031:丹英
赤い花。
「あら」
卯ノ花が小さく言って、足を止めて。
勇音は少し行き過ぎてから、振り返った。
「隊長?」
「構いませんから、先に帰っていて」
「はい」
勇音の足音が遠くになって、卯ノ花は踵を返した。
「まあ……」
思わず感嘆の声をあげてしまった。
そこに広がったのは、赤い苑。
広がるは、小さな紅い花の群生。
「丹芝草がこんなに咲いているなんて」
薬草である丹芝草は乾燥させた根を煮詰めて使う。しかしその名前は地面に沿って低く育ち、小さな赤い花を咲かせることそのものを示している。知ってはいたけれど、これほどの群生は卯ノ花も見たことがなかった。
「きれいですこと」
受け取ってくれないか。
差し出されたのは、小さな赤い花束だった。
はにかみながら差し出されたそれを、幼かった卯ノ花もはにかみながら受け取った。
さっきそこで見つけたんだ。烈に似合うなと思って、思わず手折ってきたけれど……あそこはもしかして薬草園だったのではないか?
いいんです、これは根を必要とするので……そうですね、丹芝草の花をこんな風に見たことなんてなかった。
男は小さく笑って、烈らしいな。と言った。
あれからどれほどの時が流れたのか。
忘れてしまった。
ただ、その時受け取った丹芝草の愛らしい花の様子だけを、不意に思い出す。
そして、男が続いて言った言葉。
なあ、烈。丹芝草の種をくれないか。
種をどうされるのです?
植えるんだよ、今度はもっと大きな花束にして烈にやりたいからな。
丹芝草を育てるのは難しい。
薬草園の管理人も、そう言っていたけれど、卯ノ花の望みに応じて種をくれた。
男は種を受け取ってうれしそうに、植えるのだと言っていたけれど。
卯ノ花は赤い苑を見回す。
丹芝草を育てるのは、難しい。
難しいはずだ。
だとしたら、ここは。
今度はもっと大きな花束にして、烈にやりたいからな。
卯ノ花は、思わず微笑んだ。
「本当に、大きな花束ですわね………」
そして、男の名前を呟いた。