喪われた玉響 6






『いや…お前も知っていると思うが、エドの調査している内容を。それに絡んでいるらしい』
ハボックは眉を顰めて、低い声で言う。
「鋼のお姫さまの居場所は?」
『今電話番号を言う』
少将の言う電話番号をさらさらと書きとめて、ハボックは力強く頷いて、電話を置いた。
「何か…あったの?」
「リザ。鋼のお姫様が立つ前、アレクの姫様とヒューズ大佐と、それから少将の4人でいろいろと話し合いをしてただろ?」
「ええ」
それはホークアイも知っている。それがどうやら、憲兵司令部の誰かを贈収賄の嫌疑によって調査しなくてはならないかもしれないという深刻な事態に陥っていることも。
「それがらみに、あの【南の鷹事件】が出てくるかもしれない」
「え?」
「だから、俺電話するわ。鋼のお姫様に…」
「当たり前でしょ」
そして、休暇を邪魔された妻は、それでも穏やかに微笑むのだった。



濡れた黄金の髪は、まるで絹に織り込まれるような金糸の趣きを得ているのだが、如何せんその主はその美しさに無頓着で、ガシガシとタオルで水分を取っていく。
一度それを見たアレクが苦笑しながら注意したのだが、もちろんエドが聞くはずもなく。とはいえ、
『のばした方が、エドには似合っているからね。切っちゃだめだよ』
という忠告は聞き入れてくれて。唯一の救いは、エドの豊かな黄金の髪が、見た目以上に丈夫でほとんど痛まないことだ。
「だけどな…アレク、そろそろ鬱陶しいんだけどな…」
ぼやいてみても、ここにいない【義妹】が答えを返せるはずもなく。
代わりにドアノックが響いた。
「はい」
エドが開けると、ホテルのボーイが恭しく言った。
「エドワード・エルリック様に、ジャン・ハボック様からお電話です」



「よぉ、待たせたな」
『鋼のお姫様は、やっぱりのんびりしてるな。ま、いいんだけどな。どうだよ、南は』
「悪くはないね。静かで、何より…少将がいないから」
電話の向こうでけらけらと笑って、ハボックが言う。
『なあ、南の鷹事件、調べてるのか?』
「ああ。確か中尉、調査したんだって? アームストロング中佐が教えてくれた」
『…あの事件な〜』



