family 02





「兄弟が……いっぱい?」
「ああ」
「……なんじゃそりゃ」
「だからな、俺の親父は、その、とにかく女好きで、俺の知ってるだけでも12人の妾を抱えてた」
「妾って…愛人かよ」
「おう。俺のお袋、由貴穂は数いる愛人の一人、俺は黒崎楯心の28人いる子供の一人だ」
「にじゅう……」
一護の脳裏に浮かんだのは、ずいぶん前に織姫にまとわりついている本匠千鶴が放った一言。
『昔はねぇ、そう江戸時代なんかだと一夫多妻制が金銭次第で罷り通るのよ、でもでも織姫はちゃんと御台所にしてあげるから』
『アホかあんたは! それ以前に将軍になれねえだろが!』
たつきの激しいつっこみで、その話は終わったのだが。
「………大奥かよ」
「お。その表現、ぴったりだな。そんな感じだわ」
見目も悪くはなかった楯心の放蕩ぶりは、当時の玄鵬宗家当主・燐堂を以ってして、
『黒崎の御当主はそれほどまでの放蕩を、何を以ってしてなさるのか?』
と問うたという。
南流魂街第一区、譲備。
祖母はそこで料亭の仲居をしていて、祖父に見初められたのだという。
譲備の片隅に家を与えられ、そこに住んで祖父の訪れを待つ生活。
やがて、祖父にとって20人目の子を産み、『一心』の名を与えられた我が子を育てる生活の中で、楯心の訪れは少なくなった。
「まあ、親父の唯一ましだったことは、来なくなっても月々の金銭は供人に必ず届けさせてたってことか」
「………」
「おい、一護」
呼ばれて顔を上げれば、いつものとおりの父の顔で。
「お前が悩むこたあねえんだよ。これは、俺が背負わされたもんだ。でもって、俺の中ではもう解決してることだ。親父も、お袋もとうに死んだ。誰かが悪いとか、そんなこと責めてもどうにもならねえ。むしろ、どんな出会い方をしたとしても、親父とお袋が譲備の料亭で知り合わなきゃ俺は、生まれなかったし、お前もいねえんだからな」
「………ああ」
「まあ、二人には感謝はしてるんだ。10歳の時に、俺は千早の知音になった。その時、黒崎一族の反対を押し切って俺を知音にしたのは親父とお袋だからな」
思い出すように小さく笑って、一心は言う。
「知音っていうのは、まあ、金持ちの大人が子供のために用意してやる友達候補のことだ。ある程度の地位や権力を持った者の子弟しかなれねえ。京楽の遵凍なんかがいい見本だ。玄鵬八家の跡取息子。それに準ずる立場の人間の中に、俺が紛れ込んだんだ……まあ、前途洋々とはいかなかったけどな」
だが、小さな子供だった自分が見つけたのは、本当の友と、妹と呼べる小さな存在。
『いっしん?』
『…千早さま、どうぞよろしくお願いします』
深深と頭を下げて、再び顔を上げればあどけない少女の微笑があった。
そして、友と呼べる存在。
「今となっちゃあ……いい、思い出だ」
「親父」
「だけどな、一護。お前が霊王になれば、俺のことをいろんな風に言う奴がいるだろうよ。それは千早も理靜もそうだ。お前が信じてる、石田の息子とか、チャドくんとか、な」
並べられた名前に、一護の表情が険しくなる。
「……俺に媚び、売るってことかよ」
「悪く言えば、そうだな。その中にお前の叔父さん叔母さんも入ってる可能性があるってことだよ。残念だけど、あそこはそういう世界でもある」
権力がいかに甘美なものであるか。
そしてその魅力に捕らえられたとき、人はどうなるのか。
一心は見てきた。
だが、それを語らない。
一心の言葉で語っても、一護の思いとは違うかもしれないから。
「耳を持て。眼を開け……俺が言えるのはそんくらいだ」
「……おう」
「それより、千早から俺に伝言はねえんだな?」
「…ない。聞いてない」
「おう。じゃあ、双子に向こうに行く話をしてやんねえといけねえな」
父子が顔を上げれば、玄関先で双子の賑やかな声がしていた。






