輝石 1






問いかける声。
それで、いいのか。
少女は力強く頷いて。
問いかけた声は、苦笑する。
まったく。だが、お前は必ず後悔するぞ。
「分かってる。きっと、後悔する。でも、それでも」



それでも、アルの身体を取り返したいんだ。



告げられた言葉に、声は応えた。
ならば与えよう。
だが、忘れるな。
お前は一生、後悔する。
それがお前が背負う、罪だ。



不意に。
エドは目が覚めた。
気付けば、全身に汗が浮いていた。
春先だというのに。
横を見れば、ぐっすりと眠っている夫の姿。ここ数ヶ月、嵐のように忙しくて、こうやって自宅のベッドで眠っていることも珍しい。
だから起こさないように、こっそりとエドはベッドを抜け出し、差し込む月明かりに窓に寄り、空を見上げた。



あの日と、同じ。
真円の月が、浮かんでいた。



エドは自分で自分の身体を抱きしめる。
夢、を見た。
一度だって、忘れたことのない、夢という名の真実。
かつて、声は告げた。
後悔。
それが、エドのおそらく一生の罪。
それが、エドが片手片足を、アルが身体を取り戻すために必要だった、代価。
エドが、アルが、幸せに近づく度に否応なく思い出す、残酷な真実。
その真実を、ロイも、アレクも知っている。
だが真実にはエドとアルしか、触れなくて。
まるで真実は割れたガラスの破片のように、いつも姉弟の心をかき乱そうとする。
一瞬、夢で思い出しただけでこうやって全身が汗に浮く。
「……罪、か」
エドは小さく呟いて。
空の月を見上げた。
許してくれ。
心の中で叫んでも、謝罪を届けたい相手には届かないと分かっていても。
エドは、心の中だけで叫んだ。



痛い、と感じた。
息が出来ない。
必死で足掻いた。
身体中が痛くて、締め付けられた。
空気を求めて、暴れてみたけれど。
叫ぼうとすれば、口内の空気がごぼりと音を立てて、逃げていく。
少年は、やがて足掻くのを止めた。
足掻けば、苦しい。
静かにしていれば、ゆっくりと睡魔が襲ってくる。
眠ってしまえば、いい。
そう思って、ゆっくりと瞼を閉じた。そして身体から力が抜けていくを感じた。
どこかで、声がする。
くぐもった、水中を伝わる声。
だが少年は、もう目を開けることができなかった。



少女は叫んだ。
薄くなった氷に、弟が落ちて。
助けに飛び込んだ母の姿が消えて。
自分も飛び込もうとしていると思われたのか、周りの大人が少女を抱きすくめる。
「母様、ハリム!」
叫んでも、二人は上がって来ない。
海豹が開けた穴でもあったのだろう。
そう分析する声が、今は腹立たしかった。
やがて、僅かな空気がポコリポコリと上がってきて。
浮き上がってきた小さな身体を、大人たちが抱え上げる。
「ハリム、ハリム!」
弟の白くなった顔は、ぴくりとも動かず。



いつもより長かった冬の終わりに、少女は母を亡くした。



いつもより長かった冬の終わりに、少年は両足と片手を切断した。
湖に落ちた時、凍り付いた手足は右手しか温かくならず、両足左手は変色し、腐っていったからだ。
そして、助けに飛び込んだ母を亡くした。