それはいつもと対して変わらない事件のはずだった。
中央司令部の分室が管理する備蓄倉庫に、賊が侵入したという警報が発せられたのはハボックもブレダも知っていた。とはいえ、そんなときに出動するのは憲兵の仕事であって、中央司令部所属の自分たちは、普段と同じように出勤して、普段と同じように仕事をこなしていた。
あの頃、マスタング少将、エド、アレクの3人は北方にかり出されていたし、ヒューズ大佐はまだ昏睡状態から醒めていなかった。時々、アルが挨拶程度に顔を出すくらいで、【マスタング准将】の執務室は、未だかつて無い平穏な日々を送っていたのだが。
一本の電話が静寂を破り。
ホークアイ大尉が、拝命する。
『人出がないから、2人来て欲しいって言ってるわ。備蓄倉庫に立て籠もってるテロリストを説得して欲しいって』
『はあ?』
『そんなの、憲兵の仕事じゃないすか?』
『憲兵司令部は昨日の、市街地はずれで起きた爆発テロの後始末に忙しいって』
あっさりと見送られて、ハボックはがっかりしながら備蓄倉庫に向かった。
北方で戦争が起きている。そのために、アメストリス各地から集められた物資は、一度この備蓄倉庫に集められ、軍用列車に乗せられて北に向かうのだ。どうやら賊は、南から物資を運んできた軍用列車に乗り込んで、倉庫に侵入、中にいた数名の備蓄管理をしていた軍人を人質にとって立て籠もっているようだった。
だが、身分紹介も何も必要なかった。
たった一人で犯行に及んだ男は外に向かって、叫んでいたのだ。
『俺はジェラルド・ドーソン! 戦争ばかりでどれだけの人間を苦しめればいいんだ! いい加減人殺しをやめろ』
『お前のやっているのも、人殺しに近いし、そうなる可能性も高いんだけどな』
ブレダの呟きも、【ジェラルド・ドーソン】と名乗った無精ひげの男には届かなかったようで。
『俺は南の鷹だ、南の鷹になった! そして、この国を正しい方向に導くんだ。鷹の導きで進むべき道は一つなんだ!』
叫ぶ男の目を、ハボックは覚えている。
主義主張を訴えるテロリストを、ハボックは何度となく見た。大抵は自分の言葉に酔っている。陶酔しきって、そんなときこそ油断が生まれ、取り押さえるには一番で、説得役に渡される軍のマニュアルには、主義主張を好きなだけさせて、隙を作るべしと書いてある。
あるいは主義主張をすることで、一層集中力を増し、取り押さえにくくなるのがごく少数。
だが男の目はどちらでもなかった。
まるで死んだ魚の目のような。
濁ったようなその目は、どこを見ているのかうつろで。
なのに、正義だ自由だと、声高に叫ぶその矛盾を、ハボックは克明に覚えている。
やがてジェラルド・ドーソンは人質を解放した直後、自分の体に巻きつけた爆弾に点火、爆死した。
それがジェラルド・ドーソンが起こした、【南の鷹事件】の顛末だった。
だが、ハボックが覚えているのはもう一つある。
『は? だって、そんなものもないんすか?』
『あるのはあるが、閲覧禁止になっている』
そっけなく突っぱねられて、ハボックとブレダは困惑した。
事件後、司令部に提出する報告書を書くために、ジェラルド・ドーソンの書類閲覧を、憲兵司令部に請求したが、そのことごとくが『閲覧禁止』になっていたんだ。このままでは報告書もかけないと、泣きついた二人にこっそりと資料閲覧室の女性軍人がお情けで見せてくれたのは、ジェラルド・ドーソンの死亡診断書。とはいえ、爆死で、木っ端微塵だったから死亡もなにもないのだが。
『この事件、うちはちょっと隠したいみたいなの。だから、これだけにしてね』
「ずいぶん、憲兵司令部が徹底したんだな」
『ああ。鋼のお姫様、どうするよ?』
「…中尉?」
『うあ?』
「…今度、お姫さまって言ったら、帰ってからぶっ飛ばす」
『…じゃあ、大佐』
「よろしい」
エドが自分が名づけた呼び名が気に入らなかったことをいまさら気付いて、ハボックは苦笑する。
『まあ、そんな感じっすけどね』
あんまり参考にならなかったすか?
聞くハボックの声に、エドは苦笑で返す。
「いや、十分。これくらい聞けたら、満足だね。材料はそろったから」
『あのさ、大佐…なんかやるんでしょ? 少将も、俺たちに黙ってるけど』
少将が黙っているのは、何かしらの害が部下たちに降りかかることを恐れているから。
一歩踏み間違えれば、奈落の底に落ちるかもしれないから。
「…いずれ、話す」



