fragment 24





「日番谷冬獅郎、護廷衆十番隊隊長を務めている……よしなに」
「あ、いや…うん。こっちこそよろしく」
ベッドの上に正座して、一護に頭を下げた冬獅郎の挨拶が前者。
返事に困った一護が、理靜に視線で救いを求めたけれど、応えは帰って来なくて、とりあえずの返事が後者。
無表情を通そうとした理靜が思わず吹き出した。
「ちょっ、理靜!」
「あ、ごめんごめん……ちょっと笑わせて……」
腹部を抑えながら、肩が震える理靜の背中をベッドの上で正座したままの冬獅郎が睨みつける。
「………理靜。その笑い上戸は母親譲りだな。なんとかしないと、いずれ俺の氷輪丸を受けることになるぞ」
「ご、ごめん。ごめんって。いやあ、久しぶりに泣いたよ」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、理靜が言う。
「まあ、違和感がありまくってたからね」
「仕方ねえだろ。挨拶はしておかなくてはいかんし、峻至園には行けていないのだからな」
憮然と告げる冬獅郎がちらりと一護を見遣って。
「で、これが霊王なのか」
「うん」
「本当にこんなので大丈夫なのか?」
「さあ?」
「………理靜、そんな人の悪いところまで千早に似たのか。お前、そこまで母親そっくりじゃなくても」
本人を前にしても、遠慮のない会話に最初は戸惑っていた一護だったが、すぐに眉間に谷が出来る。
「……おい、この状況、俺的にはすげえムカツクだけどな」
「あ、ごめんごめん。そうだ、冬獅郎の十番隊はもともと母上が隊長をしていたんだよ。まあ、母上いわく、自分のときより統制が取れてるってことらしいけど」 理靜の言葉に、今度は冬獅郎が眉を顰めた。
「……千早がそう言ったのか」
「うん」
「………直接言われると嫌味に聞こえるが、間接的に聞いても嫌味に聞こえるな」
「そうかな。ちゃんとした誉め言葉だと思うけどな」
「千早の言葉は、誉め言葉でも嫌味に聞こえるんだ!」
力一杯吼えたあとで、冬獅郎は胸を押さえた。理靜が苦笑しながら、冬獅郎に横になるように促した。
「ほらほら、重傷者は冬獅郎なんだから」
「くそ………」
「無理させたみたいだね。一護を会わせておきたかっただけだから。ほら、ゆっくり養生して。再来週には戴冠式も入城式もあるから」
「………ああ」
「じゃあ、僕らは帰るから」
一護を促して部屋を出て、理靜は深く溜息を吐いた。
白哉を見舞って、ここに一護を連れてきたのは理靜だった。
『護廷衆の隊長が、もう一人入院しているんだ。見舞いたいけど……一護も来る?』
『おう。顔合わせておいたほうがいいんだろ?』
「彼もね、何も知らない時に遺魄刀に選ばれたんだよ」
綜合救護舎の静かな廊下を進みながら、理靜がぽつりと言った。
「一護、君と一緒だ」
「………そうなのか」
「うん。僕が生まれる前で、母上が十番隊隊長だった時の話」
現世で何をしていたのかは、まったく記憶にないという。
ただ、トウシロウという自分の名だけを覚えていた幼子を、玄鵬一統の末につながる雛森家の当主が拾い上げた。
幼子は日番谷冬獅郎という名を当主の母に与えられ、当主の末娘の桃と姉弟同然に育てられた。
そして遺魄刀である氷輪丸の導きで、千早は冬獅郎を見出す。
凍れる刀を渡されて、幼い少年は強い視線を千早に向けた。
『俺は……強くなれるのか?』
『強くなりたいの?』
『なりたい』
幼い冬獅郎と千早の出会いについて、理靜は冬獅郎からも千早からも聞かされたことがある。
だから、そのとき交わされた2人の会話を覚えていた。
冬獅郎は、強くなりたいと願った。
何のためにと問われて、一瞬逡巡したけれど、帰ってきた答えに千早は思わず笑ってしまったらしい。
笑うなと不貞腐れる少年と、だが彼が告げた言葉はあまりにもそぐわなくて。
「……なんて言ったんだよ、あいつは」
「今は分からないけど、いつか、誰かを守れるようになりたいんだって」