母の遺体は、雪解けた晩春に、傷もなく、眠るように湖畔に浮かんでいた。
自分が息子を助けたことを知っていたのか、穏やかに微笑んで。



アメストリス暦1934年。
中央司令部内でもっとも広い場所である、練兵場は何十回となく、歴史の変わり目の場所となってきた。
その場所に立ち会えることを、アレクサンドライト・ミュラー・エルリックは誇りに思う。
7年前、マッキンリー大総統が退官、跡を襲ったのはマッキンリー大総統の側近であったゲオルグ・クライバウム中将。同じように就任閲兵式にアレクも参加したのだが、ちょうど妊娠中で悪阻が激しく、立っているのもやっとで途中退席させてもらったくらいだった。そのときの子どもが長女リオライト、もう6歳になる。
蒼の軍礼服の中、アレクは胸を張る。
肩の徽章は准将。所属は中央司令部技術研究局、地位は総局長。
39歳という若さ、加えて女性での准将位はきわめて珍しい。
地位の高さは、責任の重さ。
アレクは分かっているからこそ、胸を張れる。
そしてアレクの視線の先に。
ロイ・マスタングの姿があった。
徽章は、彼以外のものがつけることがない、5つの星。
この日、ロイ・マスタング中将、49歳の若さで大総統になった。



エドワード・エルリック・マスタング少将は、閲兵式を見下ろせる建物から軍礼服を着たまま、静かに閲兵式を見守っていた。
『大総統になる』
まるで夢のように語っていたのは、昔。
しかし20年という年月は早いようで、遅いのか。
とはいえ、エドの人生のほとんどはロイと一緒に過ごしたことになる。
今は昔。
『私は…大総統になって、しなくていい戦争を止める。死なせなくていい命を守る。だから、大総統を目指す。そのためには、どんな手段だって』
かつて告げられた理想に、エドも賭けてみようと思った。
ロイ・マスタングに引っ張られるように高みを目指す、アレクやヒューズを見てしまったから。
だが、理想は現実になった。
ロイの中では既に様々な構想が練られているのだろう。
時折それを語ることがあっても、エドにはほとんど参加を促したことはない。
「少将、よろしいのですか?」
敬語に顔を上げれば、リザ・ホークアイ・ハボック大総統補佐官が微笑んで。
「そろそろ時間ですよ」
「……ここから見てることは知ってるから、いいよ。それより大佐」
「はい」
「頼むから、俺のこと階位で呼ばないでよ」
「……じゃあ、なんと? ファーストレディ?」
エドは鼻で笑って、
「柄にもないって分かってて」
「でも、そうでしょ?」
「……昔の通りでいいよ」
ロイと結婚し、自分の階級が上がるにつれて、名前で呼ばれることが少なくなった。
今も昔も変わらず名前で呼んでくれるのは、夫と、義妹と、遠く離れた幼なじみくらいのものだ。
貴重な存在を、喪いたくはなかった。
「じゃあ、エドワードくん」
「………まあ、よく考えたら母親になってまで【くん】はおかしい?」
「そうね」
「……【くん】ははずしてくれる?」
「ええ」
穏やかに微笑む大総統補佐官を笑顔で見つめて、エドは立ち上がる。
「そろそろ、行くよ」
「ええ」
「今日は家に帰れるかな。フェルを一人にしてしまう」
「アレクがフェルを迎えに来てもいいと言ってたけれど?」
「ああ、お願いした方がいいかもしれないな」
エドが動けば、腰のサーベルががちゃりと音を立てた。
エドは眉をしかめる。
兵器は、嫌いだ。
人の命を絶つ物。
だが、持たなくてはならない時もある。
エドはサーベルの音が鳴らないように片手でおさえながら、部屋を出た。
それを見送ってから、ホークアイはある【公約】を思い出した。
「あら、そういえば……」



