029:好意





その人にいだく親しみや好ましく思う気持ち。





「………バカ桃」
囁いても、彼女の耳には届かないのか。
「………そんなに、ショックだったのかよ。藍染の奴に…斬られたことが」
冬獅郎が囁いても、桃の眼は硬く閉じられたまま。
開かない。
冬獅郎は、桃の病床から離れ、窓際に寄りかかりながら夜昊を見上げた。
星もまばらな、厚い雲がどんよりと垂れ込めて。
まるで、目覚めない桃の気持ちを示すかのように。






聞いて、シロちゃん!
あたしね、配属決まったんだ!
ほら、前に言ったでしょ。すっごく素敵ですっごく強い隊長さんがいるって。
その隊長さんの隊に決まったんだよ!
そう言って、嬉しそうに笑っていたのは、まだ冬獅郎が幼く、氷輪丸に出会う前のこと。
今思えば、桃はゆっくりと『藍染惣右介』という名の毒に、犯されていたのだとわかる。
遅効性の。
だが、習慣性の強い、毒。
その微笑だけで、優しい仕草で人を惑わせ、真実を見抜かせない、人の形をした毒だったのか。
少なくとも、桃は真綿に包まれるように優しく柔らかく、藍染惣右介に取り込まれた。






尊敬。
心酔。
それらは意図的に、だが桃が自分から抱くように仕組まれた、罠だったのだ。
『………桃は優しすぎたのね。だから、惣右介に魅入られてしまったのね』
寄せた好意が、自分を惑わせるのだ。
千早によって告げられた事実に、冬獅郎は否定することも、答えることもできない。
ただ桃の枕元に座ることしかできない。
「バカ桃。さっさと起きやがれ」
冬獅郎の囁きは、誰の耳にも届かない。







←Back / Top /