006:水面





すい‐めん【水面】
水の表面。



そこは霊王廷の一廓。
しかしあまりにも寂れた場所で、普段人はここまで入り込まない。
あまりにも濃密に自然が残された場所を、人は厭う。
だがそんな場所の方が、夜一は好きだった。
滾々と清水が湧きあがる場所。
巨大な倒木に腰掛けて、そっと足を浸せば、冷たさに思わず背筋が縮む。
ぴしゃりぴしゃりと、足を浸しては跳ね上げて。
辺りに水滴が舞う。



呆れたような声が降ってきたのは、暫く経ってからだった。
「……何してるんですか、アンタは」
思った以上に丈夫な倒木にうつぶせになり、右手で水面を弄れば、冷たい感触が心地よくてそのうち寝入ってしまったので、喜助に起こされるまで一刻ほどか。
「喜助も来い、気持ちいいぞ」
「よしてくださいよ。それより、四面家会議、出なくていいんですか?」
捜索の人手が出ていることを告げれば、夜一は鼻で笑う。
「ふん、どうせ他愛も無い、世間話で終わるんじゃ。行く必要など無いわ。千早も行かんと言っておったわ」
「らしいですねぇ。でも、四面家が誰も出席しないんじゃ、四面家会議にならないでしょうに」
懐から手ぬぐいを出して、喜助は差し出す。
「拭いたらどうです? ここの水は冷たいから」
「……じゃあ、拭いてくれ」
ついと差し出された白い指を、喜助は手早く拭いて。
「潤けてますよ、手」
水に浸された部分だけが、一層白さを際立たせ。
「気持ちよかったのじゃ」
不意に白い指が翻り、気づけば喜助の身体は宙に浮いていて、次の瞬間激しい水音と共に、水に沈んだ。
呆気に取られたのは一瞬。
喜助はすぐに立ち上がるが、なぜか突き落とした本人も目の前にいて、さすがに驚く。
「……何してるんですか」
「勢い、落ちたわ」
呵呵と笑う美女を、困ったように見つめていた喜助はやがて笑みこぼれて言った。
「確かに、気持ちいいですけどね」
「如何せん、冷えるな」
「そうですね。早く帰りますよ」
喜助が身軽く泉から上がり、夜一に手を出した。
「はい」
「ああ」
力強く引き上げられかけて、夜一の身体は再び宙に舞う。
そして水中へ。
「喜助!」
「あはは、お返しです」



穏やかな、霊王廷の午後。



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