026:溜息
思わず出る大きな吐息。
それは思わず漏れた、溜息だった。
安堵の溜息。
久しぶりに帰ってきた、自分の世界を目にして。
「茶渡さんはこの辺ですっけ?」
「む」
「じゃあ、気をつけて」
「む」
「おい、チャド」
振り返れば、一護がにっかりと笑いながら左拳を突き出し、親指を立てた。
「ありがとな」
「うむ」
同じように左拳を上げて、親指だけを立てた。
「お前が決めたことだ。それが俺の決めたことだ」
そして背を向ける。
「…なんだよ、そりゃ」
一護の問いに答えず、チャドは歩を進める。
チャドの口元に笑みが浮かんでいたことを、その場にいた誰もが見ることはなかった。
一護は、五代目の霊王なのだという。
それを教えてくれたのは、理靜だった。
理靜は淡々と語る。
霊王という存在が異かに尸魂界に、現世に必要な存在か。
そして、なぜ一護がそれになったのか。
雨竜は最後まで眉を顰めて聞いていた。
『……話はわかった。なぜ、黒崎が選ばれたか今更問うても意味なんかないだろうから』
『でも、黒崎くんはどうなるの? これから』
『どうもならないよ。ただ霊王の選択が、世界を動かすことになる。それは政治的選択とかじゃなくてね』
『……わからないな』
チャドの小さな呟きに、理靜は苦笑しながら応えた。
『そうだね。霊王が何をどう導くのかは、誰にも分からないよ。でも、僕は彼に出来ると思うんだ……そう思わないか?』
問われて、チャドは力強く頷いた。
『そう、だな…俺はそう思う』
一護の選択が間違っているとか。
一護の望むものがどういうものかとか。
それはわからないし、今目に見えるものではない。
だから、今チャドに分かることは一つ。
かつて、何も無かった自分を、心の中に渦巻く衝動を抑える方法を教えてくれた一護のために。
一護の選択に、自分を委ねること。
それこそ、チャドの決めたことだった。
「だから、一護」
そう呟きながら振り返っても、そこに一護の姿は既に無い。
チャドは微笑みながら呟いた。
「お前が選んだのなら、俺はそれについていく」