喪われた玉響 2






中央司令部の一角に、国家錬金術師機関の建物がある。その最上階に機関長の執務室が置かれていた。
最上階すべてが執務室なので、無意味に広い空間の一角をパーテーションで区切って、手近なサイズの執務室をつくり、違う一角に応接セットを置いている。アレクは執務室の豪奢な執務机に向いながら、いつもの様子で書類の山を片付けていく。
「少尉、はい」
「あ、次はこっちです。クレナオードの錬金術学校関係の申請書です」
「大佐。シェルスター准尉の有休願い、受け付けたんですか?」
「え? だって、1ヶ月ぶりに有休出したんじゃなかった? ま、認めてあげたほうがいいんじゃないかな」
大佐になり、機関長を拝命してからアレクは、かつて自分の下にあった優秀な【部下】を集めた。
アレクよりも15歳も年上のシュミット中尉。
唯一の女性である、ハフレード少尉。
書類を製作させればその手際のよさ、スピードともにナンバーワンのシェルスター准尉。
アレクより唯一年下のラツィオ曹長。
この4人とアレクで、国家錬金術師機関は運営されていると言っても過言ではない。
数年前まで、国家錬金術師が優遇されていた時期があった。
今でも一般の錬金術師に比べれば遥かに恵まれた環境で研究が続けられる。
だがそれは、ブラッドレイ大総統の失踪、続いたさまざまな混乱の中で、軍部は国家錬金術師を『兵器』としてではなく、『兵器を研究する機関』として考えるようになった。つまり、国家錬金術師という資格を設けるのではなく、優秀な『科学者』を必要とするという、思想の変換だった。国家錬金術師は後方においての研究のみを期待されるようになった。
いわば北方攻略戦に国家錬金術師が出兵したのは、最後の徒花だったのだ。
最初に切り離されたのは、軍部が直轄経営していた、錬金術学校だった。
だが、早急に国家錬金術師資格を廃止するつもりは軍部にはない。
優秀な人材を集めるのに、選抜は必要である。そのために国家錬金術師資格を存続させなければならない。
そして新たなシステムづくりのために、アレクサンドライト・ミュラー大佐が機関長になった。
「あ、そうだ。大佐。この書類、ちょっと目を通してもらえませんか?」
さらりとシュミット中尉が言って、書類の山に分厚い冊子を乗せた。アレクはあからさまに嫌な顔をして、
「なに?」
「なにって、この前大佐が言ったじゃないですか。特許申請期間についてって」
「……あ」