「は?」
「親が子を守るとか、恩を受けたからそれを返すためとか、そういうことじゃなくて。いつか誰かを守りたいと思った時に、守れる力が自分にあるなら、それを使いたいし、使えるようにしておきたいって」
「……なんだよ、それってガキの言うことかよ」
あははと笑って、理靜が忠告する。
「一護、忘れてる。冬獅郎は僕よりも年上なんだよ」
「う」
理靜にして既に半世紀以上を生きているのだ。それよりも年上というのに、あの見た目は。
「まあね、急成、緩成、急滅って考え方がこっちにはあるんだ」
「なんだそりゃ」
「人は生まれてすぐは急激に身体的変化が起きるでしょ。いわゆる成長。だけどさ一定の年齢になったら止まる。で、老化していく」
ようやく自分が理解できそうな話になってきて、一護がうんうんと頷いた。
「そうだな、普通は」
「基本的には尸魂界でも同じことなんだよ。子供のうちの成長を急成って呼んでる。で、成長が止まれば緩成。老化が急滅だと思ってもらっていいよ。だけど、霊圧の高い魂魄の中でもごくごく一部の魂魄に、時々見られるんだよ。急成が途中で停止して、緩成に入っているように見えるけど、実はそうじゃなくて何かのきっかけで急激に急成が進むまで身体的成長が遅い場合が。母上は冬獅郎がそれだって言ってた」
「……要するに成長する余地ありだけど、それがいつだかわかんねえって?」
「うん。山本総隊長、もう会ったよね。あの人がそうだったらしいよ。そういう人に限って、とんでもなく長生きなんだって」
「あのヒゲじいさん?」






『京楽遵凍、玄鵬八家筆頭京楽家の当主をつとめます』
『安芸津愁壱斎と申します。玄鵬一統代表者として中央霊議廷を束ねております』
『山本元柳斎重國と申します。護廷衆総隊長、ならびに一番隊隊長を務めておりまする』
一人一人頭を下げて、困惑した一護が千早を見れば、千早は慣れた様子で言った。
『よろしくって言えばいいの』
『……おう。えっと、よろしくお願いします……で、頭上げてもらえませんか』
見れば二人は老人、もう一人は長い袴で分かりにくいが一護の前まで進む時に、足を引き摺っていた。思わずの一護の言葉に千早も続ける。
『だって。顔を上げて、三人とも』
『……では』
最初に顔を上げたのは、長いヒゲの老人。
頭頂部は見事なまでに光っていたけれど、それよりも見事なヒゲに一護は目が離せなくなった。
『二度目、ですな』
不意に告げられて、一護は山本と名乗った老人に聞き返した。
『え?』
『陛下にお会いするのは、二度目ですじゃ。一度目は双極の磔架で。あなたは燬晧王の一撃を軽々と止めてみせた……』
『え……いたんだ』
総隊長であり一番隊隊長である山本が立ち会ってこそ行われるはずだったルキアの処刑なのだから。と千早が言えば一護は納得したように頷いて、しかしすぐに目の色を変えた。
『じゃ、ルキアの処刑が決まったり、早まったりしたのは、じいさんの所為かよ!』
『違いますじゃ。違うけれど、処刑を執行せよと言われれば行いますじゃ。それが護廷衆の役目にて』
まっすぐに自分を見詰める、漆黒の双眸が。
強い意志を秘めているように感じて、しかし一護はその視線を受け止めて。
『言われれば、はいそうですか、で処刑するのか』
『それが罪を犯した者であるならば』
『………おかしくないか、それって』
『おかしい、とは』
異なことを仰せになると山本は前置きして、一息置いた。一護は眉をひそめながら、
『我らは尸魂界を、瀞霊廷を守る者。その秩序を乱す者あらば、出し惜しみなく、全力でこれを阻止し、排除する。そのための、護廷衆でござるが。四面家がその為政権を手放した以上、護廷衆に指示を与えるのは中央霊議廷、中央四十六室の役目。わしは中央四十六室から命を受けた。よって、朽木ルキアの処刑を行うことにした。これに、いかに間違いがある』
『………秩序、か』
