137 闇に消える紫煙





古藤を迎えて、古参の隊員たちは色めきたった。
若い隊員たちが『神兵』真田を尊敬し、慕うように古参の隊員たちにとって、もっとも頼もしく、尊敬を寄せた隊長こそ古藤だったのだ。
そのまま勤務時間が終了して、宿直の2隊を除いたほとんどが、いつもの居酒屋に集合していた。
「お〜、懐かしいなぁ、ここも」
かつて何度も通った居酒屋の様子が何一つ変わっていないことに感心しながら、古藤はどっかりと首座に座って、そうして宴会は始まった。
「お〜い、しまあ〜」
「はいはい、ただいま〜」
えっさほっさとビールのピッチャーを運ぶ嶋本に、急遽借り出された大口が言う。
「し、嶋本さん、そんなこと、俺らがやりますから」
「いや、こっちの方が落ち着くんや、まあ、やらせてくれや」
「は、はあ」
生返事を返してみたけれど、確かに嶋本はイキイキと店員のお株を奪うような動きをしていた。
注文を聞き、料理人に伝え、飲み物を造り、料理を運ぶ。
「……ここの店員みたいだ」
ぼそりと言った小鉄の言葉に、若い隊員たちは頷いた。



「あ、隊長」
「嶋か」
忙しさが一息ついたのと、少し動きすぎて回った酔いを覚まそうと店の外に出てみれば、店の明かりの届く距離のベンチで真田が手を上げる。
その手に、見慣れぬ煙草を持っているのに嶋本は苦笑する。
「どうしたんすか、珍しいですね。煙草やなんて」
「そうか? ああ……そうかもしれないな。佐世保以来、か」
ぽつりと告げられた地名に嶋本の片眉がぴくりと反応したけれど。
「うわ、隊長。わざとですか、佐世保言うのは。あの問題児のこと、俺に思い出せ〜って言うてません?」
「いや。そんなつもりはない。だが…」
ふうと吐き出された紫煙が、ゆっくりと暗闇になじんで、消えていく。
「だが、今思い出した」
「……自分で言うて思い出したんですか……変ですよ……隊長、一本くれません?」
明らかに驚いた表情を見せた真田だったが、黙って煙草を差し出す。受け取った嶋本は真田が点けたライターを寄せて、煙草に火を点けた。
軽く吸い、そのほとんどを宙に漂わせて。
「……やっぱり、あんま美味ないですわ」
「初めてか?」
「まさか」
唇に笑みを浮かべて、嶋本が言う。
「俺かて、一人前に悪ぶってみたことがあるんですわ。でも、保大行くの決めてから悪さ、ぜぇ〜んぶ辞めましたよ。禁煙の苦しみ〜言うほど吸うてへんかったし。まあ……時々さとりは吸うてるみたいやけど」
「女性の喫煙はよくないと言うが」
「それを言うんやったら、男性の喫煙もどうかと思いますよ? あいつを庇うんじゃないけど」
ちらりと見上げれば、珍しく真田が笑っている。
「な、なんですか」
「いや。やはり嶋本はさとり先生なんだな」
「は?」
「これは通訳しなくていいからな」
「は……わかりましたけど」
なんや、納得いかんわ。
嶋本は闇に消える紫煙のように、小さな溜息を吐いた。



先に吸い終わった真田が立ち上がる。
「では俺は戻る」
「あ、はい。隊長、ありがとうございました」
右手の煙草を少し上げると、真田は小さく頷いて居酒屋の玄関に向かい。
その玄関で誰かと二言三言交わしているようだった。
嶋本が不思議そうに覗けば、どうやら真田はこちらを指差しているようで。
そのとき、真田が話しているのが誰か気づいた。
真田が居酒屋に入っていく。
自動ドアが閉まり。
それより早く表に現れた、曽田がまっすぐに嶋本に向かってきていた。




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