005:夜空





よ‐ぞら【夜空】
夜の空。



『あんた。何したいのよ』
問われて男は目を閉じた。
『さあてね。なにしたいんやろ』
『………殴るよ』
静かな抗議は、しかしギンは肩を竦めるだけで。
『おおこわ。乱菊に殴られたら、うちたちなおれんやろな』
『馬鹿にしないで』
尸魂界に来て、流魂街に住んで、生き抜くために『人並みに』悪いことをした。
こんな生活がいつまで続くのか、そんな問いかけを自身に始めた頃に、彼女と知り合った。



腹、減ってんの?
じゃあ、あんたも霊力あるんやね。
飯、ちいっとやけどあるから、はよたべや。



戦友とも違う。
恋人とも違う。
いつもともにあって、いつも同じような境遇で。
寂しさを癒すのでもなく、傷を舐めあうでもなく。



「何を考えている?」
問われて、ギンは苦笑する。
「たいしたことじゃあないんですけど」
「ほう?」
「昔、うち、えらいフラフラしてたことがあって。そんとき、馴染みにえらい怒られたんですわ。あんた、なにしたいんやって」
「ずいぶんと威勢のよい」
返ってきた苦笑に、自分の苦笑を乗せて。
「今でも威勢のいいのは、相変わらずみたいで」
「……ああ、十番隊の松本くんかい?」
この人は。
なんと、鋭く人の機微を読み解くのか。
ギンは一瞬息を呑んで。
飲み込んだ息を吐き出して。
「藍染はん?」
「ん?」
「藍染はん、前から思うてたけど。鋭すぎますわ。もうちっとまるうなったほうがえいと思いますけど」
藍染は振り返り、小さく笑った。
「可愛げがないか」
「そやないけど。藍染はんのこと、うち、尊敬してますけど。一護はんとか、反応困ってるとき、あるやないですか?」
「ああ、そうだな」
顎に手を添えて、数瞬考えこんで、藍染は少し困ったように首を傾げた。
「だがな。これが私だ」
「………まあ、そう簡単には変わられへんのはわかりますけど」
言葉に困って夜空を見上げれば、薄雲がかかって、星はまばら。
下弦の月もほとんど見えない。
「君は変わりたいのかい? ギン」
「………突然、えらいこと聞きはりますね」
答えに窮して、ギンはそう答える。
藍染は少し楽しそうに言う。
「そうじゃないかい? 僕は変わりたいとは思わないよ。一護くんも、『あるがままにあればいい』と言った。だからいいんじゃないかね?」
「そうなんですかねぇ」
「うん」



あるがままに。
偽りなどなく。
真実そのままに。
それが、藍染。
それ故に、時に残酷なまでに他人を傷つけることがあるけれど。
藍染が認めた『霊王』は、そんな藍染を全て受容できるほど寛容で、優しい。



「藍染はん」
「ん?」
「………前言撤回ですわ。好きなようにしてください」
「おや、いいのかい?」
「そうしたほうが、藍染はんのためになる気がしますわ」



←Back / Top / Next→