003:告白
こく‐はく【告白】
秘密にしていたことや心の中で思っていたことを、ありのまま打ち明けること。また、その言葉。
玄鵬理靜は、珍しく緊張していた。
裳裾の長い着物は、着ることはあるけれどそれほど頻繁に着るものではなく。
何より典雅すぎて重たく、身動きできなくなるので好きではないのだ。
とはいえ、一の貴族、玄鵬家の総領息子としては当主代行として公式の場に姿を見せることは必須なので。
腰に佩いた斬魄刀、鸞加と飾緒がかすかに当たって涼しげな音を立てた。
話があったのは前夜だった。
母、玄鵬千早があっさりと。
『明日の委任式、理靜が出てね』
『……はい?』
『あたし、ちょっと体調不良で朝一で現世に行くから』
左手をヒラヒラさせて言われては、事情を知る息子としては断れない。
否、諾以外は聞かぬのが母というもので。
『母上』
『ん?』
尸魂界に住まう者、ましてやその中心、瀞霊廷に生まれ育った者には年齢など無きに等しいのだが自分という子どもがいても、こうも若々しく見える、というより幼く見えるこの母親の、あまりにも邪気ない表情に理靜は言いかけた言葉を飲み込む。
『……いえ』
『なんか気になるけどね。まあ、言いたくなったら言いなさい。母は心が広いから』
「………どの、玄鵬どの」
密やかに耳元で囁かれて、理靜は我に返った。
「はい?」
「御出座を」
促された行き先に、理靜は小さく溜息をついて、裳裾をさばいた。
それは何度となく理靜の耳に入ってきた、言葉。
今日も今日とて、委任式に向かう控えの間で、密やかに囁かれていた。
『今日は玄鵬どのは総領息子が代理でご出席とか』
『ほう? それは異な事。あの片羽が出座とは、玄鵬も末が窮まったの』
片羽。
それが『片親のみの子ども』を意味する言葉だと知ったのは、もうずっと昔。
母は、玄鵬千早。
しかし、理靜は父を知らない。
父が誰なのか、聞いてはいけない気がして、母にも母の友人たちにも聞けなかった。
一度、母にもっとも近しい親戚に問うた。
『叔父上、僕の父は誰でしょう?』
『おいおい、現世にいる俺が知るはずがないだろうが』
それ以外は、問うことすらなかった。
聞いてはいけない、気がしたから。
時折思い出したように、勇気を振り絞り母に向かうけれど、それも未だ叶わず。
理靜は、内心だけで小さく溜息をついた。
「そういや、千早」
「はい?」
「お前、理靜に父親の話してないんだろ」
兄に問われて、千早は高くない天井を顔を動かさず目だけで見つめて。
自分の左手を治療する喜助を見て、
兄を見て、にっこりと微笑んだ。
「そういえば、忘れてますね…あ〜、この前からなんか言いたそうにしてるの、それか」
「なんだよ、わかってんだったら言ってやれよ」
「一心さん、そりゃあ無理ですよ」
喜助が治療の手を止めて。
「この姐さん、とんでもない天邪鬼だから。きっと、理靜が直接自分に言いに来ない限りは教えないし、そのことで回りに口止めなんかしてるはずですよ」
「あはは、さすが喜助。よく知ってる」
軽く笑って、千早は一心に言う。
「でも兄上には教えてあげてもいいですよ、理靜の父親」
「お? 俺の知ってる奴か?」
ずずいと身を乗り出す一心を横目に見ながら、『理靜の父親を知っている』喜助はあからさまに溜息をつく。
返って来る一心の答えが予想できるから。
「…………絶叫はしないでくださいね、アタシのうちで」
制止は間に合わず。
浦原商店に、一心の絶叫が響き渡った。
「な、な、なんで……よりによって、よりによってあいつ〜〜〜〜〜!!!!!」
「はい、よりによって」