎧の具合を確かめて、にっかりと笑った。
「おお、いい感じだな。ウィンリィちゃん、腕あげたな」
ウィンリィは笑顔で返して、工具を片づけ始める。男はコーヒーを差し出したピナコに、
「ばあさんにウィンリィちゃんにやらせてやってくれないかって言われた時は、ちびっと不安だったがな。ばあさんもこれで楽隠居かい?」
「馬鹿言ってんじゃないよ。まだまださね」
ピナコは鼻で笑い、ウィンリィはおもいきり顔が引きつりそうな愛想笑いを返す。
「まあ、あんたに不具合が感じられないなら、様子見てみようかね」
「ああ。それはそうと隣村の…」
世間話が始まった様子に、ウィンリィは工具箱を抱えて立ち上がる。
「サウストンさんの、仕上げしてるから」
「あいよ」





鏡の横で、自分を睨みつけている幼なじみ。
ちらりと視線をやって、ウィンリィは苦笑する。
エド。
アル。
今、どこにいるの?
エドが国家錬金術師になって。
家を焼いて。
リゼンブールを出て行って。
もうすぐ1年が経つ。
まだ…旅を続けているのかな?
「まったく…電話の一本でも寄越しなさいよ」
写真にぼやいてみても、当たり前だが返事はなく。
その代わり、家の電話が鳴っているのが聞こえるだけで。
しかし、電話に出たはずのピナコの声が響いた。
「ウィンリィ、エドから電話だよ〜〜〜!!」
あまりのタイミングの良さにウィンリィは写真を見る。
「まさか…聞こえるはずないもんね?」
「ウィンリィ!!」
「はいはいは〜い!!」
どたばたと部屋を出るウィンリィを、写真は無言のまま見送って。





『そろそろ機械鎧のメンテだから連絡しないと怒られるってアルがさ、言うから』
明るい声は、元気の証。
ウィンリィは内心で安堵の溜息をついて、
「だから、メンテナンスに定期的に帰ってきなさいって」
『それ、無理。だってここ、サウス・シティだからさ』
ガシャガシャと金属のかち合う音で、受話器の近くにアルがいるのが分かった。
ウィンリィは今度の溜息は隠さず、
「あんたねぇ…」
『ま、今んところ異常なしだから。メンテ必要ないだろ?』
「あたりまえでしょ! あたしが精魂込めて創った最高級機械鎧なんだから…って、だからこそメンテは必要なんじゃない」
『へ〜へ〜。でも、行けないから。じゃあな。あ』
切ろうとするエドからアルが受話器を奪い取ったのだろう。
『ウィンリィ』
「アル。まったく…ちゃんと合間見て、バカ兄をリゼンブールに誘導しなさいよ」
見た目は巨躯の鎧、内は穏やかな少年であるアルは、受話器の向こうで深い深い溜息をついて、
『無理だよ。電話させるのにどれだけ説得したと思ってんの』
「…まあ、エドをコントロールできる人なんていないって分かってるけどね」
『毎日、毎日大変なんだよぉ…』
泣き出しそうな声に、アルの苦労が容易に想像できた。
ウィンリィは苦笑して、
「ま、帰れるようになったらいいのにね。アル、そう言う時は前もって連絡ちょうだい。エドのメンテ、最優先最速でできるようにしておくから」
『うん、分かった。兄さんに伝えておくね』





部屋の窓からは、これぞ田舎といわんばかりの、若草の絨毯が拡がっている。
養羊が盛んなリゼンブールでは牧草地が多い。少し小高い丘に立つロックベル家から見えるのは、牧草の穏やかな緑だった。
サワサワと風に揺れる様子は、見たことはないけれど、きっと【海を渡る波】と同じで。
ぼんやりと若草の波を見つめていたウィンリィは不意に思い出す。
子どもの頃は、こんな風におとなしく部屋にいた試しなどなくて、いつも牧草地を駆け回っていた。
その横には、いつだってエドとアルがいたのに。
2人が旅だって、一年あまり。





電話の声は、2人とも元気そうだった。
『必ず、取り返してくる』
強い口調で、決意を口にして。
『僕は…兄さんと一緒に行く』
弟も、はっきりと言った決意。
兄弟が家を焼いた時、ウィンリィは涙が止まらなかった。
エドが『お前が泣くなんて変だろ』と言ったけれど、ウィンリィは2人の決意を哀しく、辛いものだと理解していたから、泣いたのだ。
泣かない兄と、
泣けない弟の代わりに。





ねえ、エド。
アル。
きっと、2人の願いは叶うよ。
あたしは、ここで待ってる。
2人がなくしてしまった、『帰る場所』の代わりに、あたしとばっちゃんが2人の『帰る場所』になるから。
いつでも、帰っておいで。
2人が大好きな、シチューつくってあげるから。
帰ってきてね。





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