『秩序を乱す者は断じて許さぬ。秩序を維持するために霊法があり、これを違えば罪を受けることは尸魂界に住まう者であれば知っていることですじゃ。霊法とはいわぬまでも、現世でもそうではないのですか? 秩序を乱す者は、処罰されるべきと、わしは思いますがの』
とうとうと語られる言葉に、一護は返す言葉もなく。
千早が溜息を吐きながら、言った。
『一護。ルキアのことは、少し時間を頂戴。だけど……重じいの、山本総隊長の言うことも間違いではないのよ』






「俺だって……あのじいさんの言うことには、理屈は通ってると思う」
一護は自分の足元を見つめて言う。
救護舎の廊下の突き当たり、窓は大きく採られ、陽光が燦燦と降り注ぎ、一護の橙黄色の髪を一層明るく見せる。
一護は足元から窓に視線を移して。
「だけどさ……」
「山本総隊長は、処罰が公開される前に母上と白哉さんに内々に話をしに来たらしいよ」
理靜の静かな言葉に一護は黙って聞き入った。
「本当によいのかって。多分、山本総隊長の最大限の譲歩だったんじゃないかな。白哉さんはあの調子だったし、母上は中央霊議廷を内偵中で下手に動けなかったから。でも、もし母上が助けろって言ってもそう動けたかどうかはわからないけど。だけど」
「…うまく間に入り込まれたってことかよ」
「うん。そうだね。母上は言ってたよ。偶然じゃないかもしれない。もしかしたら、そこまで考えていたのかもしれないって。一護、覚えているかい? 藍染…が言った言葉」
「言葉?」
理靜がたどり着く前に、一護と恋次は藍染のただ一閃で戦闘不能に陥った。
その時言われた台詞を、一護は思い出す。
「浦原さんの手の者ってやつか」
「うん。それ」
言われて、一護は苦しい息の中で否定していたところに理靜が現れたので、藍染は疑問の解明を理靜に求めたのだ。
『理靜くん。君は知っているのかい? 彼らが浦原喜助の手の者であるということを』
『………喜助さんは一切関係ありませんよ』
『そうなのか。だがおかしいな。だったら彼らはなぜ、旅禍として尸魂界に来たのだろうね?』
「崩玉……が狙いだったってことか。ルキアの中に、崩玉があることまで分かっていて」
「それはわからないな。ルキアちゃんの中に崩玉があることを知っていたのは、喜助さんと浦原商店の面々、それから母上だけだったはずなのに」
理靜ですら、あとで聞かされたのだ。
峻至園から帰った夜に。
あの晩、千早はすべてを包み隠さず、理靜に語った。
理靜が望むならば、と。それまで一切語らなかったすべてを、理靜の前に晒して見せた。
「千早姉って、ずいぶん秘密主義だよな」
「違うよ、一護」
母を庇うつもりはない。
だが、おそらくまだ未熟な自分は真実を知ってしまえば、駆け出していたかもしれない。
真実の向こうに隠された真実を見失う結果になるだろうと分かっていても、目の前で消え行くかもしれない命を助けることを最優先に。
母は、焦燥に苛まれながらもその思いに耐えた。
ルキアを失うことになっても、中央霊議廷を闊歩する何者かを燻り出すことができるなら、と。
「……母上を庇うつもりはないよ。実際、ルキアちゃんのことで母上とはずいぶん、言い争いをしたんだ」
「え?」
意外そうな一護の視線に、理靜は苦笑する。
「なんだ、僕が母上と諍いするのが、そんなに吃驚することかい?」
「……なんかさ、理靜っていい子って感じだから、そういうことするなんて…思い浮かばなかった」
よく周りに言われる台詞だ。
理靜はいい子。
理靜はおとなしい子。
他人のことなどどうでもいい剣八にすら言われたことがある。
『おめえはもうちっと、自分ってもん、一本通せや』
それほどおとなしく、母にとって御しやすい子供と思われていることに少しばかり反発したこともあったけれど。
「まあ、僕の話はまた今度だ。とにかくルキアちゃんは今度のことで、処分を受けるだろうけど」
一護が眉を顰めるのを見て理靜は片手を上げて言葉を制してから、
