008:上日





じょう‐じつ【上日】
月の第1日。ついたち。



「では、一同。よろしいかな」
低い声に、その場に打ち揃う面々が、首肯する。
それを見やって、冬獅郎は背筋を伸ばす。
「みなに、感謝を」
微笑みながら、自分の横で千早がゆったりと一礼する。
それにつられて、冬獅郎も慌てて頭を下げた。
「……感謝、する」
まだ少年の、少しばかり不機嫌そうに出されたその感謝の言葉に、山本総隊長は穏やかに笑んだ。
「ご苦労であられた、玄鵬隊長。そして、日番谷隊長。そなたの働きを期待しておるでの」
「…はい」



それは定例の隊首会だった。
月朔の日に行われる隊首会。数月前に、それを言い出したのは十番隊隊長、玄鵬千早だった。
『良い機会だから、皆さんにお願いしたいことがあるのよ』
再来月、隊長格を引こうと思っているのだけれど、次の十番隊に推挙した者がいるの。
そう言って、告げられた名前に隊首会に出席していた誰もが聞き覚えがなかった。
日番谷、冬獅郎……?
ただひとり、朽木白哉だけが眉を動かす。
『千早どの、それは貴殿の屋敷に』
『うん、そうだよ。今、家で剣戟を叩き込んでるの。なにせ』
続いた言葉に、今度は山本が珍しく瞠目した。



氷輪丸が、冬獅郎を選んだの。



千早によって示された、冬獅郎の霊圧と、類稀な剣戟の才能。
何より、尸魂界において氷雪系としては最高最強の斬魄刀、その銘、氷輪丸が日番谷冬獅郎を選んだ事実が数ヶ月の間に、隊長8名の推薦、残る5名全員の承認という圧倒的賛意で、冬獅郎は護廷衆の中で最高の地位まで上り詰めた。
今日、承認が下った。
今日から、日番谷冬獅郎は護廷衆十番隊を率いる、隊長となる。



用意されていた死覇装を身に付け、隊長格のみが身に付ける羽織をまとう。
佩帯をかければ、心根が引き締まる。そんな思いがして、冬獅郎は思わず背筋を伸ばした。
そんなとき、部屋の外から自分を呼ぶ声に、冬獅郎は答えを返す。
「おう」
「入るよ〜、お、なかなか似合うね」
千早が満面の笑みで、部屋の扉を開け。まじまじと冬獅郎を見下ろした。
「うんうん、いいよ」
「……そうか?」
「うん」
にこにこと自分を見回す千早の視線を面映く感じて、冬獅郎は思いもしないことを言う。
「……なんか着せられてる感じがするんだけどな」
「ん? お仕着せってこと? 大丈夫だよ、ちゃんと採寸したんだし、身丈もぴったり」
笑顔のまま、千早は言った。
「これで、冬獅郎も一人前だね」
「……」
「羽織を着た意味を、決して忘れないでね。冬獅郎も、いずれ来る世界を担うんだから」



それは幾度となく、千早に聞かされた言葉。
自分のためだけでなく。
守りたい者を守れる、身体の強さを。
心の強さを。
常に心にとめておくこと。



『俺は、できる』
『そうだね、冬獅郎ならきっと』
穏やかに微笑んだ、千早の表情が少し悲しく見えたのは気の所為だったろうか。
そんなことをふと思い出して、千早の顔を見上げていた冬獅郎は表情を厳しくする。



「俺は、できる。大丈夫、できるから。千早」
強い言葉に一瞬瞠目した千早は、やがていつものように微笑んで。
「うん、そうだね」
「俺は守れたいものを守りたい。そうして…手に入れた、この能力だから。大丈夫、できるさ」
冬獅郎も笑んだのを見て、千早が返すように笑って、部屋の扉を開けた。
「じゃあ、行っておいで。日番谷隊長」
「言われなくても」



護廷衆十三番隊、第十番隊隊長に、日番谷冬獅郎、任官。



←Back / Top / Next→