パタン。
勢いよく、書籍を閉じて。
アレクは盛大なため息をつく。
背中同士でもたれていたアルが声に出さずに笑っているのが、背中を伝って振動で分かる。
「なに?」
「いや、落ち着かないなぁって」
「…仕方ないでしょ」
アレクは、ゆっくりと立ち上がって、もう一つため息を吐く。
「どうやったって、おちつけないんだから」
「アレクってさ…仕事中毒なところあるよね」
アルも立ち上がり、むくれているアレクを背中から抱きしめる。
「少し、立ち止まってもいいんじゃない? 姉さんだって、少将だって、ヒューズ大佐だっているんだから。自分じゃなきゃ世界が回らないなんて、思っちゃだめだよ」
「ん…」
分かっている。
アルの言うことは、正しい。
だけど、もう身に沁み込んでしまった。
アレクは、自分の居場所を探していた。
『俺は上に行く。上に行って、大総統になる。そして、私なりのやり方で、戦争を終わらせる』
憔悴しきっていた、ロイ・マスタングが告げた誓約。
その場にいた14歳のアレクは、決めたのだ。自分も国家錬金術師に、軍人になってロイを助けようと。
ロイに、マースに止められながらも決めた未来を胸にしまい込んで、アレクは大佐の地位まで上り詰めてきたのだ。
軍が、自分の居場所。
そう思っていた。
だけど、それは少し思い過ごしのようで、アルの隣が自分の居場所だと気付いた今でも、【仕事中毒】は抜けなくて。
「アレク」
「ん?」
アルがアレクを抱きしめたまま、囁く。
「名前」
「え?」
「子どもの名前、考えようと思うんだけど…どんな名前がいい?」
「名前?」
そうだ。名前を考えなくてはいけないのだが…アレクは困ったように背後のアルに言う。
「全然、思い浮かばないんだけど…」
「ああ、僕もそうなんだよ。せめて性別でも判ればいいんだけどね」
アルの手がそっとアレクの腹部に触れる。まだ16週に入ったばかりで、ほとんどふくらみは感じない。
「まだ、だよね」
「あたりまえでしょ。あと…4ヶ月以上は出てこないわよ」
「4ヶ月か…」
4ヶ月出てこないのではなく、アルにとっては父親になるまで、4ヶ月しかないのだ。
「男の子かな、女の子かな?」
「う〜ん…ハフレード少尉が、面白いこと教えてくれたの。母親の顔がきつくなったら男で、柔らかくなったら女の子だって」
「うわ、迷信っぽいね」
いつものアルの口調になったことに安堵して、アレクは肩越しに言う。
「ね」
「ん?」
「あたしたち、ちゃんとお父さんお母さん、できるかな」
「言ったでしょ」
アルがゆっくりとアレクの腹部を撫でながら言った。
僕らは、親になるんじゃない。
子どもに、親として育ててもらうんだって。
そうね。
きっと、大丈夫。



ホテルでさっぱりとして、軍病院に寄り、司令部に顔を出したのは、既に夜だった。
「おっと、やってますねぇ」
「大佐ぁ〜」
フュリー准尉と、ミンツ中尉が深く溜息を吐きながらエドに泣きつく。
「これ、なんとかして下さいよ〜」
「ダメ。これの処理の為に2人に来てもらってるんだから、仕事して」
「ええええぇぇ…」
泣いて見せても、2人の上司は容赦なかった。黄金の双眸に強い意志を見せて、2人を指差し。
「差し入れ買ってきたから、それで力つけて、一踏ん張り!」
中佐が差し入れのデリバリーの食事を離れたテーブルに並べながら、准尉に言う。
「これを渡しておく」
「?」
抜いたわけではないけれど、こっそりと書類の山から中佐が引き抜いて、それを携えてエドと2人、軍病院に行ってきたのだ。
サンク・アスールー総合病院の出して来たカルテに矛盾がないのか、確認するために。



『すごい、投薬量ですね…』
エドの再度の訪問も軍医はいやがらず、というよりむしろ喜んで迎え入れ、エドが手渡したカルテを目を通しながら呟いた。
それはエドにも予想のついていた答えだったので、聞き返す。
『ゴルドリンの量だけ見ても?』
『少し、というよりかなりの量です。この記述で全てなら、それだけでも精神異常を来すほどの投薬量といえるでしょう…』
軍医の言葉にエドは嘆息して、帰ってきたのだった。
「ま、出来るだけ俺もつきあうけどな…」
「よかった! じゃあ、大佐の分です」
准尉が積み上げた書類の山に、エドは深い溜息をつきながら格闘することになった。



電話が鳴った。
男は無造作にそれを取り、耳元に当てると密やかな声が流れ込んだ。男はしばらくの間沈黙し、
「…そうか」
密やかな声は、まるで泣いているようで。とぎれとぎれに聞こえてくる声に、初老の男は言う。
「そうではないよ、ミレニア。何かの手違いだったのだ。彼は…ジェラルドは、私たちを裏切ったのだ。だから君が気にかけることではない」
慰めてはいるが、男の口元には奇妙な笑いが浮かんでいた。
「いいかい。我々がしていることは、軍部の抑制なんだ。軍部の抑制は、多くの命を救う。そして…多くの人のためになるんだよ」
すすり泣くような声に、男は穏やかに対処して、受話器を置いた。
そして、声高く笑う。
「はっ! 人のため、か! 笑わせる」
だが男は不意に考え込む。
ミレニアが知らせたのは、そんな感情的な、抽象的な情報だけでなく。
男は、先ほど置いた受話器をもう一度持つ。
しばらく待つと、相手が出た。
「私です。ええ…実はちょっとした問題が生じまして…実は軍法会議所と南方司令部が勘づいたようで」
受話器からは先ほどの密やかな声とは違い、怒鳴り散らす聞き苦しい声に、だが男は表情も変えず聞き続け。
「少し抑えていただきたいのです。そうです…ええ、注意すべき点が多々あります」
受話器を置いて、男は溜息をつく。
了承は得た。
これで、電話の相手が動くだろう。
だが、動くことで問題が解決されるかといえば、おそらくそうではないだろう。それならば、これで男の思惑も、達成される。
「…そろそろ、潮時か…」
男は満足そうな笑みを浮かべて立ち上がった。



