148 ガッツポーズ





メールの確認をしようと、携帯電話を操作していたのは昼休み。
「教官、ウーロン茶買ってきました」
タカミツの声に、嶋本は顔も上げずに答えた。
「おう。そこに置いとけ。お前らもはよう飯、食えや。午後からここの壁上ってもらうからな」
その場にいたひよこたちが一瞬顔を見合わせて。
「防基のですか!」
「ムチャたい、ここは何階立てと」
「ムチャやない、ちゃんと索つけたる。まさか俺でも蜘蛛男せえとは言わんわ」
慣れた手つきで操作していた嶋本の動きが一瞬止まり。
それに追いかけるように、嶋本の携帯が一瞬光った。
眉根を寄せて、嶋本が立ち上がる。
「お前ら、はよう食えや」
捨て台詞を残しながら控え室を出て行く。



「どうした。珍しいな、お前がこの時間に電話かけてくるなんて」
『ん? そうだね。いやぁ、実は1週間休暇が取れたんで。帰ろうと思いまして、電話しました』
聞えてくるさとりの声の向こうは、なんだか喧騒で。
嶋本は控え室に続く廊下の端まで歩いて、問い掛けた。
「どないした。なんや、にぎやかやな」
『それはそうでしょ。ここ、空港だもん』
「……は?」
『あと1時間くらいしたら飛行機乗るからね。明日の夕方には、日本だよ。あ、もしかして宿直?』
あっさりと日程を決められて、嶋本は憮然とした表情を浮かべるがそれも一瞬。
「ちゃうわ」
『じゃあ、帰ったら美味しいご飯、作って待ってるから』
「さとり」
『ん?』
「無理すんな、帰ってきた日くらいゆっくりしとけ。えいか、飯なんか作っとったら、俺怒るぞ」
強い口調の中の優しさを、さとりは明確に読み取った。
『……うん』
「よし。じゃあ、明日の夜はどっか上手いとこで和食や。ちゃんと探しとくわ」
『わかった。お任せする』
電話を切ろうとする気配に、嶋本は慌てて言った。
「おい、さとり」
『ん?』
「……気をつけてな。それから……おおきに」
『え?』
最後の言葉の意味をとらえかねて、さとりが問うが嶋本は言葉を濁し、電話を切った。
そして、小さくガッツポーズ。
「よっし、明日や!」
控え室の扉が小さく開いていて、ひよこたちが覗いていたことに気づかずに。




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