「……………えっと……」
遊子が言葉を捜す。
「………今度始まるアニメの話」
兄を見て、父を見て、語尾が小さくなった。
「じゃあないのね」
「おう」
「………じゃあ」
「一兄」
俯いていた夏梨が顔を上げて、少しだけ強い口調で言う。
「見たんだ。一兄が真っ黒い着物姿で、でっかい刀みたいなの背負って、家から出て行くの。あれ、さっき言ってたことに関係するのかよ」
「あ〜」
一護が一瞬視線を泳がせて、一心に助けを求めるけれど、一心は鼻で笑って。
「なんだ、お前見られてんじゃねえかよ」
「うるせえ。まさか夏梨が見てるなんて思わねえじゃねえかよ」
幼い頃から、霊的なものを見る能力は一護と夏梨は長けていた。たった一人、遊子だけがまったく霊的能力には縁遠かったのだ。
父が語り、兄が頷く。
そうして娘たちは、真実を語られた。
夏梨は夏梨なりに、真実の欠片を手にしていたのだ。
「クソオヤジも死神、かよ……」
「おう。それに千早も理靜も、あっちの世界の人間だからな」
「理靜さんも!?」
父と兄の真実には驚かなかった遊子がおろおろと夏梨に言う。
「ねえねえ、理靜さんもって」
「……理靜も共犯かよ」
「共犯って言い方なら、違うと思うけどなぁ」
「ていうか、父さんのことには驚かないのに、なんで理靜なんだよ」
一心がしくしくと泣いてみせれば、夏梨がしれっと返した。
「クソオヤジがなんか隠してるってのは、遊子でも気づいてる」
「え」
「うん。浦原のおじさんと仲いいもんね」
子供の真実を見抜く力にさすがの一心も溜息を吐いた。
「……なんだよ、気づいていたのかい」
「うん」
「親父、一兄。あのさ。最近、遊子も見えるようになったんだ」
夏梨の言葉に、二人は瞠目する。
「なんだと」
「見えるって、霊がかよ」
「うん」
少し戸惑い気味に頷いた遊子が少し潤んだ双眸を二人に向けた。
「最初は怖かったけど……夏梨ちゃんがいろいろと教えてくれたから……」
「一兄。見えるだけだったのに、最近は話したり、触れたりするんだよ。そういうことってあるのか?」
夏梨の言葉に、一護は思い至り瞠目しながら、一心を見る。
一心はそれだけですべてを察した。
「身近な者が、霊的能力を開花させる…って千早は言ってたな。このことか」
「……こいつらもか」
「みたいだな。これはぬかったわ。やっぱり明日、千早に相談しねえとな。何かあった後じゃ遅え」
厳しい表情の父に、一護が問う。
「明日?」
「多分、千早が帰る時に俺たち全員が一緒に尸魂界に向かうことになるだろな……ああ、心配するな。俺たちはまったく帰れないってことはねえから」
表情の暗くなった双子の頭を撫でる父親を見て、一護が小さくぼやく。
「俺は帰れねえのかよ」
「お前次第だ」
「……そうかよ」
「…それから、世界次第だな」






「ぜぇ〜んぶ、ばれちまったか」
コンが溜息混じりに問えば、ベッドに横たわっていた一護が体を起こす。
「……まあな。なんかわかんねえけど、俺は気持ち的にすっきりしたわ」
一度、夏梨に詰め寄られたことがあった。
何か隠していることがあるなら、教えて欲しいと涙目で問われても、応えられないままに現世を旅立った。
それが心残りだった。
守りたいという気持ちが、霊王になったきっかけだと言えば遊子が笑って、
「そうね、一兄は優しいから」
優しくて、何もかもを守ろうとがんばってくれるから。
穏やかに、母そっくりに微笑まれて返す言葉に困った。
お前の選んだ道は、険しく辛い道かも知れんぞ。
そう告げた父の顔は、自分に背を向けていて見えなかった。
お前の預かり知らぬ過去まで、お前の背負うものとして見られるかもしれない。
そのために、俺の過去まで曝したんだけどな。
自嘲するような口調だった。
そこにどれほどの思いが込められているのか。
だが、それをお前が望んで背負うなよ。
それは俺や千早が背負うものだから。
お前は、霊王として成すべきことを考えろ。
俺や双子を捨てていけとは言わない。
ただ、重荷に思うな。
それだけが、俺が言えることだ。
影になった父の横顔から表情は読み解けず。
一護は父に問う。
「親父。だけど、俺はあんたの息子で、双子の兄貴だってことを忘れるつもりはないからな」
「…………ああ」
それで、いいさ。
返された答えは少しだけ、ゆっくりなものだった。






family
end......






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