輝石 04
「准将?」
「…ん?」
「………珍しい、落ち込んでます?」
「ん〜…分かる?」
アレクは部屋の窓を開け放ち、そこに座っていた。5階という高さだということを、この上司は分かっているのだろうか。
滑り込む風は、夜半ということもあって夏であっても幾分冷たさすら感じさせて。
軍礼服のボタンを全て外して、くたびれた様子のアレクは窓に座り込んで、夜空を見上げている。
「いやな、話を聞いたの。親としたら…やりきれない、話」
「え?」
「大尉……妻を亡くして、子供たちからもしたいことがあるから出て行くって言われたらどうする?」
「………言われたんですか?」
「あたしじゃないよ、他人の話」
むすりと返されて、大尉はアレクの前のソファに座る。
「カララト、大公ですか?」
「ん…………なんていうのかな…ずいぶん、不幸な人だなって」
不幸。
アレクが普段使わない言葉に、大尉は眉を顰めた。
その人が不幸か、不幸じゃないかなんて、他人が判断するのは間違っている。それは本人が不幸だと感じた時、不幸になるんだから。幸せ、も同じだけど。
そう言ったのは、アレク本人だ。
「あ〜、違う。不幸って言うのは、自分が決めることだった。ごめん、大尉」
アレクは肩を竦めて言い直した。
「何が、そう思うんですか?」
「ん? えっと…一つの物事で、人の全てを判断してはいけないって言うのが、うちの祖父の遺言なんだけど」
「はい」
「だけどさ…大公、自分のしたいこと、ほとんど出来てないんだ」
「………………?」
大公の生い立ちや、家族構成は子供たちの留学に際して、ある程度の生活環境を理解するためにと、アレクの指示で大尉が調べた。
先の王妃の五男として生まれた大公は、決して兄たちに、そして母に顧みられることなく、育った。
末に生まれたがために。
王族の倣いで、軍に入って年の近い王太子に知己を得た。そのおかげで、王太子がムサ・カムド2世として即位した時には、南方軍司令官となりいずれは出世するだろうと言われていたのに。
国王は疑心に駆られて、王族を重用せず。
大公の有する王位継承権はほとんど意味を成さずに、それ故に大公は放棄することも考えた。
その頃に、知った愛情。
ドライエドの小さな喫茶店で働く、メイドの少女に大公は恋をした。
後ろ盾のない、民間人を大公家に迎えることに、多くの王族貴族が反対した。たった一人、国王が面白いではないかと、一言述べたことで、大公はその少女を妻として迎えることができた。
やがて、娘が、息子が生まれて。
望んだ家族を手に入れた矢先の、事故だった。
弊害こそあれ、有益ではない王位継承権を大公が持ち続けていたのは、民間人の妻やその血を引く子供を守るため。
王位継承権を放棄すれば、それはすなわち大公位の返還も意味する。長く軍に生活してきた大公にとって、一人で生活するのはそれほど苦ではない。だが、妻は? 子供は? それを考えれば、大公位は捨てられず。そして王位継承権も放棄できず。
「大公自身が臆病なんだ、て言い切ってしまえばそれまでだけど。何か違う気がするんだよね………そうだねぇ、巡り合わせが悪いって言うのかな…」
「そんな人間は必ずいます。ですが、そこでくさってしまえば、何の意味もないんです。その人物がその場所で、一定の行動を取ることについては、何らかの関連性があります…わかりますよね?」
「ん」
「人を他人が憐れむのは間違っている。そう言ったのは、准将。あなたですよ」
「ん」
アレクには、自分が間違っているのだという自覚はあった。
だけれども。
大公が家族を求めた思いだけは、理解したいと思った。
それはかつて、アレク自身が持っていた、思いだから。
「そろそろお休みになっては? 明日に差し支えますよ」
「うん…寝るよ」
「はい。では」
時折、アレクはこういう思考の迷路に落ち込む。だがそれに、決して他人を巻き込まない。
それでも時折痛々しささえ覚えることがあった。