コンコン。
ドアをノックする補佐官が、
「マスタング少将がおいでです」
と声をかけると、聞き慣れたマッキンリー大総統の声が返ってきて補佐官は静かにドアを開け、少将を促した。
促されるまま大総統執務室に入り、少将は敬礼する。
「ロイ・マスタング少将、参りました」
「うむ。まあ、ゆっくりしたまえ」
ゆっくりと言っても、寛いでいいわけではない。敬礼から直立を許しただけなのだ。少将はそう判断して両手を後ろで組んだ。
マスタング少将、大総統府まで出頭するようにと連絡が入ったのは、昼だった。
エドからの連絡、ハボックへの連絡が昨日の話だ。どうやら早くも動きがあったようだ。
少将は心して、出頭したのだが。
「えっと、少将。コーヒーと紅茶、どっちがいいかね?」
「は? では、コーヒーを」
「そうか。では…マカと、キリマンジャロ、どちらがいいかね? ああ、ブレンドしてもよいが、好みの比率を教えてくれ」
正直、呼び出しを聞いた時、何か問題が起きたのかと、強い決意を秘めて大総統府まで来たのに、少将の言うがままに楽しそうにコーヒーのブレンドを調整している大総統に、同じようにコーヒーを嗜みながらそれぞれの孫の【写真集】を広げている副総統たち。
一体、これはなんなのだ。
言葉を失っている少将に、大総統がコーヒーを差し出す。
「さあ。少しキリマンジャロを増やしてみたよ」
「はあ…」
誘われるまま、ソファに座って。
井戸端会議を繰り広げている副総統たちをそのままにして、大総統がゆったりと言う。
「昨日ね。妙な話が耳に入ってね。マスタング少将、君が国家転覆を企んでいるというんだよ」
「…なんですか、それは」
コーヒーをすすって、大総統はその表情から想像できない言葉を発する。
「南方に大佐を送るきっかけ、つまりセリム・ブラッドレイの偽者を仕立てて、南方を混乱させて軍資を内通させて…だったかな」
「それは、いいがかりです」
低い少将の声に、大総統はにっかりと笑ってみせて。
「わかっているさ。君がそういう小細工を嫌うタイプで、エルリック大佐がそんなに器用なことはできないってことも…ね」
既に白いものが混じり始めた髪を、大総統は軽く触れて、
「さて。君としては、この告発が誰からのものか知りたいだろうね?」
「…私の予想では、ジリード中将…ではないでしょうか?」
「ほお? その根拠は?」
いつの間にか離れた場所で井戸端会議をしていた副総統3人が大総統の背後に立って、少将の話を聞いている。
「実はジリード中将と製薬会社の癒着が考えられます。国家錬金術師機関長のミュラー大佐が国家錬金術師機関内部を調査していて判明しました」
「ふむ…」
「実はセリム・ブラッドレイ氏の調査をしていて、奇妙な事実も判明していまして…断言は出来ませんがジリード中将と癒着している製薬会社との関連性が見られます」
「おお、そういえば」
マッキンリー大総統は思い出したように、
「エルリック大佐はセリム・ブラッドレイに会ったのかね?」
「はい、そのように聞いています。おそらく本人ではないかとのことです」
今朝早く電話をかけてきたのは【お目付】のフュリーで。2人で取り決めてあった暗号で、状況報告を交わした。エドはこんな暗号会話を苦手だ。だが、もともと通信を専門とするフュリーは得意なので、すらすらと状況報告をしてくれた。おかげでエドがセリム・ブラッドレイにあったこと、メディケム・フォーレンのこと、マイオニー中佐のことを知った。
「ふむ…そうかね……ジリード中将の件だが、彼が君を告発したことはしばらくの間伏せておこうと思ってな。それを君に伝えたかったのだ。それに、彼は少し軍の規律を無視しすぎる衒いがある」
「はあ」
「それから、もしそんな中将にセリム・ブラッドレイが付いており、加えて何かをしようという企みがあるならば…我々も考え、処断を下さなくてはならなくなるな…」