「だけど。だけどね。今度のことは白哉さんと母上がルキアちゃんの身元引受人になることで情状酌量、なると思うよ。だから一護」
君は動かないでね。
理靜の言葉に、数度瞬きをして一護が言う。
「俺?」
「そう、君」
「……また暴れまわるなって」
「違う違う、そうじゃなくて……霊王命、あるいは勅令としてだよ」






「では、ルキアのことは」
「うむ。朽木隊長が身元引受人であることを証したことで、霊法違反は猶予することになるであろうの。中央四十六室の決定である」
山本の言葉に、白哉は軽く頭を下げた。
その横に立つルキアは一層深深と頭を下げ。
「ご迷惑を、おかけしました」
「まあ、仕方あるまい。此度のことは、の」
一瞬歯切れの悪い言い様にルキアが顔を上げれば、山本は深く溜息を吐き出して、
「もとより、そなたを処刑することは望みではない。ましてや朽木の嗣の姫ならばの……我らは霊法を守ることばかりに固執してしもうた。赦せよ」
椅子に座ったままとはいえ、深深と頭を下げられてはルキアも慌てて、
「お、おやめくださいませ! 総隊長様! 私ごときに」
「嗣の姫に無礼な振る舞いを、お許しあれ」
「総隊長様!」
ルキアは泣き出したい思いだった。
「面を、上げてください! お願いします!」
必死なルキアの声を落ち着かせるように声を上げたのは白哉だった。
「総隊長、どの」
「…………なんじゃ」
「此度のこと、総隊長どのにのみに咎があるとは思えぬ。藍染の策であったとしても……我も過ちを犯した………よって」
ルキアと呼びかけられて、ルキアは顔を上げた。
「はい」
「此度のこと、そなたさえよければ誰もとがめることなく終わらせたい……どうだ」
静かな低い声に、ルキアは一瞬意図を読みかねたがすぐに、満面の笑みを浮かべて。
「はい、そうさせてください! ちち…朽木隊長!」
「では、そのように」
白哉の言葉に、山本も笑みながら立ち上がる。
「了解した。しかし、朽木家だけを見れば、雨降って地固まるというべきかの」
「………そのような不遜な思い、抱いたこともない」
静かに返された答えに、山本は数回頷いて。
「したがの。結論だけを見れば、じゃ。さて、陛下をお送りせねばの」






「一護は明後日にはこっちに帰ってこないといけないからね」
理靜の言葉に、一護はげんなりとした表情を浮かべる。
「まじかよ」
「うん。母上たちが戴冠式の前に入城式をしてしまおうって決めたんだ。その方が一護のためだって。その時、喜助さんと伯父上と双子を伴うこと」
「え、双子だけじゃないのかよ」
こまごまとした指示を出す理靜。
文句を言いながら聞き取る一護。
「ねえ、石田くん」
二人の後ろを歩いていた織姫が傍らを進む石田を見上げて、
「なんだい」
「……黒崎くんって、ここで一番偉い人になったんじゃないの?」
「………そのはずなんだけどな」
「……見えないな」
チャドの言葉に、誰もが賛同した。
「とりあえずは家で待機ってことかよ」
「うん。そうなるね」
「一護」
呼ばれて振り返れば、いつもと同じように千早が微笑んでいて、
「穿界門の準備が出来たって」
千早の視線に促されて見上げる。
霊王廷ほどではない。
だが幾分威圧感を醸す門。
とはいえ、扉はなく、扉のあるはずの部分は銀色とも白ともとれる色の渦が巻いていて。
「……ここ?」
「うん。穿界門の霊子変換仕様は早くできたけど、君たちの霊圧を登録して地獄蝶をつけることまでは間に合わなかったから…」
理靜は自分の放った単語を旅禍一同が理解できていないことに気づき、言葉を濁した。
「まあ、要するに全速力で走り抜けてね」
「夜一さんは先に空座町に帰っているからね。おそらく喜助さんが出迎えに出てくれるはずだから」
「おう」






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