差し出されるサーベル。
ロイは受け取って、抜き身のサーベルを将軍の右肩、そして左肩に触れさせる。
「大総統閣下とアメストリスに永久の忠誠を誓います」
「我が名において、汝に中将の位を与える。アメストリスのために自彊せよ」
会話ではなく、それは互いが述べる誓約。
そしてロイは渡されたサーベルを中将に返した。
それが、儀式。
将軍クラスのみと大総統が行う儀式である。
かつてアメストリスが王権国家であり、貴族と武官の上下関係が長く続いていた名残と言うものもいるが、とにかう大総統就任の閲兵式には必ず行われる。形だけの儀式だが、閲兵式に参加している多くの兵士が大総統の前に跪き、決められた誓約の台詞を述べる将軍たちを目にする。それは将軍たちの普段は見せぬ姿であり、将軍たちを大総統が導くという証拠にもなる。
少し前に、アレクもロイの元に跪いた。とてもゆっくりと。だが上げた顔は、とても誇らしげに、とても嬉しそうで。思わずロイも笑んでしまった。
それより前に跪いた、マース・ヒューズ准将は低い声で誓約を紡いだ。だが、その顔も穏やかに微笑んでいて。
中将が立ち上がり、下がると。
呼ばれた名前に、辺りが微かにざわめいた。
『エドワード・エルリック・マスタング少将!』
静かに進む、蒼の軍服。
豊かな黄金の髪は簡素にまとめられてるけれど、簡素さ故に波打つ黄金の輝きは一層引き立てられていて。
黄金の双眸は、真っ直ぐにロイを見つめる。
ロイは一瞬瞠目し、そしてほとんど誰にも分からぬように溜息をついた。



「なあ、あれ」
「まったく、中将……じゃなかった、大総統も情けないよなあ」
少し離れた建物の中で、ロイの表情を見ていたのは、かつての部下であり、現在の補佐官二人。
「公約、守れてないじゃないかよ。アレクもスカートじゃなかっただろ」
「アレクは軍服の時はいつだってスカートははかないからなぁ」
「あ〜あ、やっぱり嫁からも拒否られたか…大総統、お気の毒だったなぁ」
ハボックの苦笑に、ブレダの苦笑が重なる。



大総統になったら。
女性軍人の制服は、すべて【ミニ】スカートに!
ロイ・マスタングの公約は、男性の羨望と尊敬の念を、女性の軽蔑と失笑を受けたのはもう20年前の話。



「残念だな。君のスカート姿、見えると思ったのに」
「却下」
ほとんど周りには聞こえないほどの小さな声でロイは呟き、エドの否定で話題は終わる。
その一方で儀式は粛々と進み。
静粛の中で、儀式は終わった。
エドワード・エルリック・マスタング少将が現れて、思わず漏れたどよめきを少し離れたところでアルフォンスは誇らしげに聞いていた。
将軍クラスの家族のために用意された場所、少し離れたところの建物のバルコニーから、儀式の一部始終を見下ろしていた。
頭を垂れる、姉。
義兄はただ黙って、姉の肩にサーベルを乗せる。
それが、契約。
改めて二人が契約を交わすなど、ある意味滑稽だとアルは内心少しだけ苦笑しながらみつめていた。
二人が交わした【一生共に生きる】という契約に勝るものなどないのに。
「パパ。ママはどこ?」
「ん? 見えるかい? これだけ人がいてもママの髪の色は目立つからね」
確かに見下ろせば、軍帽を小脇に挟んでいる将軍たちの中で、アレクの銀の髪は陽光に輝いて見えた。リオがにっこりと微笑んでアルを見上げる。
「見えたよ」
「そうだね」
アルフォンスは辺りを見る。その場所にいるアルフォンスはどうやら注目の的のようで、視線を向けると今の今まで明らかにアルフォンスの横顔を窺っていたご夫人方がそっぽを向く。
仕方ない、と自覚している。
自分はロイ・マスタング大総統の夫人、エドワードのたった一人の弟であり、つまりは大総統の義弟にあたる。
義兄は大総統、姉は少将、妻は准将、自分は国家特級錬金術師であり……本人たちにとってはそれが望んだ結果なのだが、第三者は羨望と嫉妬の眼差しで見る。
かつてエドと結婚したロイを、アルと結婚したアレクを、出世を捨てたと蔑んだ人間がこの中にどれほどいただろう。
アルは内心だけで苦笑して、ぼんやりと閲兵式を見つめているフェリックスに声をかけた。
「フェル」
「ん?」
「どうだ?」
「……昨日さ、ジャンおじさんに母さんが閲兵式でスカートか違うか、聞いてくれって言われてたんだけど」
「………………で?」
「母さんに聞いたら、そんなん明日の気分だって怒られた」
「………………ああ、そうだろうね」
「なんだったの?」
黒い髪、黄金の双眸。真っ直ぐにアルを見つめて問う言葉に、アルは苦笑しながら応えた。
「昔、お父さんが大総統になったら、女性士官は全員スカートって公約したんだけどなぁ」
「そんなの、母さんがいるから絶対、無理じゃない」
「そうなんだけどねぇ…」
当時のロイは、エドがまだ男だと思っていたし、恋愛対象外だったから。とは渦中の二人の息子であるフェルには説明できない。
絶対に今頃悔しがっていて、エドに短い一言でへこまされているロイを想像すれば、笑いがこみあげてきそうになって。
アルはフェルの隣で、憮然とした表情のまま、閲兵式を見ている双子に声をかけた。
「双子の感想は」
「ない」
「……特には」
黄金の髪、濃紺の双眸。そして顔までそっくりな双子は声をそろえて応える。アルは違う意味の苦笑を浮かべながら、
「まだ怒ってるのかい?」
「……だから、納得できないって」
「確かに」
「……往生際悪いって、そういうのを言うんだよ」
「おうじょうぎわ?」
小首を傾げる長女のリオライトにアルが言う。
「うん。今のレオとテオみたいなの」
「いつまでたっても同じことで、ずっと怒ってること?」
「そうそう」
「……父さん」
「リオに何教えてるんだよ」
すごんでみても、父は強い。
穏やかに笑み返して、
「たかだか息子二人のために、あのアレクが決めたことを覆すなんて、考えられないからね」
「……たかだか」
「俺たちって、たかだかな存在なんだ」



