collapsed Family 01






明日は、可燃ゴミの収集日。
だから、明け方まで営業していた飲食店は、店を閉めるとゴミを出す。
東京都指定の、名前まで書かなきゃいけない、とてつもなく面倒くさい、有料のゴミ袋に入れて。
とは言っても、そんなの守ってないっつー店も結構あって。
そんなゴミ袋は、当然回収されないわけで。
ま、とにもかくにも、池袋のハシブトガラスには、人間様の事情なんか、どうでもよくて。
あたしの目の前で、ガーガー鳴きながら、名前を書いている書いてないの、関係なしでビニールを引きちぎって、おいしく朝食としていただいている。
カシャ。
微かなシャッター音に、カラスは一声啼いて、飛び去った。
でも、ちゃんとデザートにハムの切れ端をくわえていったけど。






あたし、山内瑞穂。23歳、独身。
職業は……フリーっていうか、カメラマン、オア、ゲージツカ。
『職業は何をされているんですか?』って興味津々に聞いてくる人には、とりあえず『アーティスト』って応える。
一番、無難だし。
体重、スリーサイズともに、ごくごく標準。
ただ……身長はちょっと高い。
178p、足のサイズは26pと、かなーりビックサイズってやつです。
あと、仕事の時だけめがねをかけるかなぁ。やっぱり普段はどうでもいいけど、仕事の時は見えないと、困るから。






