009:中路
ちゅう-ろ【中路】
空中。空間。
空に向かって、手を上げる。
指先に感じる、風。
東仙要はただ黙って、その指先を見つめていた。
見えない、一度として光を捉えたことのない、その双眸で。
「東仙」
「……ああ、狗村かい?」
「何をしているんだ?」
「ん? ただ、風を見ていたんだよ」
穏やかに笑んで、東仙は手を下ろした。
獣面の狗村は、東仙ほど穏やかな表情をその顔に示すことはできない。喜怒哀楽は、口調で表す程度だ。
だが、それ故に盲目の東仙には狗村の感情を、他の者より鋭く読み解くことが出来た。
それが二人が莫逆の友となりえた、一番の原因だったろう。
「狗村」
「なんだ」
「何か……怒っているのかい?」
「………」
黙ってしまった狗村を、穏やかに見つめて東仙は歩くように促した。
「何があったかは知らないけれどね。でも怒りを静めたほうがいいと思うよ。君の怒りは、周りを不安にさせるから」
「………自分に、腹を立てているのだ」
歩きながら、狗村は語る。
素顔を晒すことに、抵抗が無かったわけではない。
ただ、護廷衆を束ねる一人として、いつまでも面をかぶるわけにはいかぬと、自分で決めたことだった。
『いや、そのままでもいいけど……好きにすればいい』
主はそう言ってくれたけれども。
だが。
流魂街で、露骨に怯える子どもの、恐怖に戦く双眸を見て、狗村は思った。
「我自身の、驕りではなかったか、と」
「驕り?」
「ああ。素顔のままを曝け出せば、何かが変わると、あるいは受け入れられると思っていたのやもしれぬ」
風が、ゆったりと二人の間を駆け抜ける。
二人の隊長羽織を、僅かに揺らしながら。
「いいんじゃないかな……そういう驕りがあっても」
静かな口調。
だが紡がれた言葉の重さに、狗村は顔を上げる。
立ち止まった友の、背中を見つめて。
「東仙?」
「自分が受け入れられる。これからかもしれぬ、この先にあるやもしれぬ。そういう驕りは……違うな、それは驕りじゃないよ。それは希望だよ。望みだよ、狗村」
要。
希望を、望みを捨ててはだめよ。
必ず、どこにも希望はあるの。
私の見える眸でも見つけることなどできないけれど、必ずあるのよ。
いいえ、寧ろ見えぬあなたの方が見つけることができるのかもしれないわね。
人の中、あるいは空の中。
……必ず、あるわ。
思い出す。
広げた掌に、ゆっくりと『希望』の文字を書いてくれた、冷たく細い指の、彼女。
耳に優しく残る、声。
東仙は笑った。
そして言う。
「希望は、どこにでもあるんだ。狗村の中にも、僕の中にも…空の中、風の中にも」
指先に感じる、風。
もしかしたら、それも『希望の欠片』かもしれない。
自分が受け入れられたいと望む狗村と。
狗村が受け入れられて欲しいと望む自分の。
空に浮かぶ、『希望の欠片』を掴むかのように、東仙はそっと手を差し伸べる。
穏やかに微笑みながら。