幼い頃の【疵】をアレクから聞かされた時、大尉はあまりのことに絶句したことを覚えている。
そして他人にほとんど見せない【弱ったところ】を見るたびに思うのだ。
彼女の【心の疵】は本当に癒えたのだろうか、と。
ゆっくりと部屋の扉を閉めながら、シュミットは窓に腰掛けるアレクの後ろ姿を見つめていた。
姉弟揃って、見事な黒髪だった。
アレクは自分の横に立つ大公をこっそりと見遣る。大公の髪色は淡い栗毛だけど緩い天然パーマは父親譲りなんだな。アレクは大公の髪を見て、それから父親と楽しそうに会話する姉弟を見た。
「二人とも、紹介するよ。アレクサンドライト・ミュラー准将。お前たちをアメストリスに連れて行ってくれる上に、面倒を見てくれるそうだ」
大公に促されて、アレクはほんわりと微笑みながら挨拶する。
「ミュラーです。中央滞在中は、私の自宅で過ごしていただくことになりました……」
「准将」
呼ばれて顔を向けると、大公が苦笑する。
「二人とも、子供だよ?」
「あ、そうでした」
「准将、僕たちに敬語はおかしいですよ」
車いすの少年がにっかりと笑いながら言う。アレクも苦笑しながら、
「そっか、そうだね…はい、ごめんなさい。じゃあもう一回。中央での滞在中はあたしの家に。我が家には子供が多いから、ちょっと賑やかだとは思うけど。年は近いから、話は合うと思うわよ」
「何人いらっしゃるんですか?」
今度は姉のナタリアだった。アレクは指折り数える。
「上が13歳の双子の男の子、8歳の男の子、6歳の女の子。4人と、義理の姉夫婦の11歳の子供がよくうちにいるから……ほぼ5人」
「………………5人」
「多いですね」
沈黙に続いた姉の言葉と、穏やかな弟の言葉に温度差を感じたけれども、アレクはあえて指摘せずに、大公に言う。
「まだ予定の段階ですが、中央に着いたらすぐに精密検査を行って、なにも支障がなければそのまま公子は東部のラッシュバレーという街へ移って貰います。そこに私ども夫婦の友人でもあるウィンリィ・ロックベルがいます」
「機械鎧整備師だね。大体の日程は書簡として受け取っている。細かいところはハリムと相談して決めてくれ。それから…ナタリアは?」
「公女には、公子の様子を確認していただいたあとに、中央の我が家で錬金術学校入学のための準備、入学後は我が家からの通学がいいのではないかと思っています」
アレクはナタリアを見て言った。
「公女に通ってもらおうと思って用意した学校には、我が家の双子も通っているから。年が近いから、気が合えばいいんだけど」
「そうですね……」
穏やかに話す、父と息子。
だが娘一人が、幾ばくか浮かぬ表情でそこにたたずんでいることに、アレクは奇妙な違和感を覚えたけれど、何も指摘はしなかった。
ねえ、アルフォンス。
あなたは、やっぱり優しすぎるのよ。
優しすぎて、お姉さんのことしか、見えないのね。
それはとてもすてきなことだけど、でも、哀しいわね。
まるで…あの人のようだわ。
不意に、目が覚めた。
窓を覗けば、消え入りそうな細い月が浮かんでいる。
アルフォンスは溜息をついた。
こんな夜中に、起きることなんて珍しい。子供たちが小さい頃は、夜中のミルクはアルの仕事になっていて、眠い目をこすりながら、それでも隣で熟睡しているアレクを起こさないようにそっと起き出すことはあったけれども。
もう、何年も見ることもなかった、夢。
黒い艶やかな長い髪の女性。
優しく、姉弟の残酷な望みを受け入れてくれた、彼女。
男のように、罪を見せつけることもなく。
ただ穏やかに微笑んで、あの人が選んだのなら、そしてあなたたちならと承諾の手をさしのべてくれて。
罪は、ある。
ここに。
アルフォンスは小さく細く、そして長く息を吐き出した。
彼女は黙って、
彼はそれを示した。
だから、アルは罪を、彼らの望むように償わなくてはいけない。
それは姉と自分が、望んでしたことだから。
「……アレクがいなくてよかったな」
ぽそりと呟いて、ベッドの隣を見れば、いつもならそこに眠っている妻は、今は北の空の下。