「失礼しました」
少将が声をかけて、ドアを閉めた。補佐官に一礼して、補佐官が開けてくれた扉を開き、廊下に出た。
少将の軍靴の音は、来る時よりも高く、力強かった。
小さく、「たぬきじじい」という悪態だけが聞こえたけれど。



「勿体ない、気がするがな」
孫の写真集をほほえましく見つめていた副総統が声をあげる。マッキンリー大総統は苦笑する。
「だが、万が一ジリード中将とつながっているならば、何をしでかすか判ったものではない。ならば、喩えキング・ブラッドレイの息子でも…サイード・バウアーの孫であっても、消した方がいいだろう。それが、我々のためだろう?」



それは、異例の出世だった。
45歳にして軍の頂点に上り詰めるには、相応の才覚がなければならず。
キング・ブラッドレイの才能は、唯一無二にして不世出。誰もが認めていた。
そして誰もが瓊玉を送ったものだった。
だがその裏で、画策する者がいたのも事実で。
清けし日、大総統就任式で暗殺は企てられ。
誰もが名スナイパーと称えた、サイード・バウアー中佐の一発の銃弾で、全てが動いた。
軍部の一斉制圧、バウアー中佐が妻子を人質にとられて行った事実、そして妻は既に無く、残されたのはたった一人の娘。
『マッキンリー中将。私は…セリム・バウアーを養子にしようと思っていてね』
あの日、暗殺事件で独眼を喪ったブラッドレイ大総統は笑顔で言った。その独眼を奪った者の血を引くものを、自分の養子にすると。
それが、バウアー家の幸せを奪った、ささやかな償いであり。
忙しさ故に、真の家族を与えてやれなかった、妻サキヤへの償いだと。
アメストリスを軍国主義国家に変え、最高権力者として君臨した男は、それでもささやかな償いを、自分のためにしたかったのかもしれない。
だが…その償いを、次代の者が引き継ぐことはない。
ブラッドレイ大総統の償いは、個人的なもの。
国に、軍部に徒なすのならば、排除しなくてはならない。
『なあ、そうだろう…ブラッドレイ。否とはいわせんよ…お前さんの償いは、お前さんで終わるのだからな』



「ファルマン、軍法会議所と国家錬金術師機関に電話だ。アレク…ミュラー大佐とヒューズ大佐を呼んでこい」
「はい」
扉を蹴るように開けた少将は、執務室にどっかりと座り込み、ホークアイに用意されていた書類に猛烈な勢いでサインをしていく。
「何かあったんですか? 大総統府からの呼び出しって」
「ジリード中将が私を告発したようだな。反撃する。そのためには時間を食うだろうから、2人が来るまでの間、書類の整理をする」
「…いつもこの調子だとありがたいんですけど」
ホークアイの言葉は、少将には届かない。
2時間後。
電話より先に執務室に向かってきていたアレクと、毎日のように自分の軍法会議所内にある執務室ではなく少将の執務室で書類整理をしているヒューズが顔を出して。
「いいか。ジリード中将が私を告発した話は聞いたと思うが…こうなったら、ジリード中将、メディケム・フォーレン、それから南方司令部を一気に叩く。こちらで調査できるのはなんだ?」
「ジリード中将よりも、メディケム・フォーレンだよね。どうやら資金調達だけにジリード中将は動いていた節があるから」
「中央で判ることはたかがしれてる。おそらく鍵は南方に埋もれてるよ」
穏やかにヒューズが告げて。
アレクがゆっくりとうなずき、
少将は遠くの婚約者に思いを馳せた。



←Back/ Top/ Next→