メールの確認をしようと、携帯電話を操作していたのは昼休み。
「教官、ウーロン茶買ってきました」
タカミツの声に、嶋本は顔も上げずに答えた。
「おう。そこに置いとけ。お前らもはよう飯、食えや。午後からここの壁上ってもらうからな」
その場にいたひよこたちが一瞬顔を見合わせて。
「防基のですか!」
「ムチャたい、ここは何階立てと」
「ムチャやない、ちゃんと索つけたる。まさか俺でも蜘蛛男せえとは言わんわ」
慣れた手つきで操作していた嶋本の動きが一瞬止まり。
それに追いかけるように、嶋本の携帯が一瞬光った。
眉根を寄せて、嶋本が立ち上がる。
「お前ら、はよう食えや」
捨て台詞を残しながら控え室を出て行く。
「どうした。珍しいな、お前がこの時間に電話かけてくるなんて」
『ん? そうだね。いやぁ、実は1週間休暇が取れたんで。帰ろうと思いまして、電話しました』
聞えてくるさとりの声の向こうは、なんだか喧騒で。
嶋本は控え室に続く廊下の端まで歩いて、問い掛けた。
「どないした。なんや、にぎやかやな」
『それはそうでしょ。ここ、空港だもん』
「……は?」
『あと1時間くらいしたら飛行機乗るからね。明日の夕方には、日本だよ。あ、もしかして宿直?』
あっさりと日程を決められて、嶋本は憮然とした表情を浮かべるがそれも一瞬。
「ちゃうわ」
『じゃあ、帰ったら美味しいご飯、作って待ってるから』
「さとり」
『ん?』
「無理すんな、帰ってきた日くらいゆっくりしとけ。えいか、飯なんか作っとったら、俺怒るぞ」
強い口調の中の優しさを、さとりは明確に読み取った。
『……うん』
「よし。じゃあ、明日の夜はどっか上手いとこで和食や。ちゃんと探しとくわ」
『わかった。お任せする』
電話を切ろうとする気配に、嶋本は慌てて言った。
「おい、さとり」
『ん?』
「……気をつけてな。それから……おおきに」
『え?』
最後の言葉の意味をとらえかねて、さとりが問うが嶋本は言葉を濁し、電話を切った。
そして、小さくガッツポーズ。
「よっし、明日や!」
控え室の扉が小さく開いていて、ひよこたちが覗いていたことに気づかずに。