ことの始まりは、1週間前。
ランドネル錬金術学校は、かつて国家機関であって、国家錬金術師資格試験受験を目指す者のための学校だった。特に現在ランドネル学校財団が経営するランドネル錬金術学校はその母体は特に優秀で国家錬金術師資格を有する者の半数を輩出した中央第一錬金術学校だったために、ランドネル錬金術学校というより、第一錬金術学校といえば中央の誰もが知っている最難関の錬金術学校であり、かつてシン国からメイ・チャン皇女が留学していたことでも知られていた。
そんな第一錬金術学校に、テオジュール・エルリックとレオゼルド・エルリックは通っている。もちろん、13歳の二人は国が定めた教育課程を12歳でスキップで終了しての入学だった。だから周りはスキップなしに教育課程を修了した18歳以上が圧倒的に多かった。
もともとアルフォンスとアレクサンドライトという、国内トップクラスの錬金術師を両親に持ち、幼い頃からまるで絵本に触れるように錬金術の研究書を読んできた双子だったから、入学1ヶ月後に初級錬金術師資格を取得した。翌年、つまり1週間前に中級錬金術師資格試験の結果発表で双子はそろって合格したのだ。
意気揚々としていた二人に、初老の講師がぼそりと呟いた。
『いやはや、さすがはあの鋼成と、双域の子どもよの』
かつては国家錬金術師だったという講師は穏やかに微笑んで、2歳年下の従弟、フェリックス・マスタングが既に第一錬金術学校に入学しており、初級錬金術師資格を今回取得したと告げたのだ。
『え……僕ら、知らないですよ?』
『おや? だが、先月入学したぞ? 学校にはほとんど出席しないまま受験すると言った時は、ずいぶんと講師たちの反発を受けたものだが、さすがは焔と鋼の子どもというべきか』
呆気にとられた。
幼い頃はまるで兄妹のように育てられた、従弟だった。今だって伯母夫婦が忙しい時は家に来ている。なのに、あいつは一言も、同じ学校に入学したことを言わなかったのだ。
あとで双子が問いただせば、フェルは肩を竦めて、
『だってさ、せめて初級合格しないと、二人に何言われるかわかんないから、それまでみんなに黙っててもらったんだよ。学校行かずに初級受けるって言ったときは、学校の先生たちにずいぶん怒られたけど』
あたりまえだ。
だが、フェリックス・マスタングが導いたのは、端緒でしかなかった。
双子は考えた。
もともと従兄弟で、お互いに対抗意識が強いのだ。
それが現れだしたのは、ここ何年か。
お互いの親たちは、『成長したねぇ』と微笑みあうけれど、双子とフェルにしてみれば、【戦い】のようになっていて。
結論として双子が出したのは、
『僕たち、上級を受験したいんですけど。特例受験とかはさせてもらえないんですか?』
双子の言葉に、初老の講師、マリオ・リンドバーグは数回瞬きしてみせて、ゆっくりと応えた。
『特例は、ないんじゃが』
『そこをなんとか』
『だがのお』
そして続いたリンドバーグ先生の言葉が、エルリック家に嵐を呼び込んだ。



