「えい、んですか? 俺まで?」
「えいに決まってんやろ」
古藤はにかりと笑って、玄関を叩いた。
野太い返事を聞きながら、曽田は視線を泳がせた。
すぐ脇に、『羽田特殊救難基地』の表札を見つけて小さく溜息をついた。
横浜防災基地の玄関を出て、嶋本は小さく溜息をついた。それを黒岩は見逃さない。
「お? どうしたよ? さとり先生いなくって、さみしいよ〜の溜息か?」
「ちゃいますよ! こんなに教官の準備が忙しいなんて思うてなかったんですって」
こんな会話をもう何回、何十回しただろう。そして最後は必ず、黒岩が〆る。
「GAHAHA、まあこれでお前も一人前のコロボックルになれるってもんだ」
コロボックルに一人前も半人前もあるのか?
いろいろと指摘したい点はあったけれど、嶋本は言葉を飲み込んで、いつもと同じ答えを吐く。
「だから俺はコロボックルじゃ」
そのとき、いつもとは違って、黒岩の携帯電話が鳴った。
着信音を聞いて、黒岩の表情が険しくなる。
「黒岩さん?」
「基地だ」
それだけ告げて黒岩は電話に出た。
お〜い、今帰ったぞ〜。
のんびりとした黒岩の声とは正反対に、嶋本は小さな事務所に飛び込んだ。
緊急事態だと。帰るか。
言葉の内容の割に、なんと緊張感のない。
嶋本は黒岩に内心腹を立てたけれど、ただ黙って頷いて。
事務所に駆け込んだけれども。
事務所はにこやかな顔の隊員ばかりで。
「………え?」
「どうした、嶋?」
「いや、緊急事態って………」
「ああ、あれやな」
押尾が指差したのは。
「し、ま、も、と〜」
ここにいるはずのない、顔で。
「古藤、隊長!」
そしてその横にいる顔も、見知った顔だった。
「……曽田さん、曽田さんやないですか!」
「元気そうやな、嶋」
数年ぶりの、再会だった。
「なんや、しっかりやっとるんやな」
古藤が苦笑しながら、嶋本の頭上にぽすんと大きな手を置いた。
その様子に頭上の圧力に耐えながら、嶋本が抗議する。
「しっかりって、なんですか」
「さとりちゃんに捨てられて、小ちゃなってしくしく泣いてるかと思うたわ」
「してませんって! 泣いてたのは……古藤隊長の方でしょ。真田隊長に愚痴、言うてたらしいじゃないですか」
「う……この俺に言い返すようになって……いっちょ前になりやがって」
ぐすぐすとわざとらしく泣いて見せても、嶋本は動じない。
小さな身体で胸を張って仁王立ちして、
「情けないっすよ、古藤隊長!」
「………なんや、お前がへこんでるの見に来たのに……」
「それは無理です、古藤さん」
真田が古藤にコーヒーを差し出しながら言った。
「さとり先生が研修に行く前よりも、嶋本は元気だ。明後日には新人研修の教官も控えているし」
「お?」
「え?」
古藤と曽田が意外そうな表情を見せ、古藤が言う。
「これが……教官、するのか?」
「ええ。黒岩さんが言い出して、自分も十分出来ると思っています」
へへんと胸を張る嶋本を指差して、
「コロボックルが?」
「もちろん」
「キジムナーが?」
「キジムナーがどういうものかは分かりませんが、嶋本を指すならそういうことです」
曽田が数回瞬きして。
胸をはる嶋本にゆっくりと笑いかけた。
「そうか、お前が教官か。そうか、よかったよかった……頑張ってるやな」