最初は、池袋、通称フクロの自然、ということでカラスだけを取るつもりだった。
いつの間にか、フクロの人間を写真に撮ることになってた。
カラスは相変わらず撮ってるけど、主はヒト。
フクロに集まる人を撮ってる。
出版社から、今度出版してもらいたいって声かけてもらって。おかげで2ヶ月の間に、撮りまくっております。
……だけど、カメラを向けてにっこり微笑んでくれる人ばかりじゃない。
特に、こんな朝方なんかは。
「何してんだ? てめえは」
とゴミ収集所に群がるハシブトガラスを見ていたあたしの前に、足が6本。
座り込んで見ていたから、あたしは足から順々に上を眺めてみる。
あたしの前に、だるそうに立っている3人が3人とも、同じような格好に、同じようなサングラス(まだ薄暗いのに、要る?)、同じようにガムを噛みながら、タバコを右手に持っている。
……なんつうか、個性ゼロ?
「カラス、見てるだけ」
「へぇ、カラス見てなんかあんのか?」
個性ゼロの3つ子の一人がわざとらしく、あたしと同じように座って、ハシブトガラスを見て、
「ああ、カラスだな」
……だから、言ってるのに。
「そんなことよか、俺らと遊ばねぇ?」
「そうそう、とぉぉっても楽しいことして」
「ぶっ飛ぶぜ」
まったく。
どいつもこいつも。
個性っつうもん、持ってないの?
あたしは、内心で毒づいて、3つ子たちを完全に無視して、背中のディバックから最近気に入っている一眼レフを取り出して、ゴミ収集所に向けた。
ん、いいカンジ。結構群れてるし。
数枚撮ったあと、頭上から声が降ってくる。
少しばかり、苛立ったカンジで。
「ちょっとー、失礼じゃねぇ?」
「そうだね。しめようぜ」
「こんなおかしなヤツ、締めてもいいだろ?」
と、あたしの顔をのぞきこんで、3つ子がにやりと笑ってみせた。
……笑い方まで個性ゼロ。
「あんたたちさぁ……3つ子?」
「はぁ?」
にやついていた表情が、あたしの次の言葉で凍りついた。
「なんか、個性ゼロってカンジ。何から何まで一緒? トイレまで一緒にしてるわけ?」
からかわれたと気づくのに、ちょっと間が空いた事自体、個性ゼロ……。
「てめぇ!」
「ぶっ殺す!」
「やっちまうぞ!」
いきまいているけど、あたしの目の前でガン飛ばしまわってるけど、全然迫力ゼロ。
……この3つ子って、何やっても駄目ってカンジ?
あたしが、内心溜息をついて、
しゃあない、相手するかなぁ……。
と立ち上がろうとした時。
遠くに聞こえるハシブトカラスの声の中に、はっきりとフクロの朝方、澄み切った空気を振動させて、その声は聞こえたんだ。
「まぁーたく、ボクの瑞穂姉さんに何かご用ナリか?」
「おい、何絡んでんだ!」
ほとんど同時に、声は聞こえた。
次の瞬間。
3つ子にようやく、それぞれの個性が見えたような気がした。
「あ? なんか、文句あんのか?」
「……おい、あれ」
「ヨシキ、知ってんのか?」
近づいてくる、二人組。
もちろん、あたしは知ってる。
両方とも多分のっぽになるんだろう、身長に、キレーな顔。何人か、オンナノコ引き連れてても、おかしくない。そんなカンジ。
「タカアキ、知らねーのかよ。あいつ、キングだよ。G-boysの頭!」
「げ……」
また、個性ゼロの3つ子。
さっきまでイキがっていた一人が、今にも逃げ出しそうに後ずさりを始める。それを見てると、なんだかおかしくなって、あたしはクスリと笑った。
「なに笑ってんだよ」
「あの二人、ノせれるようになってからおいで。ボーヤたち」
「なんだと!」
「タカアキ、帰るぞ!」
すぐに頭に血が上るタイプらしいタカアキクンを、残りの二人が引きずるように、その場を去る。あたしに向かって、個性のない『覚えてろよ!』の捨てぜりふを残して。
嫌みのように、笑いながらその後ろ姿に手を振っていると微かにパフュームが匂った。
「なんだぁ、あいつら」
「絡んでみたかっただけなのねー」
「しっかし、よりにもよって、瑞穂かよ。センスねぇな」
その言葉に、カチンと来た。のっぽの方の胸ぐらを軽く叩いて、
「どーゆーイミ? マコト」
「あ? 怒るなよ。明け方にカラス撮ってるヤツ、声かけるのっておかしくねぇか?」
「そーゆーイミか」
「でもねぇ、ホント見る目ないナリね。ケンカ慣れてる瑞穂姉さんに絡むなんてさぁ」
奇妙に語尾を伸ばす、タカシの話し方ももう慣れた。
「知らない。ぶっ飛ぶことしようぜ、だってさ」
「はぁ、まーた、スピードか」
「最近、もっとぶっ飛ぶクスリ、流行ってるらしいよぉ」
さすがは、フクロを束ねていたG-boysの元頭。そういう情報は、早い。
「ああ、俺も聞いた。ファルコンだったけ?」
もう一人、のっぽのマコトも、その辺で転がってるコと、見た目は変わんないのに、実はこう見えて探偵だったりするので、やっぱり情報は早い。
「そうそう」
「……でさ、ファルコンって、何語?」
「?」
肩をすくめて、それからタカシはあたしを見る。
「……英語」
「で? どういうイミ?」
「鷹」
「さすが、瑞穂ねえさん」
「ホントだな。で、タカってどんな食べもん?」
一瞬で静寂。
ハシブトガラスが、一声啼いた。






フクロの、とにかく山ほどあるビルたち。
雑居ビルっていう、何が入ってるか分かんない、建物。
その一つの窓ガラスには、でかでかと『横山探偵事務所』と書かれている。
とにかく超古い、ソファが一式。
一つにはあたしが座ってる。その隣には、この事務所の所長の、横山さん。
あたしの前には、依頼者……名前はなんだっか、聞いたけど忘れた。マコトはちょっと離れた机にうつぶせになって、死んだように眠ってる。
「……こんなカンジですか?」
「そうですねぇ、もう少し、目が吊り気味なんですけど」
……これ以上吊り上げたら、鬼婆だよ。
心の中だけで毒づいて、あたしは言われたとおりに、さっきから書いている似顔絵を少しだけ修正。もう一度依頼者は、ようやく頷いた。
「ええ、こんなカンジだと、思います」
要するに、こういうこと。
この依頼者、つーか、この人が弁護士している、お偉いさんがいる。
大事に大事に、家庭菜園の野菜みたいに育てた娘が15年前に、どこかのウマノホネと駆け落ちした。
娘は死んだし、ウマノホネもとっくの昔に死んだ。
だけど、二人には子供がいた。
カナって言うらしい。
14歳になる……けど、写真がない。
あるのは、4歳の時の写真と、唯一会ったかもしれないっていう、この弁護士さん。
で、絵を描くあたしが、マコトに呼び出されて。横山さんに妙なまでの太鼓判を押されてしまったので、言われるがまま、絵を描いてます。
お偉いさんは自分の財産を、そのカナって子に譲りたいけど、どこをどう探したらよいものか、分からない……らしい。そんなものかな。さぁっぱり、分からないんだけどね。





