比翼連理 2






フェリックスが生まれたのは、2年前。
もともと大雑把なエドワードは、自分が妊娠していることに気づくことが遅く。
結果、悪阻を【ひどい二日酔い】と勘違いして、アレクに相談して、妊娠が発覚した。
そのとき、既に5ヶ月。
弟夫婦には既に双子が生まれていて、エドの助けにずいぶんなった。
そうでなければ、たった3ヶ月足らずで出産の準備など、未経験者は何一つできなかったと、エドは弟夫婦、アルフォンスとアレクサンドライトに感謝しているのだ。
感謝ついでに。
司令部内にある託児所に、朝フェリックスを預けるときに大抵、保育士に聞かれるのだ。
「今日は、どなたがお迎えですか?」
「多分、双子と一緒になると思うから」
同じ託児所に、エルリック家の双子、テオジュールとレオゼルドもアルかアレクに連れられてくる。だが、エドやアレク、もちろん少将に至るまでお迎えに行ける時間には帰宅できないことがおおいので、必然的に双子とフェリックスをアルフォンスがお迎えして、エルリック家で夕食までご馳走になって、エドは熟睡しているフェリックスを抱きかかえて帰る、というパターンがここ1年の生活なんだが。
「今日は、エルリック家の双子ちゃんはお休みですよ」
初老の保育士がフェリックスの『抱っこ〜』につきあいながら、エドに言う。エドは一瞬中空を眺めたけれど、
「わかりました。じゃあ、定時上がり目指します」
おそらくは母トリシャより少し年上だろう、保育士が穏やかに微笑みながらフェリックスと一緒に見送ってくれるのを感じながら、エドは気合いを入れる。
「おっし、何が何でも定時上がりだ!」



