012:愉悦





ゆ‐えつ【愉悦】
心から喜び楽しむこと。



かららん。
剣八は渋い表情で、それを見た。
鍔元から、その斬魄刀の刃はなかった。
「ち…」
柄だけになった斬魄刀を、剣八は無造作に放り投げた。
「つまんねえなぁ…」
ぽつりと呟いて、剣八は首の後ろを掻いた。
「つまんねえなぁ…」



「は?」
「だから。ちったあ丈夫な斬魄刀、ないのかって聞いてんだよ」
「………なに、それ」
「へえ、貴族さまは斬魄刀も見たことがないのかよ。斬魄刀ってのは」
諷するように言われて、千早はその形のよい眉を顰めた。
だが剣八は続ける。
「得物だよ、得物。ねえのかよ、俺の力に耐えられるような、丈夫で、力のある斬魄刀ってのは」
千早はちらりと剣八を睨みつけて。
「剣八…」
「あ?」
「………いや、一瞬でも思ったあたしがバカだった」
「なんだよ」
「斬魄刀、あげるとしたら大事にする?って聞こうと思って。無理な…相談だよね」
「そりゃあな」
剣八は口の端をにやりと上げて。
「なんだ、呉れるのか」
「………あげてもいいけど」
「けど?」
「……………いいわよ、好きに使いなさいよ」
「なんだ?」



数日後、ふらりと隊舎を訪れた千早は剣八に言った。
「ね」
「あ?」
「好きに使っていいから、これ」
無造作に渡された斬魄刀に、剣八は逆に眉を顰める。
「おい、千早」
「なによ」
「本当に好きに使っていいのか」
「だから、そう言ったでしょ」
怪訝そうに自分を見つめていた表情がみるみる変わるのを見て、千早は内心だけで苦笑する。
「じゃあ、やるか」
「………ホント、剣八ってそれしかないのね」
「おうよ、つええ奴と戦う。命のやりとりをするって、気持ちいいじゃねえかよ。楽しいじゃねえかよ。お前は楽しくねえのかよ」
大笑しながら言われては、千早は肩を竦めることしかできない。
「さあね、楽しいとは思わないけど」
「まあ、いいさ。この」
決して華美とは言いがたい、その斬魄刀は剣八の手にしっくりと馴染んで。
その心地よさに、一層剣八の表情が明るくなる。
「こいつのお試しもかねてな」
だが一方で一瞬、千早の表情が曇ったことに剣八は気づかない。
「……まあいいわ。相手してあげる。でも、ここではだめよ。仮にも隊長格二人の戦いに巻き添え、させたくないでしょ?」
「そうさな」



戦いを心底楽しむもの。
その名は、更木剣八。



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