「いつもすまないね」
「ほんとにすまないですよ。ま、小遣い稼ぎです」
「よっく言うぜ」
と横山さんが苦笑しながら、あたしの前のテーブルに茶色い安っぽい封筒を置いた。
「ご苦労さん」
「どういたしまして」
中には新渡戸稲造さんが一人。ま、こんなもんでしょ。
「おら、マコト。起きろ」
「あ? なんだよ……」
「仕事だ。このお嬢ちゃん、探してこい」
グロッキー帳を破って渡した、カナって娘の予想図を横山さんは寝ぼけ眼の誠に渡して、
「このお嬢ちゃんを捜したら、今月はお前のノルマは一気に達成されるということになるな」
「マジ?」
「ああ、給料出るぞ」
「おっしゃ! 名前は?」
「フクロに探しに来たんだ。本名のはずはねぇけど、朝宮佳奈。14歳だと」
「了解! お、瑞穂。お前も手伝えよ。どうせ暇してんだろうが」
マコトが予想図を片手に事務所から出ようとしている。とっくに荷物をまとめていたあたしは頷いて、別にいいよと応えた。
かるーく、受けた。いつもの調子で。
でも……事件はとっくに始まってたんだ。






池袋の本当の顔を見たいなら、週末の夜中に限る。
池袋西口公園、ウエストゲートパーク。
ラジカセでガンガンDJ系を流しながら、ブレイクダンスをしているダンサーグループ。
同じラジカセでもマイクを蛸足状態でつないでつないで8人ぐらいでアカペラしているシンガー。
MBXを乗り回すのもいれば、スケボーにローブレ。
なんでもありなんだけど、一応テリトリーがあって、その中でしか連中はパフォーマンスをしない。
なかでも西口公園、やっぱウエストゲートパークの方がかっこいいか。ま、とにかく略してWGPの一角にどこのテリトリーにも属さないスペースがある。
すっぽんぽんの兄ちゃんの銅像。日本人男性の標準よりも少し大きめ(本人談)の股間も隠しもせずに、左手は肩になんか布を背負ってる。台座には、『永遠に不滅』とかなんとか、入ってる。
時々その銅像の前に、つなぎの兄ちゃんとか、警備員の制服の兄ちゃん、マッサージヘルスの看板持ちの爺ちゃん、はては黒縁めがねのサラリーマンまでが立ち止まっては、手を合わせていく。
……なぁんか、違うだろ、それって。
第一,この兄ちゃん。
死んでないし。
ぼんやりと、いろんな人の移動を見ていたあたしに、背中から声をかけたのは。
「瑞穂姉さん? ぼんやりしてるほど、暇なのねぇ?」
「べっつに。定点撮影してんのよ」
興味深そうに三脚で固定したカメラのファインダーをのぞき込むタカシに、あたしは定点撮影の説明をする羽目になった。
「はいチーズって、シャッター押すでしょ。普通のインスタントカメラだと、シャッター切った瞬間、フィルムの前のドアが開いて、次の瞬間にはもう焼き付けちゃってる。ということは?」
「一瞬だけ撮るってことね? この瞬間を大切にって?」
「……まあね。とにかく定点撮影っていうのは、その一瞬しか開かないフィルムの前ドアを延々開けっ放しにしとくわけ。とすると、人の流れなんかが移る。光の動きも移る」
「ふぅん」
「そういうこと」
「さっすが、瑞穂ねえさん。なぁんでも知ってるわけね」
タカシと初めて会ったのも、ここウエストゲートパークだったっけ。






