Collapsed Family 02
真島誠に初めて会ったのは……いつだったけ?
「ひっでー、なに、タカシは覚えてて、俺は忘れた? なに、その差は?」
「冗談だって」
「……ぶっちゃけた話、俺よりもタカシの方、好きだろ?」
「さあねー」
タカシにアリバイづくりをしてもらって、ちょっとしてからだったかな。
その時もおんなじように、キれた兄ちゃんたちに絡まれた。今度はナイフ付き。フォールディングナイフというらしい。
明らかにこの前の兄ちゃんたちの連れだった。
『この前の借り、返しに来たぜ』
にやにや笑ってたから。
けど、ようやくコントロールを思い出したから、かなーり手加減して、それも手を使わずに足だけだったのに、10分もしないうちに……10人が道路とキス。
『すっげーな、お前。あ、俺、真島マコト。
フクロでなにしてんのよ?』
アリバイづくりもなんも、兄ちゃんたちは勝手に逃げてって。それもマコトの、
『やっぱり、タカシに知られたらまずいんじゃないの?』
『タカシって……知ってんの?』
『ま、フクロの元キングだしな。いくらG-boys解散したからって、そうそう変わりゃしねぇよ』
ミスチルの『抱きしめたい』が流れる。
あたしの着メロ。すっげー古いって散々バカにされても、この曲が一番好きなんだもん。だから、着メロにする。賑やかに流れるミスチルを聞きながら、あたしは携帯を取り上げた。
「もしもし」
『俺、マコト』
そんなことは、携帯の表示を見たら分かる。
『今どこだよ?』
「公園。タカシの銅像の前。タカシも一緒」
「うぃー、マコっちゃんー」
携帯に手振ってどうすんのよ?
「すまねぇな」
「別に。いいけど?」
タカシの銅像の前、定点撮影を止めることも出来ないからマコトに来てもらうことにしたんだけど。予想通り、連れがいた。
ちょっと浅黒、天然物の金髪。一目見て外国美人と分かる、お姉さん。
「えっと、エリナさん。こっちは……」
『この前のさ、アサミヤカナって娘』
『ああ、予想図書いた?』
『そうそう、ちょっと聞き込みやってたら、なんか知ってるみたいなんだけど……言葉わっかんねぇんだよ』
『はぁ……何語なのよ?』
『フィリピーナ・ヘルスだから、フィリピン語?』
『……分かった……英語だけどね』
「こんにちは、あたし、山内瑞穂って言います。よろしく」
「え?」
多分、予想もつかなかった言葉にびっくりした様子でエリナさんは私の顔を見る。
「……英語、出来、る、でした?」
ホントに片言の日本語。確かに、英語で話した方がわかりやすいかも。
「ええ。日常会話くらいは話せますよ」
「よかった……カナのこと、聞いてるのは分かったんだけどね。絵で。でも、それ以上、全然わかんないのよ……なんか聞きたいんでしょ?」
「そうね……ちょっと待って」
こういう外国から来たヒトって、だいたい同じ。
日本に来たら、まず日本語しか話さない。
日本語が少しは話せるようになると、そうでもないけど、そうじゃないうちはちょっとでも英語を聞くと安心しちゃう。自分のことを必死で話そうとする……フクロでそんな外国人にどれくらい会ったかな。もう忘れたくらい。エリナさんもそのタイプのヒトだった。
どうしていいのかわからないカンジのマコト、定点撮影のカメラにちょっかい出そうとしてる、タカシ。二人に振り返って。
「マコト」
「あ?」
「で、アサミヤカナって子のことを聞けばいいわけ?」
「ああ、そういうこと」
「了解」
「……2ヶ月くらい前なんだけど」
私は日本に来て、3ヶ月になるの。
エリナさんの話はそこから始まった。
長くなりそうだったので、公園のベンチ代わりの低い柵に二人座って話を聞く。視界の隅っこでマコトとタカシが太極拳らしいのをしているのを見えながら。
「とにかく働いて、マニラにいる3人の子供たちに送金したかったの。だから、観光ビザで日本に来て、飛び込みで今のお店に入ったの」
「……珍しいですね、ディーラーを通さなかったんですか?」
「前にね、それで日本に働きに来て、中間マージン、ずいぶん取られたから」
一度強制送還された、んだ。でも……そういうヒトがまた日本に来るには……一番手っ取り早い方法は、一つしかない。もちろんエリナさんも、『偽造』を使ったんだ。
もっとも、あたしたちは入国管理局じゃないから、それを聞いてどうとかって問題じゃない。
大事なのは、その先の話しだから。
「……なんていったかなぁ、そうそう『蒼い蕾(green bud)』ってお店だったわね……どういう意味なのかしら?」
……どういう意味もなんも、英語じゃ表現できないでしょ。第一、英語ではそんな表現しないから、分かんないんだし。とにかく、あたしはできるだけさくさくと説明してあげた。
「……つまり、成熟していない、これから美しく咲く花の蕾って、ことじゃないですか?」
「ああ、そういうことだったの。だったら、納得できるわ。だって、あそこにはカナと同じくらいの男の子とか女の子が、登録制で出張売春してたんだもん」
「え?」
「カナは、その店でナンバーワンの子だったのよ。ちょっと吊り目の大人っぽいカンジがいいんだって、うちに来るお客さんが言ってたわね……で、うちのお店に出張してきて」
シュッチョーがヘルスって、どんなもん?