国家錬金術師は、研究を行う科学者である。
年に一度、研究成果を提出し、その結果が思わしくなければ、資格を剥奪される。
だがその研究がすばらしい成果をもたらせば…それは軍の所有する特許とされるのだ。国家錬金術師個人の業績ではない。
研究によって生み出された結果が誰がもたらしたものかを知るのが容易ではない。むしろ、『賢者の石』生成ほどになれば、さすがに名前が残るが、そうでもない限り、結果はすぐに研究した者から引き離される。
結果は、一定の審査を受ける。
まずは国益に沿うものであるかどうか。そして、軍事転用できるものなのか。
国益に沿わず、軍事転用できない特許は、一定期間国家錬金術師期間で保存されたあと、公表される。そして民間企業が特許を使用したいと申請を受ければ、民間転用させてよいものか審査をした上で、許可を与える。
だが、民間企業からの申請は多いものの、審査をする担当官が少ないために時間がかかるのだ。
アレクは医療系特許だけでも、申請期間の短縮を考えていた。
医療系錬金術は、人間の生命に直接かかわる。
特許で助けられる命があるなら、早いほうがいい。
そう考えて、シュミット中尉に特許申請期間についての調査を命じたのだったが…。
「あのですね、妙なものが出ました」
「妙なもの?」
意味深な言葉に、アレクは眉を顰めながら分厚い冊子を開く。
「先月亡くなった、アークド・ガーランド。覚えてますね?」
アレクは小さくうなずいて、
「異名は、醇結。医療系の…薬物結晶に優れた人だった」
高名な国家錬金術師だった。かつて何故に諾々と軍の狗として研究を続けるのかと詰問されて、自分の薬を待つ人がいるのなら、軍の狗と貶されようと研究するのだと、そんなことを言っていたのを遠くで聞いたことがあった。
「そのガーランド氏の最後の研究、来月には民間企業に許可、出そうです」
「は?」
予想外の答えに、アレクは一瞬シュミットを見呆け、慌てて書類をめくる。
「39ページですよ」
促されて開いたページには確かにシュミットの言うとおりで。
「…なんで」
研究成果が特許となるのに1年。
特許としての保存期間は2年から3年。
公開されて最速で民間企業からの申請、申請審査、許可が出るのに最低でも4年はかかる。
4年前にアルフォンス・エルリックが最初に出した結果がようやく、民間企業数社の連名での申請にようやく許可が下りそうだというのが、かなり早いというのに。
それ故に、医療系だけでも早い特許申請許可を出そうと、アレクが考えているのに。
それが1ヶ月近くで出ているなんて。
書類には、確かに『研究責任者アークド・ガーランド』の名前がある。
「どういう、こと?」
茶色の双眸に、しかしアレクと同じ疑問符を浮かばせてシュミット中尉は肩を竦めた。
「さて。どういうシステムになっているかは、判りませんが。気になって明らかに早い申請許可、調べてみました。醇結の錬金術師のは明らかに異常な早さなんですが…付箋を付けてあります。どれもこれも1年未満で民間企業への申請許可が出てるんです」
アレクがパラパラと分厚い書類をめくってみる。シュミットは続ける。
「いずれも医療系、特に製薬部門です。で、全てが同じ会社…」
「メディケム・フォーレン…? 聞かない名前ね?」
「で、こっちがメディケム・フォーレンの調査書類です」
ずん。
再び乗せられる分厚い冊子に、しかし普段のアレクならげんなりした表情を浮かべるところを、アレクは真剣に聞き返す。
「書類は後で読み返す。で、要約は?」
「簡単に言うと、かなり手を広げている製薬会社で…社長はラルフ・フォーレン。あの、ジリード中将の、従兄弟にあたります」
アレクが一層、目を細める。
「あの?」
「ええ、あの、ジリード中将ですよ」
シュミットが反復する。アレクは深い深い溜息をついて。
「よりによって…じゃない。てことは…」
「ええ、可能性は高いですよ。憲兵司令部との癒着、ですね」



「…本気の話か、アレク?」
「間違いないと思うよ。これが資料ね。それから…国家錬金術師機関の特許課の課長を呼び出して話をしてみたんだけど…要領を得なくてね。まずい気がするのよ」
差し出した書類にざっと目を通しながら、ヒューズ大佐は先ほどのアレクのように深い溜息をついた。
「よりによって、ジリード中将かよ…」
「とはいえ、一番可能性が高いのも、やっぱり中将なのよね」
「…わかってはいるがな…わかった、これだけ証拠があるから、俺だけが動くわけにはいかんな…」
「マース、だけど…何かあったら」
アトラス・ジリード中将。
55歳という年令は、決して大総統になれない年令ではなかった。実際、5人の副総統の一人であり、憲兵出身初めての大総統ではないかと噂されるほど、大総統に近い者であり、実際ジリード中将は自分が大総統に選ばれるようにと、随分と画策して回ったようで、それも自分の差配が出来る憲兵司令部と、かなりの金銭が動いたのだ。
それゆえに、他の大総統候補が結束する結果を招いた。
これ以上の混乱は、再びの北方攻略戦となりかねない。
事態の収拾を急ぐために、ほとんど大総統候補とは言えなかったジェームズ・マッキンリー中将が突如候補として浮上。
ジリード中将を牽制する候補として立てられたと思われていたマッキンリー中将が、結局大総統となった。
マッキンリー大総統が、次代の大総統が生まれるまでの【つなぎ】であることは、周知の事実であり、ジリード中将が再び自らの復権をねらって暗躍していることは間違いが無く。
だがそれを正すことは、憲兵司令部を巻き込むことは必至であり。
「マース。いい考えとはいかないけど…一つ方法がある」
アレクが言葉を選びながら言う。
「なんだ?」
「ジリード中将のやり方があくどすぎて、他の大総統候補が結束した…んだったよね?」
「ああ…そうか」
ヒューズはアレクの言わんとしたことを理解して、力強く頷いた。
「現副総統5人か」
先の副総統5人のうち、マッキンリー中将が大総統に、ジリード中将は自らその任を【抗議】を込めて降りた。だが残り3名の副総統、そして追加された2名の副総統。この5名こそが、ジリード中将を牽制するために結束した大総統候補たちだった。
「憲兵司令部が懐柔に動いていないか…そこから確認しないとな」
「それと、マース。大総統選出の時に、ずいぶんな金額が動いたって聞いてるでしょ?」
「ああ」
それはあくまで噂でしかないのだが。アレクは首を傾げる。
「このメディケム・フォーレンって会社、それほど経常利益が上がってる様子がないみたいなの」
「あ?」
ヒューズは首を傾げて、
「それって…」
「何か…裏があるみたい」