今日みたいに、タカシの『ダヴィデ』そっくりの銅像を眺めてた。
……これって、何者? 『あれはね、安藤崇くんだよ』
銅像を拝んでいた、ファッションヘルスの看板を持ってたおじちゃんが教えてくれた。
『誰? 有名な人?』
『ああ、ここでは有名な人だな』
池袋に通い始めて、多分そんなに日にちがたってなかったと思う。
だから、G-boysなんて知らなくて。当然ながら、安藤崇って誰? ってカンジで。
「姉ちゃん、遊ばない?」
「3人でいいこと、しようぜ」
ストリート系の、妙―な格好した兄ちゃんが二人、あたしに声をかけた。
銅像からその兄ちゃんたちに視線を移したけど、どう見ても勘違いしてるみたいだったから、無視ってやった。
「……なんだよ、てめぇ」
たったそれだけのこと。
それがそいつらには、とぉっても気にくわなかったみたいで。
「ウリ、やってんだろ? 五千円でどうだって聞いてんだよ」
「悪いけど、そんなじゃないから。向こう行って、そういうお姉さんに声かければいいじゃん」
「このアマ……」
突然。ホントに突然、その兄ちゃんは左の拳をあたしの顔を向けて、打ち込んだ……つもりらしい。
もちろん、その兄ちゃんにしてみれば、顔面ヒットして、歯を何本か折って、鼻血を出しながらのたうち回るあたしの姿を連想したみたい。
だって、にやにや笑ってたもん。
でも……その妙な笑いは瞬間で消えた。
当たり前。
あたしの顔に、そいつの拳は当たりもしなかったから。
その時のことをタカシに聞かれて、あたしは応えた。
『だってね、腕の長さって決まってるでしょ。それに普通の人ってステップ使わないから、腕のリーチ以上に手が伸びてくるってないじゃん。だから、リーチより少し長めに距離を広げたらいいだけじゃん』
『ケンカ慣れしてるねぇ』
ケンカ慣れ? んー、多分ちょっと違う。
ここ何年かはさぼってやってないけど、小さい時から空手をやってた。だから、『間合いの取り方』なんて、忘れたつもりでも身に付いてる。
思わず。ホントに思わず、手が出た。
軽―く。軽く。
兄ちゃんの懐に入りこみ、襟足をつかんで引き寄せる。ついでに膝を上げた。
……いやーな、音がした。
鼻の骨が砕ける、音。
「あっちゃー」
と言ったのは、あたし。あたしの声に、ようやく兄ちゃんたちは分かったみたい。
「痛え、痛えよぉ」
「てめぇ!」
痛がる声が一つ、いきがる声がいくつか。つうか、増えてる。こういう時に限って、仲間意識が強くなるやつらばっかってカンジ。
……結局、20分後には公園のタイルの上に、8人の……死体じゃないよ、兄ちゃんたちがうめきながら、横になっちゃったりして。
「はぁい、そっこまで♪」
とっても調子よく声をかけてきたのが、タカシで。
「みっなさぁん、今日のことはとっぷしいくれっとつうことで、よろしくねぇ」
突然現れて―――タカシの話だと、最初から見てたらしいけど―――、声を上げたそのつんつん頭の兄ちゃんに、疑問を持たない方が不思議で。
でも、公園のライトを受けた時に、その兄ちゃんが銅像の兄ちゃんと分かった時、なんかが見えたような気がした。
この兄ちゃんが『安藤崇』。
「そっこの寝ちゃってるお兄さんたち? 自分たちのケンカで、こぉんなにボロボロになっちゃって、ポリのお世話になりたいんだ?」
「……なんだと」
と言いかけて、最初に鼻骨をあたしに折られた兄ちゃんが、『安藤崇』を見上げて、それから口をあんぐりと開けた。
「キ、キング……」
「分かったねぇ?」
「は、はい。自分たちのケンカっす」
なんとか絞り出された言葉に納得した『安藤崇』は、最後にあたしに振り返って、
「おっ姉さん。これからおつきあい、してもらえますっくわ?」
「……いいけど、どこ行くの?」
「ちっちち」
と、『安藤崇』は人差し指だけ器用に左右に振ってみせて。
「デートの行き先は、言わない方がミステリアスぅ」
「はぁ」
結局、明け方までクラブに引きずり込まれて。
ウエストゲートパークにはパトカーが何台か止まって、『内輪のケンカ』を処理していたらしい。あとになってタカシから、『アリバイづくり』にクラブに行ったことを聞かされて、なんとなく納得したんだ。
……安藤崇は、まだフクロのキングなんだって。





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