024:敏感
びん‐かん【敏感】
感覚や感度の鋭いこと。
不意に目が覚めた。
深更。
辺りを見回しても、何もない。
偽骸故の感覚のずれもない。
何が自分の目覚めを促したのだろうと、首をかしげながら千早は起き上がった。
目はまだ暗闇に慣れてはいないけれど、千早はどこに障子があるか、障子を開けた後、一歩目に訪れる段差も体が覚えていた。
リビングに下りれば、人の気配を感じて。
一瞬身構えるけれど、それが兄のものだとすぐに気づいた。
「兄上」
「……よう」
「こんな夜更けに。明日も診療があるのに」
控えめな非難に一心は手にしていたビール缶を軽く持ち上げて。
「まあ、お前もやるか?」
「……おつきあい、したほうがいいみたいね」
現世に来て、覚えた黄金色に発泡するその飲み物がコップに注がれるのを見つめる。
「……いただきます」
「おう」
一口飲んで。
千早は問う。
「今日はなにかあったの?」
「……近くで交通事故があってな」
居眠り運転の車が、歩道を歩いていた母子に飛び込んだのだという。
「二人とも重体、すぐに総合病院に搬送してもらったけどな」
竜弦のところだといわれて、千早は頷く。
一心はビールを口に運び、
「さっき電話があった。母親はなんとか助かりそうだが……子供は駄目だったそうだ」
「そう、か……」
「分かってた、つもりだったがな」
一心が溜息ながらに言う。
「俺は医者だ。その上、そいつの魂魄の状態まで見える。だったら、諦めがつくかって言ったら……そうじゃあねえんだ」
「……」
「下手に見えるだけに、自分の技術とか能力とか度外視して、出来ることがある気がする、まだ諦めちゃあいけねえって自分に言い聞かせながら」
「兄上」
「……無駄な、足掻きだって分かってても」
「無駄な、足掻きかな」
「千早?」
千早は穏やかに微笑みながら、コップを置いた。
「そうは思わない。足掻いて、足掻いて、それでも百の内の一でも、先につながることがあれば、いいと思うよ。兄上」
「………千早」
それは無駄とは言わない。
千早の言葉に、一心は一瞬呆気に取られた表情を浮かべて、やがて小さく苦笑する。
「まったく、相変わらず嗣の姫はとことん前向きだな」
「うん。それも生きていく一つの方法だもの」
千早は再び、穏やかに笑った。