きっととても聡い妻は、黙っていても自分が今何を考えているか気付いてしまって、慰めてくれるから。
でも…慰められても、罪は消えない。
消えるものではないけれど、消してはいけないのだ。
だけれども、それであってもアルは側にアレクがいないことが辛かった。
慰めてくれる、暖かな存在がいないことが。
矛盾していると、分かっていても。
「ミュラー准将、ただいま戻りました」
びしっと敬礼を決めてみせて、アレクはロイの苦笑が見えた途端、肩の力を抜いた。
「はぁ…疲れたよ」
「お疲れ様、悪かったな。ずいぶん、強行軍だったのだろう?」
ホークアイが無言で出してくれたハーブティーを飲みながら、アレクは首を左右に振る。
「やっぱり若い時のようには動けないね。来年には40歳になるし」
昨日の夕方、アレクと公子姉弟はアメストリス・中央駅に着いた。その足でエルリック家に向かい、今日、大総統府への正式訪問というつもりだったのだが、長旅の疲れだろうか、ハリムが幾分元気がないので正式訪問を数日遅らせることにして、アレクだけが大総統府に【視察報告】に大総統府に顔を出したのだ。
「む? そんなになるか?」
アレクは思わず眉を顰める。
「ロイとあたしがちょうど10歳違いでしょ。ロイが49歳、マースも49…あ、50歳になっちゃったか。アルが5歳下だから34歳、一つ上のエドが35歳だね」
指折り関係者の年齢を数え上げて、アレクはにやりと笑った。
「だって、エリシアが結婚する年齢だよ?」
「……確かに、そうだな」
エリシア・ヒューズの婚約内定の話は、実はアレクがドラクマに行っている間の話で、昨夜アレクは詳細をアルから聞かされた。
すぐに想像がついたけれど、父・マースの荒れ方はどうも凄まじかったようだ。
「マースの奴、大総統府に怒鳴り込んできてな……」
「うん」
「とんでもないことを言い出して……よっぽど懲戒処分にしようかと思った」
「は?」
ホークアイが苦笑しながら言った。
「娘の結婚相手を、父親が選ぶ法律を作るようにと」
「………………は?」
「娘が父親の意に沿わない結婚相手を選んでしまった場合は、相手の男性に法的処罰を加えられるようにと」
「………………………………」
『おれの、おれの、おれの……エリシアちゃんがぁぁぁぁぁぁ---------------------------』
そんな【兄】の絶叫が、なんだか聞こえた気がしてアレクはくらりと眩暈を感じた。
「まったく。あのバカオヤジ、なんとかしないと相手の男の子もそうだけど、何よりエリシアが困ったことになるわね」
「………………やはり、一度徹底して灼くか」
「あたしも参加する。酸素濃度あげておくから。燃焼温度も高くしておけば、骨まで綺麗になくなるでしょ」
とんでもない相談をしている【兄妹】を無視して、ホークアイが言う。
「結局は、ヒューズ夫人が収めたんでしょう?」
「………………ああ」
『いいかげんになさってね。そうやってエリシアの周りから男性の姿を消して、エリシアが幸せになれると思って? これ以上、妙なことをするなら、私もエリシアと一緒に家を出ますから、その覚悟でいらしてね』
笑顔でそう告げられては、マースはもう魂切れたように動けなくなり。
「まったく、父親というのはどうしてこうも、親ばかになるんだか」
「リオライトが年頃になって、男を連れてきたときのアルフォンスの反応を見てみたいな。きっと、マースのような反応をするだろう?」
「あ〜、そういう心配、他人でしないようにね」
アレクがニヤリとロイの言葉に返した。
「エドはまだ若いから、女の子生まれたらどうする? 年取ってからの子供は可愛いって言うものね? 今年生まれたとしたら、ロイ、その子の成人まで生きていられるかな?」
「………………おい」
「で、その子が結婚するって言い出した時のショックで、心不全起こしそうだね」
「………………勝手に殺すな」