重厚な佇まいを見せる、建物。
周りを囲む柵。
少年というより青年に近い趣を見せる男は、その全身に言いしれぬ倦怠感を滲ませて。
手にはしわだらけの新聞が握られ。
小さく溜息をついて、男は歩を進める。
目の前の重厚な建物、アメストリス国軍南方司令部に。



「どう? その…子どもの方は?」
「ん? うん、順調だって。昨日も検診で病院行ったけど、問題ないって言われてるよ」
「そっか」
エドが安堵の溜息を吐きながら、アレクに差し出されたコーヒーカップを受け取る。
「いつまで仕事、続ける気?」
「そうねぇ…まあ、事務的な仕事だったらギリギリまでがんばろうかなぁっと。だって、産休取っちゃうと仕事滞っちゃうからね」
エドが苦笑する。
「そんなこと言ってたら、アルが怒るだろうが?」
「もう怒ってるよ。妊婦が仕事を持って帰るなって」
昨夜も、読んでおきたい書類を抱えて帰ったら、夫の雷が落ちた。
『ア〜レ〜ク、あんだけ言っただろ! 休める時に休む!』
『え〜だって』
『え〜、じゃない!』
「アルは怖いからなぁ。言うこと聞いておけよ」
「うん」
そのとき。アレクの電話が鳴り、近くにいたラツィオ曹長が出る。
「はい、国家錬金術師機関機関長執務室…はい、そうですが…どちら…はい、はい、ちょっと」
その口調でどうやら自分にかかってきた電話だとアレクは声をあげる。
「曹長。こっち回して。で…誰なの?」
「はあ…なんか混乱してるみたいですけど」
おっとりしたラツィオ曹長が小首を傾げながら、
「あの、ミンツ中尉と言うことですけど。南方司令部からです」
「…え?」
ミンツ中尉は、かつてアレクが西方司令部に居た時の部下だ。アレクは天井を見上げて、すぐに思い出した。確かミンツはアレクが北方攻略戦に参加中に南方に配置換えになったのだった。
とにかく。
電話に出てみればいい。
アレクは、手近にあった電話を取る。
受話器からは何やら喧噪が溢れていて。
受話器のすぐ側で誰かが叫んだ。
『おい、憲兵司令部からの連絡待ちじゃあ困る!』
少し受話器を耳から話しつつ、アレクは問いかける。
「もしも〜し」
『あ、ミュラー大佐ですか?』



「は?」
アレクが受話器を片手に、首を傾げる。エドはそれを見ながら、決して美味しいとは言えないコーヒーをすする。
「それ…ホントの話しなの?」
みるみるアレクの表情が険しくなり、
「ええ。じゃあ、ハクロ中将は間違いないって言ってるのね…そう」
ハクロ中将。
それは南方司令部最高司令官の名前だ。かつてテロリストからバカンス気分なハクロ中将を守ってやったことがあるので知っているが…、アレクは一体なんの話をしているのだろう?
ぽかんとした表情で自分を見つめている、【義姉】にアレクはちらりと視線を移し。
「そう…じゃあ、間違いなくセリム・ブラッドレイなのね」
その、アレクが口にした名前に、その場が凍りついた。エドですら、呆然とアレクを見つめている。無意味に広すぎる、国家錬金術師機関長執務室が一瞬冴え冴えとした空気に包まれた。アレクの声だけが響いている。
「じゃあ、中央に連絡来ているか確認してみるけれど。あなたからでもいいから、憲兵なんて通してるとまどろっこしいからね。わかった? ハクロ中将を直接ひっぱたきなさい、いいわね。じゃあ、確認できたらまた電話ちょうだい。ええ。1時間後には必ずね」
静かに。静かに受話器を置いたアレクにエドが噛み付く。
「今のって…」
アレクはゆったりと応接ソファに座りながら、息を吐き出す。
そして言った。
「南方司令部に、【セリム・ブラッドレイ】と名乗る男性が、現れたそうよ。で、南方司令部は現在混乱をきたしている…ということみたいね」