ま、口を挟まずあたしは先を促した。
「時間があまったから、少しだけ話をしたのよ。確か……源氏名は、リカ。おかあさんの名前だって言ってわね……びっくりした、だってすっごく英語が上手なんだもん。顔はほとんど日本人の顔なのに、お父さんがアメリカ人だったんだって」
合ってる。
依頼者が横山さんに説明してたとき、あたしもいたから覚えてる。
そう、朝宮佳奈の母親は、朝宮梨花。
父親は、ウマノホネって名前じゃなくて、アーサー・マクスウェルって立派な名前があった。
間違いない、このヒトの話が嘘じゃないってこと。
「で、今は?」
「……それが2ヶ月前のことなのよ。でも、先週見たの。そのお店ね、しょっちゅう移動してるんだって。前は歌舞伎町ってところにあったらしいけど、今はこっちに移ってるんじゃないかな? 多分だけどね。先週その先のローソンで会ったのよ。だから声をかけたの」
「間違いないんですね?」
「間違いないわ。しばらくはこっち、て言ってたから」
「ありがとう」
「まこっちゃん、いいのかなぁ?」
不意に、タカシが言い出した。
いつもの、デニーズ。
夜中はいつも、ここ。
メンバーは特に決まってないけど、だいたいマコトがいる。タカシはタカシで、自分たちのグループ、つまり元G-boysメンバーで集まってる。『カイシャのケーエーホーシンをケッテイしている』とか言って。
今日に限って、メンバーは集まってなくて、マコト探偵と、瑞穂探偵見習い(ってマコトが言うし)、それに情報屋をしている和範くん。そこへタカシが顔を見せたんだけど。
1日のうち、寝る何時間以外はほとんどここにいる和範くんは、ノートパソコンを持ち込んでさっきからキーボードを結構なスピードで叩いている。その前にマコトが座って、あたしはマコトの横に座ってた。
タカシはマコトの頭にかるーく手を置いて、
「いいのかなぁ?」
もう一度、おんなじことを言う。
「だから、なにがよ」
「頭のいい、まこちゃんなら分かると思ってたんだけどなぁ」
「はぁ?」
頭の上に置かれた手をなんとか振り払おうと必死のマコトを無視して、和範くんが一言。
「出たよ」
とノートパソコンの画面を見やすいように、こちらに向けてくれる。
「グリーン・バド。経営者は高居満、38歳……高居が最近、池袋で賃貸アパートを借りてる……ここじゃないかな?」
「よっしゃ!」
と、マコトは見せられたアパートの住所を書き写して、勢いよく立ち上がって、タカシの手を振り払う。
「行くぜ、瑞穂!」
「ごめん、今回パス。ちょっと和範くんと話しがあるから」
「タカシは?」
「ボクは瑞穂姉さんに話があるナリ」
「そっか。じゃ、俺だけのお手柄だぜい!」
ちゃっかり自分の伝票を置いて、マコトは走り去った。
住所はここから走っても10分。その半分が信号待ち。多分、1時間もしないうちに帰ってくる。あたしはそう思ってた。というより、確信していた。
「朝宮健多郎、62歳。自民党所属の参議院議員で警察機構検討委員会委員長」
あたしの言葉に、ぎょっとした表情を浮かべたのは、和範くん。タカシはウエイトレスを呼んで、パフェを追加注文している。
「……どういうこと?」
「今度の依頼者よ。ホントのね。大物でしょ。代議士には珍しい、警察畑のキャリア代議士。息子の朝宮裕一郎は、次期警視総監って言われてる……探してるのは朝宮健多郎の孫娘……おかしいと思わない?」
「……なぁんだ、瑞穂ねえさん、気づいていたのね?」
タカシがごくごく冷静に応えた。
「タカシはなんで?」
「だぁってね、最近変なのがうろついてるって、ジョーホーがあってね。ポリなんだけど、ポリじゃなくってさ。ポリなら自慢したげに手帳見せるのに、そいつらは見せないんだってさ。先週くらいからだけどさ」
そのうえさ。
と、タカシは初めて眉間にしわを寄せて、
「ポリだったら、ハンコーテキなやつをボコにすることがあっても、ビョーインはないんだよなぁ。あとあと面倒だから。でも、そいつら、何人もビョーイン送ってるって噂、アリなわけ」
「それって、フクロの話し?」
「いや? 多分、カブキチョー」
1時間もすれば帰って来ると思ってたマコトは、2時間待っても帰って来なくて。
結局、2時間経った頃、横山さんから携帯に電話が入った。
「もしもし?」
『横山です』
「あ、どうも?」
『マコト……逮捕されました』
「は?」
意味が分からず、思わず聞き返す。静かに、横山さんは静かに状況を説明する。
『アパートの一室で、殺された男性と、血まみれの灰皿を持ったマコトが気絶してたそうです。通報があって、警察が現場に急行して、逮捕、だそうです。とりあえず自分は警察に行きます』
警察なんて、何度も行くところじゃない。
あたしは、嫌い。
出来れば、避けて通りたい場所。
雰囲気が嫌い。
俺たちはお前たちのために、治安を維持してやってんだってカンジで、高圧的な視線を感じることがある。
……被害妄想?