8月半ばの密室は、信じられないほど暑い。
少将はごろごろとベッドの上で転がっていたけれども、とても眠っていられないと判断して、起きあがった。
「暑い!」
時計を見れば、昼過ぎで。
少し腹が空腹を訴えていたので、仕方なく起きあがる。
『昼飯、作ってあるから食えよ』
息子に隠れて、行ってきますのキスをしてくれた妻がドタバタと出迎えの軍用車に乗り込みながら叫んだせりふを思い出して、少将はキッチンを覗くと、冷蔵庫の中に【昼飯用】と書かれたサンドイッチを見つけて、思わず微笑んだ。
さて、【愛妻弁当】を食そうとした時だった。
呼び鈴が、鳴る。
そして続いた声に、少将は苦笑しながら立ち上がった。
玄関を開けると、真っ先に銀色の髪が飛び込む。
そしてそれより遙かに小さい、黄金の髪が二つ。
「ふわ〜、突然降り出すんだもん。びっくりしたね?」
「びっくり!」
「れおも、びっくりだよ」
にぎやかな三重奏に、少将は一つため息を落として、
「シャワーでも浴びてこい」
「うん、おじゃまする。二人とも、シャワー浴びてらっしゃい」
元気のいい返事に、アレクは思わず微笑んだ。そしてタオルを差し出す【義兄】を見て。
「お帰り。ラフォーヌはどうだった?」
「ああ。しっかりとしたオアシス都市だ。このままクセルクセス鉄道がうまく機能すれば、順調に中継都市として成長できるだろう」
勝手知ったる【姉夫婦】の家だ。アレクは、脱衣所で脱ぎ散らかされた双子の服をタオルで拭いて。
「ロイ、乾かして?」
「……私は乾燥機か」
「冗談ですって」
毎日のように【マスタング夫人】と【エルリック夫人】は行き来している。もちろん、ロイとアレクはそれ以前からのつきあいだからその雰囲気を察してか、双子も我が家のように走り回る。アレクが叫んだ。
「ほら、二人とも書庫に行っておいで」
「はぁ〜い」
まもなく4歳になる双子は、その髪は父親の黄金を、その眸は母の濃紺を、何より両親から錬金術に対する探求心を受け継いだようで二人でいつまでも書庫でごそごそと本を漁っている。内容がわかっているのかと聞く少将に、双子はあっけらかんと、
「なんとなく」
「…なんとなくか」
だが、幼いアレクも同じように応えたし、エルリック姉弟も自分たちもそうだったと言っていた。
錬金術の理解とは、あるいは血脈に刷り込まれているのかもしれない。
本に向かう双子の背中を見つめて、少将はそう思ったことだった。
「聞いたよ。不可侵条約、向こうが言い出したの?」
アレクがコーヒーを淹れて、少将にも差し出す。少将はサンドイッチをほおばりながら、
「突然親書を渡されてな。大総統に相談すれば、受けてもいいって話だったからな」
「フォーレン事件で引っ張られるね〜」
にやにやと笑う妹を、白い目で見ながら。
「元はといえば」
「だけど、いいきっかけになったじゃない。だって、本来なら少将クラスが全権大使で行くことなんてあり得ないもの。喩え、嫌がらせしたい人たちが行かせたいって願っても、仮にも全権大使だからね」
「……」
抗議の言葉を途中で飲み込まされて気分の悪い少将だったが、アレクの言葉もその通りなのだ。
「それにね、今度の不可侵条約の調印式、中央でやるんでしょ? 今日聞いた話だけど、どうも皇太子が出てくるみたいだよ」
「は?」
「だから、皇帝の総領息子」
アレクの言いたい言葉はわかるのだが…。
「皇太子、が来るのか…もしかして皇女二人の留学というのは」
「あのさ〜、ロイ?」
リビングテーブルの向こうで、アレクはタオルで髪の水分を取りながら、
「シンのシステム、わかってる?」
「どういう意味だ」
「シンはね、専制君主国家だけど、多民族集合国家でしょ。皇太子の名前は…えっと確か、リン・ヤオ。留学する皇女はメイ・チャンと。ミーファ・カン。付き添いって言ったって、出身部族が違うんだから、どちらかと言えば追い落としたい敵、だと思うよ」
「…確かにな」
「あるいは…追われたか」
不穏当なアレクの言葉に、ロイは目を細める。
「なに?」
「だから、皇太子ってことはいずれ皇帝になることが決まっているんでしょ。でも、自分が皇太子になりたくって、リン・ヤオ皇太子の失脚、あるいは…暗殺をねらうなら、国の外に出てくれている方がやりやすいでしょうね。そうなると…」
「警備を、厳重にする必要があるな」
「多分、警備担当責任者、ロイになるからね」
思いもしなかったアレクの言葉に、ロイはサンドイッチにむせ込んだ。
「な!」
「昨日、書類出しに行ったら、大総統がね。これは嫌がらせになるのかなぁ〜?」



「ああ、それなら俺も聞いた」
定時であがったエドが、フェリックスとともに帰宅してみると、夕食の準備は少将によって整えられていて、フェリックスは久しぶりの家族三人での食事を楽しんでいるようだが、夫婦の会話は仕事の話になった。
「……まったく、上のやらかすことは」
「いいじゃん、出世のきっかけだと思えばいいじゃんか」
「エド、ずいぶんあっさりと言ってくれるな」
少しすねてしまった夫に、エドは肩を竦めて、
「あのさ。俺も忙しいわけ。その不可侵条約で皇太子ご一行が来るなら、お決まりのテロなんてあっちゃあまずいから、あと2ヶ月、テロ撲滅キャンペーン…らしいぞ」
「撲滅」
少将は呆気にとられる。アメストリスが軍政国家になって40年、テロが起きない一日があったとしても、テロが起きない一週間はないと言われるほど、軍への反発が内包している国なのだ。撲滅など、不可能だ。
「そんなこと、上もわかってるよ。少なくとも皇太子ご一行が来ている間だけでも鳴りを潜めて欲しいんだろうよ」
テロのコントロールなんてする前に、テロなんて起こさなくてすむようにすればいいのにさ。
妻の言葉は、あまりにも正論で。
少将には返す言葉がなかった。