ホークアイから手渡された書類に目を通しながら、ロイは小さな声で抗議する。ホークアイも苦笑しながら、
「父親ってどうしてああなんでしょうか? 娘が見ず知らずの男の子と歩いているだけで娘を問い質してケンカになるし、ケンカになればへこまされるのを分かってるのに。結局余計なことを言わなければいいだけなんですけど」
「ん?」
なんだか具体的な話にアレクは小首を傾げて、思い至る。
「それって、ハボック中佐?」
「ええ。困ったものです。娘に悪い虫をつけるわけにはいかないって」
ハボックとホークアイは1男2女をもうけている。長女のテレジアは現在12歳。母親譲りの美貌の片鱗は既に見え隠れしており、父親は気が気でないのだ。
「あ〜あ、悪い虫を追い払うつもりで殺虫剤ふりまきすぎて、益虫まで殺しちゃうパターンにならないようにしないとね」
「ええ」
あっさりとした会話だが、実はかなり父親否定の内容に、ロイは気付いたけれどもあえて指摘せず、話題を変えた。
「で?」
「ん?」
「公女殿下と、公子殿下は如何にお過ごしかな?」
聞き慣れない言葉に、アレクは一瞬吹き出しかけて。姿勢を正して答えた。
「ちょっと元気ないから」
「ふむ、ホームシックかね?」
「それもあると思うけど。ただねぇ…意外にも双子とオネエサマが上手くいかないかもしれないのが、少し心配かな」
「む?」
「…………下の息子が、ハリム・ナルルド。世間で言う、ナルド・カララト公子にあたる」
「はい」
「あれが…………事故にあったのは、一年前だ」
大公は眉間に皺を寄せて、バルコニーから見える僅かなばかりの夜景をにらみつけるようにする。
「…………少しだけ、春が遅かった。暖かい日が続いていた。だが、氷が溶けるほどの暖かさではなかった。なのに、氷は溶けていた。ハリムは……足を踏み外し、凍てつく湖の水底に沈んでいった」
「………………」
ドラクマではよくある話だと、大公は前置きしていたけれど、アレクには大公の悲痛な表情から、続く話の先まで分かってしまって。
でも、大公は続けた。
「あれの母親は、側にいた。だから、自分に縄をくくりつけ、湖に飛び込んだ。人が水の中、まして氷の底でいられるのはわずかな時間だ。縄が引くので、侍従たちが一斉に引き上げた。だが、その縄につながれていたのは……ハリムだった。妻の姿は…どこにもなく、探すことすらできなかった」
氷の水底は、人の命を奪う。
大公の妻は、命を以て息子を助けたのだ。
アレクは息が詰まりそうな空気の重さに、大公に気付かれないように小さく息を吐き出した。そして、
「奥様のご遺体は?」
「春になって、上がった。湖畔に浮き上がったところを、地元の者が見つけてくれた。氷に閉じこめられた死者が姿を見せることはよくあるらしいが、保存…状態がきわめてよく、珍しいと…言われた」
絞り出すような声に、アレクはしかし何も言わずに聞いていた。
愛して、いたのだろう。
命を賭けても、我が子を守りたかった大公夫人を。
1年経っても、忘れることなどできない、哀しみ。
しばしの、沈黙が訪れた。
俯いた大公は、だが顔を上げて。
「准将」
「はい」
「妻が守ったハリムは、しかし重度の凍傷で、両足の膝下と左手首を切断しなくてはならなかった…壊死が進んでいたのだ」
アレクは小さく頷いた。
医師の資格を持つアレクは、その説明だけで十分だった。
壊死は、現在の医術・医療錬成においても防ぐことは出来ない。
それは死んだ人間を生き返らせることが出来ないのと、同じだ。
だから、一刻の猶予もなく切断を余儀なくされる。
おそらく幼い公子にも同じ処置が施されたはずで。
大公は続ける。
「国王陛下におかれてはハリムのことを気にかけていただいて、特注の車いすなどを頂いたが、ハリムはどこで聞いたのか、アメストリスの機械鎧のことを持ち出して、自分につけて欲しい、いずれはその技術を学びたいと言い出して」
子供は恐ろしい。
無邪気は、無敵なのかもしれない。
