010:蒼然





そう‐ぜん【蒼然】
あおあおとしているさま。薄暗くぼんやりしているさま。古び、色あせているさま。



喉の奥が塞がれているような、感覚。
咳ぶいてみても、取れない。
十四郎は軽く喉元を押さえてみる。
無論、そんなことでこの症状が治まるなど、思ってもいなかったけれど。
「……調子、よくないのか?」
不意に声をかけられて、十四郎は顔を上げた。
そして見知った、それも心配そうに覗き込む顔に笑みをこぼす。
「少しね。大丈夫、いつものことだから」
「……そうはみえないが」
いつものように、眉根に力をいれて、少年が告げる。
十四郎は軽く咳をして。
「よく京楽には言われるけどね。これでも病人なりに体調管理、してるんだよ。だから、心配しなくていいよ。日番谷隊長」
「そうか……」
しかし心配そうな表情が崩れない、銀髪の少年に向かって、十四郎は努めて明るく声を上げた。
「そうだ。もし時間があるなら、うちに寄っていかないかい? 美味しいお菓子があるんだよ」
心配そうな表情はすぐに困惑の表情を見せる。
「…浮竹隊長」
「なんだい?」
「俺の顔を見るたびに、菓子の話をするが…俺はそんなにもの欲しそうな顔をしているのか?」
「え? あ、いやぁ…そういうわけじゃないけど」
浮竹はにへらと笑ってみせて、頬をぽりぽりと掻く。
「私の実家は、私の下に6人弟妹がいるんだよ。なので、実家に帰るたびにお菓子を買っていくので…そのね、いやぁ」
「……俺は浮竹の弟ではないぞ」
「あ、わかってるよ。もちろんそうなんだけど……」



冬獅郎は深く長い溜息を吐く。
こいつは、あいつと同じだ。
流魂街で死にかけていた俺を拾ってくれた、恩人の娘。
『シロちゃん、だめだって。そんなことしちゃ!』
『雛森、俺は、日番谷隊長だ!』
いつまでたっても、子ども扱い。
少し前まで、それが欝結だった。
だが、最近は誰もが『護廷衆第十番隊隊長日番谷冬獅郎』を畏れる中で臆面なく接してくれる存在の、貴重さを感じるのだ。
これも同じ…か。
冬獅郎の口の端に笑みが浮かんだ。



「……だ」
「え?」
「菓子は何だ? 徳利饅頭は嫌いだ」
「あ、違うよ。くるみゆべしだよ……食べる?」
「…仕方ない、貰おう」
浮竹は小さく頷いて。
「うん、じゃあうちへ」



そうだ、明日は休みだ。
憩いがてら、実家に帰ろう。
家族の顔も、久しく見ていない気がする。
家を離れた弟たち。
嫁に行った妹たち。
貴族とは名ばかりの質素な生活を送る両親。
ただ広いばかりで、蒼然として、手入れの行き届かない屋敷や庭だけれども。
だけどあそこが我が家だ。
くるみゆべしを持って、帰ろう。



浮竹は傍らを歩く少年の銀髪を見ながら、そう思った。



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