028:魅力





人の心をひきつけて夢中にさせる力。





自分の微笑が、他人にとってはとてつもなく安心感を抱かせる上に、魅力的なのだと知ったのは、まだ幼かった頃のこと。
幼い自分は、笑うことすら稀で。
表情もなく、泣くことすら稀で。
そうだ、一度だけ心の底から泣いた。
何が辛くて泣いたのだったか、それすら忘れるほど昔のことで。
『惣右介、あなたは悪くないのよ』
そう言ってくれた女性の前で、泣いたことだけは覚えているけれど。
もう何年も、泣いていない。
もう何年も、笑みだけをその顔面に貼り付けてきた。
そうすれば、他人は自分を都合よく判断してくれる。
藍染惣右介は、だから笑ってきたのだ。






「魅力的……なの? 惣右介の微笑が?」
千早が酒盃を手にしたまま、小首を傾げる。
「ええ。女性死神協会によるアンケートで、魅力的な微笑み部門で藍染隊長が栄えある十冠となったんですよ」
久しぶりに女性死神の隊長格だけで集まった酒宴だった。
男どもを交える酒宴ならば、酒が飛び交うけれど女性だけだと食事も彩りのひとつとなる。
せっせと食事に手を伸ばすやちるに、自分の膳を勧めながら千早が続けた。
「魅力的、ねえ……」
「千早さんは、違う風に思われていらっしゃるのですか?」
「ええええ、だってだって、藍染隊長の微笑って見てる人に安心させるって言うか、この人に全部任せておけば大丈夫! て感じになりませんか?」
卯ノ花の言葉を掻き消すように桃が抗議する。卯ノ花も小首を傾げながら、
「全部大丈夫? そういうものなの?」
「そうですって。ねえ、乱菊さん?」
「ん? そうかなぁ、藍染隊長って何考えてるかわかんない気がするけどね」
酒盃をあっという間に空けた乱菊が、七緒に次の杯を進められながら、
「ギン……市丸隊長と何でかわかんないけどおんなじ匂い、するのよねぇ」
「えええええ、ひどいですって、乱菊さん」
「あはは、ごめんごめん、冗談だって」
「ですけど、確かに頼りたくなりますね、藍染隊長が微笑まれるのを見ると」
七緒の言葉に、虎徹姉妹も頷いた。
ネムは黙って、千早の杯に酒を注ぐ。
「千早さんは、どう思われますか?」
「ん? ああ、惣右介のこと?」
卯ノ花に促されて、千早は少しだけ考え込んで、苦笑する。
「何だろうね、惣右介が笑ってる以外の表情って、あんまり見たことがないなと思ってね」
「え?」
「………惣右介が苦労したこと、あたしは知ってるから、かな」
それは、自分が客観的判断ができないのだという、答えだった。
千早の答えの先にある言葉を、その場にいた全員が知っている。
だからあえて聞かなかった。
話題は魅力的な微笑み部門から、彼氏(夫)にしたくない部門に移ったけれど、千早は酒盃を口に運びながら、ふと思った。
惣右介の微笑みは、一体何を意味しているのか、と。






「微笑んでいれば、私という真実を誰も見ようとしないからね」
「……うわあ、そういう言い方えげつないんやけど、藍染はん」
ギンに指摘されても、惣右介の微笑みは絶えることはない。
「いいじゃないか。僕の望みを誰も理解しようとしなかった方が悪いのだから」
藍染惣右介は、微笑む。
藍染惣右介という真実を押し隠すために。






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