でも、あたしは昔、そんなことを言われたことがある。
お前みたいなガキが、おれたちがイジしてやってる、チアンを悪くするんだ。
「瑞穂ちゃん」
と廊下の奥で、横山さんが手を上げた。あたしは小さく頷きながら、キャップとサングラスを外した。
「どうも」
「直前の所在確認、瑞穂ちゃんにお願いしたけど……大丈夫?」
「ええ、問題ないです」
横山さんは、どっちかというと慎重なタイプ。
自分の周りにいる人間がどういう人間か分析してから、つきあうタイプ。
だから、あたしのこと、あたしの過去も、知ってるから、あたしが警察を嫌いな理由も知ってる。だから、よかったのかと聞く。
でもあたしもそんなに子供じゃない。
昔のことは、昔のこと。
「ハンサム」
と奥の部屋からドアを開けながら、小柄な男の人が姿を見せると、横山さんが頭を下げた。
「吉岡さん、こちら山内瑞穂さんです」
「ああ、どうぞ。ハンサムはもうちょっと待っててくれ」
「ハンサム?」
思わず横山さんを見上げると、苦笑しながら、
「昔、そんなあだなだったんだ。それはそうと……マコト、釈放されることになったから」
「え?」
「……被害者は頭を殴打されて、頭蓋骨陥没骨折で即死に近かった。検視の結果、おそらくは壁に頭を打ち付けて、即死。その直後、灰皿でまた殴られた……」
「……ということは、マコトを犯人にするために?」
「どうぞ」
と、横山さんとの話を打ち切られて、あたしは副署長室に招き入れられた。
お名前と、年齢、住所を教えてください。
「山内瑞穂、23歳、住所は豊島区××……」
この証言は裁判になったとき、証拠として提出されます。もし、偽証があれば偽証罪で告訴されますから、そのつもりで。
「はい」
じゃ、お聞きします。
夕べ、真島誠と一緒でしたね。
「はい。11時くらいに西口公園で会って。そのまま、デニーズへ移動しました」
他の顔ぶれは?
「安藤崇くんと、森永和範くんです」
聞いてくるのは、吉岡さん。副署長らしい。その後ろの方に、せわしなくペンを動かして何かを書いているヒト。多分、裁判の時証拠がなんとかって言ってたから、あとで署名するんだろうな。
それで?
「真島くんは、探偵事務所の人間ですから、人捜しをしてて。あたしは少しですけど、その手伝いをしてました。で、情報をもらったんです。探してる人に関わっている人が、そのアパートにいるって」
情報を仕入れるって言い方は、無難。
だって、情報屋からというと、いろいろ問題が起きる。何より、和範くんに迷惑がかかっちゃうから。
「で、真島くんは住所をメモして、走っていきました」
それが、何時頃?
「11時……15分ちょっと回ってたかな?」
それから、何時頃までデニーズに?
「1時は過ぎてましたね。多分、帰ってくると思って待ってたから」
部屋に一枚だけ、飾ってる写真。
8歳の、あたし。
29歳の、母さん。
35歳の、父さん。
少なくとも、あたしと父さんは笑顔だ。これは……多分、あたしのバイオリン演奏会の写真……まだ、あんまり、『矛盾』を知らなかった時代の写真。
……家族、か……。
家族って、なに?
「ちくしょー、どうなってんだよ!」
一人で怒り狂ってのは、マコト。
あたしと横山さんは、あたしの淹れた梅昆布茶を啜ってる。
「ん、おいしいね。さすが瑞穂ちゃんの淹れてくれたお茶は、あいつが入れるよりも、うまい!」
「ありがとう」
「おい、そこ。なーんで、そんなにゆったり構えてんだよ!」
怒りの矛先が、あたしたちに向いた。あたしは小さく溜息をついて、
「マコト、座って」
「なんだか知んねぇけど」
「座って」
「お前に指図されたくねぇ!」
「座れっつってんだろうが!」
怒鳴ったのは横山さん。あたしは溜息つきながら、両手で二人を宥めた。
「ま、ま……話をしよう。今度のこと、マコトに全部、わかりやすく、話さなきゃいけないでしょ。横山さん」
どうにも収まらないマコトは、ソファにどっかり座り込んで、両足をあたしの前に投げ出した。横山さんの眉間にしわが寄るけど、あたしは気にせず、話を始めた。
「マコトは、今度の依頼、どう思った?」
「どうって……単なる人捜し」
「マコちゃん、いい? ちょっと長い話しになるけど、よぉっく聞いてね」
と前振りをすると、それまでの荒んだ空気のマコトの背筋が伸びた。さすが、切り替えは早い。