「………見たか?」
「見たばい」
「………あれはなんや?」
「何って、電話してたんじゃないの?」
「お前はアホか!」
大羽の言葉に、兵悟の顔だけが思わずあとずさる。
「な、なに……」
「電話しながら、にやにや? 最後はガッツポーズ? 普通はなんかあるんじゃないかと思うじゃろうが!」
「そういうものなの?」
「無理ばい。兵悟くんみたいなD-Tくんには、そげなこつまで頭回らんばい」
ぼそりと弁当を食べながら告げられた言葉に、兵悟は全力で抗議する。
「そんなことないよ! 第一、そこにそれが関係するの!」
「するばい」
「……しないよ」
しないはずだと呟いて、兵悟は控え室の扉を離れた。
「にやにやしながら、ガッツポーズで電話が終わったの?」
他の5人とは違って、扉にへばりつきながら嶋本を覗き見しなかった星野がせっせと食事を進めながら、兵悟に問う。兵悟は力なく椅子に座りながら、
「うん」
「じゃあ、奥さんからの電話じゃないかな。今晩の晩御飯は何にしようか? とか」
「……そうかもしれんな」
早々に引き上げてきたタカミツも同意する。星野が至極当然な意見を口にする。
「まあ、結婚してるんだから何の問題もないと思うけどな」
「問題大有りじゃ!」
扉にへばりついたまま、大羽が言う。
「ええんか、あの軍曹やぞ。ちびっこの癖に結婚じゃて、おかしいじゃろうが」
「ちびっこって、大羽くん。軍曹はもう30歳越えてるんだけど」
「そげなこつじゃなか」
盤も賛同する。
「あの軍曹は、年齢じゃなか。奥さんはよっぽど物好きに決まっとるばい。ちびっこ以上のちびっこか、あるいはとてつもない大女か、どっちかじゃな」
ふふんとふんぞりかえりながら盤が宣言するのを見つめていた全員が、一瞬にして青ざめる。
しかし盤ひとりが訪れた変化に気づかぬまま、高らかに宣言した。
「まあ、間違いなく変わりもんの奥さんに違いなか。あの軍曹の嫁なら」
必死で兵悟が合図を送ろうとするが、届かない。
ゆっくりと、しかし確実に大羽は扉から離れた。
怒気をはらんだ小さな塊の、矛先にならないように。
「ほぉぉぉぉ〜〜〜〜、誰が物好きやて?」
「だから、軍曹の奥さんばい、さっきからそげに言うとるば……」
そこまで言って、盤は気づいた。
呼びかけた声が、聞き知った、あまりにも聞いたことがある声だという事に。
「………………え?」
「そうか、俺の奥さんは物好きか。そうやな、そうかもしれんな。まあ、物好き夫婦ってことで、俺も物好きになろうか。物好き旦那は物好き教官やから」
その場に仁王立ちする小さな塊は、その口元に邪悪に見える笑みを浮かべて言い放った。
「物好き教官は、高さを覚えるっつう意味でここの屋上から飛び降りてもらおうかと、思うてんやけどな。どや」
「………あ、いや、そげなこつ」
「無理じゃあないやろなぁ。そうや、索なしでやってみるか?」
無理に決まってる。
索なしということは、それはもう、飛び降り自殺だ。
「きょ、教官………」
「やってみるか? 俺は別にかまわんぞ? 心配するな物好き教官は、ちゃあんと病院に搬送やるからなぁ」
嶋本はぎろりと盤を睨みつけ、そのまま他のひよこたちも睨みつけた。
「お前らも、や」
「え?」
「な、なんでですか」
「連帯責任、て日本語分かるか?」
邪悪な笑みの軍曹の言葉に、ひよこたちは青ざめるしか出来なかった。
午後のひと時、横浜防災基地に情けない悲鳴が上がったのは、語るまでもない。
「で、突き落としたんですか? ひよこたち」
高嶺の言葉に、嶋本はにへらと笑って。
「まさか。そんなことせん」
「……さすがに、そうですよね」
「そんなことはせんけど、索の途中でもれなく風速30メートル体験してもろおただけや」
高嶺の顔が引きつったのを、嶋本はあえて見なかった。