見舞いに訪れた国王に、ハリムは未だ包帯のとれないその身体を起こして、望みがあれば何でも叶えてやろうと言われて切り出したのだ。ベッドの向こうで、しおらしく僅かに顔を伏せたままのナタリアが控えていた。
『傷が治ったら、アメストリスに留学させてください。機械鎧をこの身体につけたい。そして機械鎧の技術を学んでドラクマに広げたい』
ムサ・カムド2世は名君と評される一方で、疑心が強い王であり側近中の側近であり、国王の相談役と称される大公ですら、仕えるのに細心の注意を払っている。だが、子供の無邪気な望みは、一歩間違えればカララト大公家の断絶につながりかねない危険を孕んでいることに気付いていたのは大公だけだった。その場の冷たい空気を打ち砕くように、王は問う。
『機械鎧は、この国に役立つのか?』
『はい。本で読んだだけですけど、ドラクマでは義肢技術は、必要です。だって、僕のように凍傷で手や足を切断する人は多いから』
『……だが、機械鎧の技術は非常に高い上に、錬金術の知識も必要だと聞いている。それ故に我が国には機械鎧整備師がいないのだ。分かるか』
『錬金術も学びます』
真っ直ぐに薄茶の双眸を、国王に向けて。
国王も濃茶の双眸を少年に向けて。
大公にとっては、窒息しそうなほどの重い空気が流れた。
その空気を打ち砕いたのは、少女の声だった。
『国王陛下、私も弟とともにアメストリスに行かせてくださいませ』
大公は思わず声を上げる。
『ナタリア!』
『ほう……?』
まもなく40歳になろうとする年の割には、若く見られる相好を僅かに緩ませて、国王は淑女の取る最敬礼の姿勢のままのナタリアに顔を上げるように告げて。
『お前がナタリアか?』
『はい。ナタリア・ナルド・デル・カララトでございます』
弟と同じく薄茶の双眸をまっすぐに受け止めて、王は言う。
『姉弟揃って、私に望みを言うか。国を出たいと?』
『戻って参ります』
娘の凛と通る声はまさしく妻のそれに酷似していて。
『技術を習得して、姉弟共にドラクマに戻って参ります。私たちがアメストリスに行くのはあくまでドラクマのためでございます』
次の瞬間、国王は放笑して。
笑いが収まってから、大公に告げた。
『やはり大公の血を引いているな。よろしい、留学を許そう』
礼を言おうとする姉弟をとどめて、国王は告げる。
『ただし、大公を納得させてからだ。いいか、たった一人全てを捨てて一緒になりたいと願った妻を亡くした哀れな男を、お前たちは一人残して行くのだから、そのくらいの試練は乗り越えろ』
「私は………間違っているのかも知れない」
独白のような告白に、アレクは聞き返す。
「そうですか?」
「間違っているような、いや、子供たちのためには良かったのだと、自分に言い聞かせているような。そんな気がする」
「そうでしょうね。子供を、まして10歳を過ぎたばかりの子供を手放すのは、勇気が要ることです。私には……出来ないことです」
脳裏に浮かぶのは、4人の子供たち。
アレクを無条件に受け入れてくれるその存在に、自分は、アルはどれほど救われて、この手で守らなくてはいけないと誓ったことか。
「だが……子供たちの説得に、負けた」
絶対に、手放すつもりなどなかった。
国王が最後の選択権を自分に与えたことは、おそらく子供のすることだと侮って、父親ならば説得して言い聞かせることができると思ったのか。
あるいは、子供たちの望んだ留学であり、国王が強いた留学ではないと、明確にしたかったのか。
どちらにしても、大公は子供たちに負けた。
子供たちの留学を許してしまった。
守るべき、小さな命が自ら旅立とうとすることを、大公はどうしても止められなかった。
それがどんな試練という壁につきあたるか、少しは想像がついていたのに。
「だから…二人をあなたに託す。私の命よりも、大切な大切な、かけがえのない娘と息子です……よろしくお願いします」
「確かに……お引き受けします」
アレクは深々と頭を下げた大公の前で、同じように深々と頭を下げた。