136 再びの訪れ





「えい、んですか? 俺まで?」
「えいに決まってんやろ」
古藤はにかりと笑って、玄関を叩いた。
野太い返事を聞きながら、曽田は視線を泳がせた。
すぐ脇に、『羽田特殊救難基地』の表札を見つけて小さく溜息をついた。



横浜防災基地の玄関を出て、嶋本は小さく溜息をついた。それを黒岩は見逃さない。
「お? どうしたよ? さとり先生いなくって、さみしいよ〜の溜息か?」
「ちゃいますよ! こんなに教官の準備が忙しいなんて思うてなかったんですって」
こんな会話をもう何回、何十回しただろう。そして最後は必ず、黒岩が〆る。
「GAHAHA、まあこれでお前も一人前のコロボックルになれるってもんだ」
コロボックルに一人前も半人前もあるのか?
いろいろと指摘したい点はあったけれど、嶋本は言葉を飲み込んで、いつもと同じ答えを吐く。
「だから俺はコロボックルじゃ」
そのとき、いつもとは違って、黒岩の携帯電話が鳴った。
着信音を聞いて、黒岩の表情が険しくなる。
「黒岩さん?」
「基地だ」
それだけ告げて黒岩は電話に出た。



お〜い、今帰ったぞ〜。
のんびりとした黒岩の声とは正反対に、嶋本は小さな事務所に飛び込んだ。
緊急事態だと。帰るか。
言葉の内容の割に、なんと緊張感のない。
嶋本は黒岩に内心腹を立てたけれど、ただ黙って頷いて。
事務所に駆け込んだけれども。
事務所はにこやかな顔の隊員ばかりで。
「………え?」
「どうした、嶋?」
「いや、緊急事態って………」
「ああ、あれやな」
押尾が指差したのは。
「し、ま、も、と〜」
ここにいるはずのない、顔で。
「古藤、隊長!」
そしてその横にいる顔も、見知った顔だった。
「……曽田さん、曽田さんやないですか!」
「元気そうやな、嶋」
数年ぶりの、再会だった。



「なんや、しっかりやっとるんやな」
古藤が苦笑しながら、嶋本の頭上にぽすんと大きな手を置いた。
その様子に頭上の圧力に耐えながら、嶋本が抗議する。
「しっかりって、なんですか」
「さとりちゃんに捨てられて、小ちゃなってしくしく泣いてるかと思うたわ」
「してませんって! 泣いてたのは……古藤隊長の方でしょ。真田隊長に愚痴、言うてたらしいじゃないですか」
「う……この俺に言い返すようになって……いっちょ前になりやがって」
ぐすぐすとわざとらしく泣いて見せても、嶋本は動じない。
小さな身体で胸を張って仁王立ちして、
「情けないっすよ、古藤隊長!」
「………なんや、お前がへこんでるの見に来たのに……」
「それは無理です、古藤さん」
真田が古藤にコーヒーを差し出しながら言った。
「さとり先生が研修に行く前よりも、嶋本は元気だ。明後日には新人研修の教官も控えているし」
「お?」
「え?」
古藤と曽田が意外そうな表情を見せ、古藤が言う。
「これが……教官、するのか?」
「ええ。黒岩さんが言い出して、自分も十分出来ると思っています」
へへんと胸を張る嶋本を指差して、
「コロボックルが?」
「もちろん」
「キジムナーが?」
「キジムナーがどういうものかは分かりませんが、嶋本を指すならそういうことです」
曽田が数回瞬きして。
胸をはる嶋本にゆっくりと笑いかけた。
「そうか、お前が教官か。そうか、よかったよかった……頑張ってるやな」




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