「……なん、だって?」
少将の反応はいたって普通で。
「エド、今なんて」
エドはジロリと婚約者を睨みつけて。
「少将。ここでは」
「あ、すまない」
プライベートな場所でのみ、エドは少将に名前で呼ぶことを許していた。こんな緊急事態でもそれは見過ごせないようだ。
「すぐに連絡が入ると思うけど。アレクはハクロ中将のことだから、パニクって中央に連絡するの、忘れているはずだって」
「確かに…そんな連絡は入っていない。入っていれば…会議続きになるのは目に見えているからな」
げんなりとした表情を浮かべるのは、ただの茶のみタイムとなりかねない会議に参加するのが苦痛でしかないと、周りにもらして回るマスタング少将だからで。
「じゃあやっぱり、南方司令部が大混乱だってアレクの予想は当たってるんだ」
「そうかもしれないが…【セリム・ブラッドレイ】はまずいな。もし本物なら彼の言動によっては、軍部が再び混乱する」
そのとき、電話が鳴った。ファルマン少尉がすぐに対応するが、
「少将」
「む?」
「大総統よりお電話です」
来た。
エドは思わず身を固くする。だが少将はそれを小首を傾げて、
「何をしている、鋼の?」
「いや、思わず…」
「君への電話ではないよ。少尉、回してくれ」
「はい」
受話器を取り上げ、少将は低い声で応えた。
「お待たせしました、マスタングです…はい、はい。わかりました。すぐに…え?大佐もですか?」
少将の視線が自分に向けられたことで、身構えていたエドは思わず自分を指差す。
「わかりました…すぐに伺います」
受話器を慎重に置いて。少将は一息はき出して。
「鋼の。聞いたとおりだ。大総統は、君もお呼びのようだ」
「用件って…」
「セリム・ブラッドレイ発見の件は聞いたね? だったから、な」



倦怠感は、拭えない。
ここ1週間ぐらいは、特にひどい。
『そんなものよ。悪阻って、どういう形で出るのか、いつからいつまでって人によって全然違うからね。でも、無理はダメよ。アレクは無茶しそうだから怖いのよね』
溜息混じりにグレイシアに心配されても、アレクはぎりぎりまで産休を取らずに働くことを決めている。アルも出来るだけ協力すると言ってくれてはいるが、わずか妊娠12週目から悪阻が始まるとは思っていなかった。
気分が、優れない。
倦怠感。
気を抜けば、どこででも眠れそうなほどの眠気。
昨日も帰り着いて、玄関先までシェルスターに送ってもらったものの、アルの腕に飛び込むように眠ってしまった。
『無理せずに、少し休むことも考えなきゃね』
穏やかに言ってくれるアルが、実は一番心配していることをアレクは理解しているのだが、産休に入ってしまうと、仕事が滞ることが判っているだけに、迂闊に休めないのだ。
さすがに重い書類を抱えて広い中央司令部を走り回るということはしなくなったけれど、どうしても少将の執務室まで行かなくてはならない。だが、アレクの執務室と少将の執務室は中央司令部のもっとも遠い対角線上にあるから、普段は気にならないけれど、遠いのだ。
少し一息入れようと、廊下で立ち止まっていると不意に背中から抱きつかれた。
「よ、お姫様」
「なんだ、マースか…」
「なんだとはなんだよ」
ふてくされてヒューズは抱えていた書類の角で、軽くアレクの頭をつつく。
「お前の【例のネタ】の所為で走り回ってたのに」
そういえば、軍を揺るがすネタだった。アレクは力無く微笑んで。
「ロイのところ?じゃあ、先に行っててよ。あたし、ゆっくり行くから」
たちまち、【兄】の表情が変わり。
「おい、大丈夫なのか?」
「大丈夫。ちょっと悪阻で辛いだけだから」
去年、第2子であるリチャードが生まれたヒューズは、妻のグレイシアを見ていて悪阻のつらさを知っている。妻も耐えた苦しみに、妹も耐えなくてはいけないのだと判ると、妙に切なさを感じたが、
「しゃあねえな」
「? うわ、ちょっとマース」
ヒューズは手にしていた書類をアレクに持たせ、アレクを抱きかかえた。
「マース、ちょっと人が見てるでしょ」
「ミュラー大佐が妊娠しているのは、周知の事実だろ? いいじゃないか」
無茶させられないだろう? 大声で叫んで、ヒューズはにっかりと笑って。
「ほい、いいかい?」
「…まったく」



