螺旋調和 6
『まさか。ま、大尉が名字変えなくて助かったわね。2人ともハボック大尉とハボック中尉だったら、区別つかないじゃない』
そんな新婚のホークアイ大尉が、夫のハボック中尉といわゆる新婚旅行に出かけているために、少将の歯止めは亡きに等しく。
どうやら毎日毎日、業務連絡にかこつけて、エドに電話をしているのだ。
「しょうがないね…ロイのバカ」
「だけど、姉さんもよく逃げ回れるなって思うよ。だって」
姉さんだって、少将のこと、好きなんだから。
ここに姉がいたならば、自分の命すら縮みかねない爆弾発言をさらりと言って。
だがそれはアレクも知っていて。
「そうだね。それに…ロイも、好きな気持ちはもうどうやっても止められないって、聞いてる方が恥ずかしい台詞をさらっと言ってくれちゃったしね」
それは少将の執務室に、アレクもアルも、ヒューズもいた時だった。
まもなく生まれる第2子の話題にヒューズ一人が盛り上がっている横で、少将はエドに電話をかけていて。
恐らくは、少将の電話の回数か、時間の長さか、そんなところにエドが怒ったのだろう。しかし、少将は穏やかに、
『鋼の。だが、好きという気持ちに気付いてしまった以上、もう私は後戻りなどできないんだよ。気持ちはもうどうやっても止められないのだから』
姉が電話の向こうで、凍り付いているのが手に取るように分かったけれど。
アルは苦笑するしかできなかった。
いや、苦笑するというより、少将の言葉の一つ一つを、かみしめていたというべきか。
「好きって気持ちは…気付いたら、止められないのかな?」
ポツリと言ったアルが、ゆっくりと歩を進めるアレクの顔を覗き込む。アレクは少し考えて、答える。
「う〜ん、好きって気持ちより、愛してるって気持ちの方が止められないと思うよ?」
「愛してる?」
「ずっと一緒にいたいとか、ずっとこの人を支えていきたいって気持ちね」
「……」
ずっと一緒に、いたい。
その言葉を思い浮かべた時。
アルの脳裏に浮かんだのは、姉ではなく。
目を瞑らなくても、思い出さなくても、目の前にいる笑顔。
「この人を、ずっと大切にしたいって気持ちもそうかな」
アレクは静かに付け足して、立ち尽くしてしまったアルの、自分よりも少しばかり背の高い、黄金の双眸を覗き込んだ。
「分かる?」
「…ああ、だったら分かる気がする」
好き、よりも愛している、の気持ちの方が、アルには理解できた。
そして、思ったことを素直に口にする。
「…アレクなら、一生一緒にいたいって思えるかな…」
「え?」
思いもしなかった言葉に、アレクは一度視線を離したアルの双眸をもう一度覗き込もうとするが、既にアルはあらぬ方向を見ている。ただ紅く染まった耳が、アルの気持ちを表しているようで。
「アル?」
「…ダメ、だよね?」
確認の、疑問。
アレクは少し考え込むけれど。
すぐに微笑んでみせて、アルの腕を優しく掴んだ。
「なぜ、ダメなの?」
「?」
「なぜ、ダメだって決めつけてるの?」
頬から耳まで紅く染まったアルが慌てて振り返る。アレクは静かに続けた。
「一生一緒にいたいって、思ってくれて、あたし、嬉しいよ?」
「…アレク」
「あたしも、同じ気持ちだから」
あっさりと、告白されて。
アルは思わず瞬きしてみせて。
かさかさと、足下で色あせた紅葉が風に揺られて音を立てているけれど。
その音も耳には入らず。
ただ優しく触れている、アレクの手だけが、熱く感じて。
「じょう、だん?」
「なんで冗談言うの? こんな時に」
アレクは腕を掴んだまま、ずっと静かに続ける。
一緒に、いたいよ。
アル。
一緒に、いてくれる?
そして、アルの腕を離して、掴んでいたその手を差し出した。
「行こう。それから…話そうよ。いろんなこと」
「うん…」
時間はたくさん、あるのだから。
お互いの気持ちが通じたから。
お互いの知らない時間を、埋めるために。
たくさん、話そう。
そうすれば、お互いをもっと、きっとよく理解できるから。
もっと、きっと愛せるから。
人の思いは、まっすぐじゃない。
きっと、円を描いているんだよね。
でも、描かれた円は角度を変えて見ると、円じゃない。
少しずつ上昇していくんだよ。
螺旋を、描いて。
そして、世界にはたくさんの人が存在する。
たくさんの思いが、存在する。
思いが人をつくって、人が世界をつくるんだよ。
人の思いは、まっすぐじゃない。
螺旋を描いて、世界をつくる。
人の思いは…螺旋を描いて、世界を調和させるんだ。
マースとグレイシアの思い。
ロイの思い。
エドの思い。
アルの思い。
あたしの、思いが。
螺旋を描いて、世界を調和させるんだよ。
きっとね。
end......