なんせ、年齢制限を持ち出したのは、お前さんたちの母親だからのお。



『どういうことだよ』
『……そんなことを聞きに、わざわざ司令部まで来たわけ』
低い声は、母が怒っている証拠だと知っているけれど、テオが言う。
『俺たちは、早く特級錬金術師になりたいんだよ!』
『僕らにそれだけの資格がないか、調べるだけでも』
『シェルスター大尉』
子どもたちの声も聞かずに、アレクは部下の一人を呼んで、
『放り出して。この忙しい時に、子どもの面倒なんて見てられない』
『しかし、准将』
『閲兵式が済んだら話聞いてあげるから、とっとと帰れ』
低い声に、シェルスターは小さく溜息をついて、執務机にかじりつくようにする双子を小脇に抱えた。
『この、クソババア!』
『クソババアの息子は、クソムスコ。さっさと帰れ』
もう母は執務机に向かって、双子の知らない、【ミュラー准将】になっていた。
シェルスター大尉に送られて、自宅に帰れば、双子の怒りの矛先は父親に代わっていた。
噛みつく双子に、アルは驚いていたけれど、ゆっくりと話を聞いて一言宣った。
『それは、レオとテオが悪いね』



錬金術と、軍を分離する。
それは、ジェームズ・マッキンリー大総統の時に決まった方針だった。そしてその方針に沿った改革を一任されたのがアレクサンドライト・ミュラーだった。
マッキンリー、クライバウムと2代の大総統の間に、アレクは錬金術と軍のあり方を大きく変えた。
優秀な錬金術師には国家錬金術師資格を与え、大総統府直轄である機関に国家錬金術師機関を置いていたかつてのシステムは大きく代わった。
まずアレクは錬金術学校を軍経営から民間経営にした。つづいて国家錬金術師機関を軍支配から国の機関、科学技術省に譲った。つまり、国家錬金術師=軍の狗ではなくなったのだ。
しかし軍の研究はある程度は残す必要があったために、大総統府直轄の機関として技術研究局を設立、付属する機関として第1研究所から第3研究所を設けた。
国家錬金術師の資格授与権を持った科学技術省だったが、潤滑な権力委譲のために最後までアレクの意見を求めた。アレクは試案として、国家錬金術師資格の認定方法について、いくつかの指向性を見せたのだ。その一つが、医療錬成の年齢制限だった。
つまり、医療錬成はつまり医療行為であり、人の生命に関わる。よって年少者がこれに携わるのは錬金術師、並びに被錬成者に精神的負担をかけることが考えられるとして、上級資格は18歳以上、特級資格は20歳以上にする方がよいと。
科学技術省はアレクの試案であることを隠しもせずに、全てをそのまま決定事項として発表した。
すなわち。
初級、中級資格は18歳未満でも受験可能。
上級は18歳以上が受験でき、合格ののちには制限内ではあるけれど、医療錬成が行える。
特級は20歳以上が受験でき、合格ののちは制限なしの医療錬成が行える。
アレクが危惧したのは、医療錬成を行う錬金術師は世間に多かったけれども、技術が伴わない錬金術師も多く、医療事故が多かったことをあげ、外科的処置を施す医術師と同じ国家資格制にすれば、ある程度の選抜が出来るのではと期待した………………ことなど、双子が知るよしもなく。
アルは内心で苦笑するしかなかった。
「ああ、そういうのってなんていうか、知ってる? アル」
「ん?」
軍礼服をてきぱきと片付けて、一息つけたアレクは筋肉をほぐそうと軽く肩を叩いた。
アルが手を出そうとするが大丈夫と告げて、アレクは笑う。
「反、抗、期」
「第一次反抗期は済んでるはずだよ。二人はかなり早かったから」
「ん〜、じゃあ二次反抗期」
「かな?」
「あるいは万年反抗期。どこかの姉上みたく」
「あ。姉さんのは間違いないね」