『お〜い、開けてくれ』
扉の向こうの声に、ブレダ中尉が気付いた。呼ばれるがままに扉を開けると。
「大佐? 何してるんすか?」
にんまりと笑うオヤジに、
お姫様だっこされている、銀の髪のお嬢様。
「マース、もういいって」
「そうか? じゃあ」
足下に気をつけながらヒューズはアレクを立たせ。
「ほい、お疲れ様」
「…マースもね」
「よ、中尉。他の面々はいないのか?」
ブレダは自分の机に戻りながら、
「いろいろと出払ってますね。少将と鋼のお姫様は、大総統のところですよ」
意外な在所に、アレクは応接ソファに座ってから聞く。
「え? 呼び出し?」
「らしいっすね。呼び出しの電話を受けたファルマンが言ってましたから。かれこれ2時間は帰ってきてないですね」
「おい、アレク。こりゃちっと面倒なことになるかもしれんな」
「…そうね」
ジリード中将の『不正』を正す、いい機会なのだ。
そして、マスタング少将の功績をあげる、いい機会でもある。
だが、もし『セリム・ブラッドレイの捜索、あるいはブラッドレイ前大総統捜索』に少将が何らかの形で参加することがあるとすれば、少し情勢が変わってくる。場合によっては少将の地位が危なくなる可能性もある。
「…まさか、そういう狙いが出来る立場の人間がいるってこと?」
「いや、違うんじゃないか?」
違う世界に入り込んでしまった2人を無視して、ブレダは自分の仕事に戻った。
この2人はしょっちゅう少将の執務室に入り浸っているから、お客として扱うこともしない。欲しければ自分で飲み物を出してくるし、必要なものの置き場所は把握しているのだから。
「ロイはともかく、エドまで? 将軍クラスの会議じゃないの?」
「さてな…なにかあるのかもしれんな」
そのとき。
ドン。
近くで何かの音が聞こえた。
バン。
執務室の扉が勢いよく開き、
カツカツカツ。
軍靴の音も高く、エドが颯爽と入ってきて、少将の執務机に軽やかに腰掛けて。
ヒューズとアレクは咎めようと顔をあげたけれど、あまりの怒気のオーラに包まれていることに言葉を飲み込み。
しかしアレクがおそるおそる、
「エド?」
「ん?」
「なんか、あったの? その、すっごく、おこって」
アレクの言葉を遮るように。
開いたままの執務室の入り口で、仁王立ちする影。
漆黒の髪の男が叫んだ。
「エド! なぜだ!」
「うるさい!」
次の瞬間。
エドは両の掌を打ち合わせ、腰掛けた時のように軽やかに床に飛び降りて、打ち合わせた掌をそのまま床に触れさせる。
蒼い錬成光が輝き、床は波打ち始め、その波は一直線に少将に向かう。
錬成の余波は、アレクが座るソファにも迫り、思わず立ち上がるアレクを庇うようにヒューズが余波から引き離すように手を引いた。
一直線に向かっていた錬成の波は。
だが、すぐに手を打ち鳴らす音と、続いた錬成光、立ち上がる床が壁となって堰き止められ。
ひょっこりと、床で錬成された壁の横から顔を出したのは、アルフォンス・エルリックで。
「やばっ!」
思わず身を竦めるエドに、弟は叫んだ。
「この、バカ姉!」
「ご、ご、ごめん…」
「バカ姉、周りみて錬成しろ! あなたのすぐ側にいるのは誰ですか! うちの奥さんが妊婦さんなのは判ってるでしょ!」
「は、はい…」
一層小さくなってしまったエドを、アルと隣から覗いて、先ほどまでの怒りはどこへやら、少将がアルに取りなす。
「ま、まあ…アレクも怪我がなかったんだし」
「少将!」
「はい!」
思わず背筋が伸びてしまった少将に、アルの怒声が飛んだ。
「痴話げんかも大概にしてください!」
「はい…気をつけます」



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