喪われた玉響 9






アメストリス暦1921年8月。
見事に晴れ渡った青空の下、少将は落ち着かない様子で襟元を直していた。
滅多に着ることのない、蒼い将軍礼服。前回着たのは大総統就任式だから5ヶ月も前だ。
飾りヒモを直してみたり、手にしている白い手袋を広げて、握って、広げて…。
「おい、ロイよ。少しは落ち着け。お前さんの気持ちは、何年も前に俺が経験したもんだけどな」
ヒューズ大佐のつっこみも、少将には届かない。
この時期、アメストリスでは晴天が多い。中庭での結婚式を考えたのはアレクだった。
身重の身体で、相変わらずアルに怒られながら、エドと少将の結婚式の準備を整えたのだ。
『自分たちの結婚式は、この子を胸に抱いてすることにしたの。慌てないわ』
微笑む姿は、既に母親で。
今も大きくなった腹部を支えながら、控え室のエドの様子を見ている。
「うん、完璧ね。やっぱりエドは純白が似合うわね」
「…そうかな」
「あたしが準備したんだもん。間違いないわよ」
アメストリスでは、純白のドレスを着ることが出来るのは生涯で2回と言われている。
最初は生まれた時の産着。
そして、嫁ぐ日。
決して長身とはいえないエドが着ているのは、アルとアレクがこの日のために、少将にも内緒で作らせたドレスだ。
ふんだんにレースを使い、賢者の石で錬成したとはいえひどい傷跡が残ってしまった右肩を隠しているとは思えないほどのドレープ。
ふんわりと広がったスカートは、それほどスカートをはいたことのないエドには少し扱いづらかったけれど、なんとか着せてもらって、髪を結い上げて、化粧を施された自分を鏡に映してみて、エドは言葉を失った。
「どう?」
「…これって、鏡なんだよね」
ケラケラと笑うアレク。
そのとき、控え室の扉をノックする音に、アレクが応えると、こっそりとアルが顔を覗かせた。
「どう? うわ…姉さん…」
「綺麗でしょ?」
アレクの促しに、アルはいつかヒューズに揺さぶられた時よりも素早く首を盾に振る。
「すごい、すごいよ、姉さん! きれいだよ!」
「そう…か?」
「うん!」
桜色に頬を染める姉は、本当に美しくて。
アルは満足げに言った。
「これで僕も安心だ。姉さんと少将がしあわせになってくれたら。僕たちも家族が増えること、楽しみに出来る」
「2人一気にね」
付け足されたアレクの言葉に、エドは首を傾げる。
「2人?」
「実はね、双子だったの。この子達」
アレクが自分の腹部を撫でながら言う。
「双子?」
「うん」
エドが満面の笑顔で、
「よかったじゃないか」
「一人分の喜びが2人分になっただけだよ」
微笑むアレクを、アルが見つめる。
そして気を取り直して。
「さて、姉さん。そろそろ行こうか?」
「うん」
さらさらと、シン国産の絹の擦れ合う音が聞こえる。
エドと、エドをエスコートするアルの後ろ姿をアレクは見つめて、微笑む。



「お待たせしました。これより式を始めます」
進行役が声を張り上げているのが聞こえた。
肘までの長い手袋を調整しなおす姉の、白いうなじを見つめてアルは呟いた。
「姉さん…僕らは、これでいいんだよね」
「ん?」
「僕はアレクと、姉さんは少将と幸せになるんだよ。それでいいんだよね」
「…それはどうかな」
違う答えを想像していたアルは慌ててエドの横顔を見る。
「姉さん?」
「答えなんて、誰かがくれるもんじゃないだろ。自分で探し出さないといけないんだよ…アルが、幸せになるって答えを持ったなら、それはお前が探し出した答えなんだよ……違うか?」
黄金の花嫁は凛として立ち、だが微かに笑みながら弟を見つめる。
「…そうかも知れない」
「とりあえず、俺は少将が…ロイが俺と一緒に答えを探してくれる相手が、見極めないとな」
鼻息荒い応えに、アルは小さな声で言う。
「普通見極めて結婚するんじゃないのかな…」
「なんか言った?」
「いえいえ…」
そのとき。
扉が開いた。アルがにっこりと微笑んで腕を出す。
「どうぞ、お姉様」
「おうよ」



「少将…じゃなかった、兄さん。姉さんをお願いします」
義弟の声に応えることすら忘れ、少将は純白に包まれた愛しき者を見つめる。
黄金の髪を結い上げ、何よりもその見事な純白のドレスがさらさらと衣擦れの音を立てる。
だがどれもが花嫁を引き立てるための、道具に過ぎない。
「エド…」
「こら。アルに返事くらいしろ」
その口調は、確かに愛しき者で。
少将はようやく我に返り、アルに応えた。
「ああ。確かに、引き受けたよ」
義弟は笑んで、壇上を降り、大きな腹部を抱えて用意された椅子に座っている妻の横に座った。
「エド…」
「ん?」
「綺麗だ。私は、君を選んで本当によかった」
エドはみるみるその頬を桜色に染めて、小さな声で応えた。
「俺も…ロイでよかった。ホントに…」



誓いのキスを促されて、男は新妻の、額に口づける。
晴れ渡る空の下で誓う、永遠の愛。
鳴らされた鐘は、祝福の声。



エド。
私は君と、出会えて。
君を愛して、
君と結婚して。
幸せなんだよ。
エド。
君は…幸せかい?



バカ。
聞かなくても、わかってるだろ?
俺も…幸せだよ。
ロイに出会えて。
ロイと結婚できて。



アル。
やっぱり、答えは探し出すものだよ。
俺は…ロイの中に、見つけたよ。
幸せを。



幸せを。
共に歩く喜びを。



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