いつの間にか、エルリック家は大所帯になっていた。
長男のテオジュール、レオゼルド。
5年後の1926年には三男イオドリック。
翌年の1927年には長女リオライト。
いつかのアルとアレクの望みどおり、4人の子供に恵まれたけれどそうなるといくら【子育てパパ】を自負するアルでも手が回らないこともあって、イースト・シティのミュラー家本邸で執事兼財産管理人をしているエウレス・オークマンの娘、ヘンリエッタ・オークマン・エヴァートンとその夫、マリウス・エヴァートンが執事とメイドとしてエルリック家を切り盛りしてくれるおかげで、アルも、仕事一筋のアレクも落ち着いて仕事が出来る。
だが出世を望まないアルは決して熱心に仕事をせず、代わりにアレクが仕事に励み、アルが家事一般と育児に励むという、頭の固い老人に見せれば一喝されそうな家事分担が出来上がっていた。
というわけで。
13歳の双子を筆頭に、にぎやかな子供たちが私服に着替えたアレクに駆け寄る。
「ママ、お土産は?」
「ん? じゃあ、ボンボニエールもらったけど」
すかさず、アルフォンスの声が降ってきた。
「子供に何あげてるのさ」
「あ〜……1個だけね」
大きく開けて待機している2つの口に、ウィスキー入りのチョコレートを放り込む。イオとリオが顔を輝かせる。
「おいしい!」
「ねえ、ママもう一個」
「だめだめ。パパがにらんでるから」
「え〜、おいしいよ…ほしいなぁ」
アレクの手にしているのは、就任閲兵式後のパーティでお祝いの品として配られたガラスの器。その中にボンボニエールと呼ばれるウイスキー入りのチョコレートが入っている。アルは通りすがりにそれを簡単に取り上げた。
「あ、アル」
「二人とも、食べたら歯磨き。で、寝なさい。今日は特別だって遅く起きてたけど。もうだめだよ」
去っていく二人の後姿が、アルへの不満を書き連ねているようでアレクは苦笑する。アルはアレクにガラスの器を返して。
「さっきの話」
「ん? ああ、反抗期?」
「納得させることは」
「無理だと思うよ」
アレクはボンボニエールを一つ口に放り込んで、
「あたしたちとか、特にエドとかはもう双子の年齢には国家錬金術師になってたでしょ。だからなおのこと、双子にとっては納得できない。それに制度を変えたのが自分の母親だから。母親だから、て言えば優遇してもらえるって思ってるところ、ていうか吹き込まれたんだろうけど気に入らない」
「だけど」
反論しようとするアルの口に、やはりボンボニエールを放り込んで。
アレクは笑顔で問う。
「どう?」
「……確かに、おいしい」
「うん」
アレクはちらりと天井を見た。
その先にあるのは、双子の部屋。
ここのところ、まともに会話をしていない。
いつかは、いや、本当は今すぐに本当のことを話さなくてはならないのだろうけれど。
「でもねぇ……どこまで言えばいいのかなぁ」
言っていいこと。
まだ早いこと。
その境界線が曖昧すぎて、アルとアレクはため息をつくしかなかった。



Top/ Next →