汽笛が出発を告げていた。
ジエン・チャンは、妹の頭を撫でる。
「元気で。幸せになりなさい」
「兄上」
メイ・チャンはその大きな黒曜石の双眸に涙をためて、震える声で言う。
「お元気で」
深々と頭を下げられて、ジエンは小さく頷いて、メイの向こうの座席に座っているリンに声をかけた。
「頼む」
「……わかった」
細い目で見つめているのは、美貌の異母弟とその傍らに立つ初老の男。チャン家の者を装っているが、リンにとっては見慣れた顔。
初老の男、フーはリンの背後を見遣る。
侍女の服装で静かに立つ、孫娘にフーは静かに頭を下げた。
リンさまを、頼む。
息災で。
無言は、多くを語る。
ランファンも小さく頷いた。
違う車窓から、覗き込む視線をリンは感じていたけれど、あえて無視する。だが列車の中から声をかけられて、仕方なく応えた。
「リン。兄上がお話があるそうだけど」
「なんだ」
「……私が聞いてくるわよ」
拒絶に、少女はため息混じりにリーティンの元に走る。幾つか交わされた言葉を、少女はリンに伝える。
「息災に、任務を果たして帰られることを祈念すると」
「承った」
たったそれだけの返事。
リーティンには聞こえていたようで、父親譲りの細目を一層細めて、リーティンは一度少女を見遣って、姿を消した。少女が小さくため息をついて、今にも泣き出しそうなメイの隣に座った。
「全く、愛想も何もないったら」
「……」
「ああ、ここも湿っぽいたら」
「ミーファ。リーティンを呼んでこようか?」
車外のジエンの言葉に、だがミーファ・カンは鼻で笑う。
「もう帰ったわよ。どうせ兄上は、私よりももっと大事なことがあるんでしょうよ」
「そうか」
「ジエン。これ以上メイを泣かしてこの列車を涙の池にしたいんだったらいてもいいけど?」
ミーファの言葉を追うように、汽笛が一層高くなった。
ジエンは列車から一歩離れる。と同時に、ガタンと列車が揺れて、動き始めた。
「メイ」
「兄上!」
急に車窓から乗り出す異母妹を、いつの間にか立ち上がったリンがとどめる。
「残りたいなら別だ」
「リン…」
「ジエンの気持ちを無駄にするか?」
「……しない」
一瞬の躊躇いのあとの言葉は、力強く。
実年齢よりも遙かに幼く見える少女の、あるいは少女の兄から託された思いの強さにリンは、感心しながら少しずつ離れていくジエンの姿をメイとともに見つめていた。
穏やかに微笑みながら、手を振る優しい姿に。



アメストリス暦1924年10月6日。
国家錬金術師機関長の執務室に現れたのは、マース・ヒューズ大佐。
あまり見たことのない軍礼服に身を包み、手袋の具合を確かめながら入ってきて、声を上げた。
「おい、おはようさん」
返された返事はアレクの部下たちのもので。執務机にはこの部屋の主の姿はなかった。
「お? ここの主はどうした?」
「それがですねぇ……」
3年前のフォーレン事件における功績と、アレクのたっての願いで南方司令部からアレクの直属に配置換えになったミンツ中尉が、ヒューズにかぐわしい香りのコーヒーを差し出しながら、
「久しぶりの軍礼服なので、大佐、よりによってサーベル忘れたんですよ」
「こいつ?」
がちゃりと音を立てさせて、ヒューズが指さす先にあるのは、軍礼服には欠かせないサーベル。
「なんでこんなもの忘れるんだよ」
「えっとミュラー大佐曰く、クローゼットだと双子が探し出すから危ないって」
「ああ、そういうことか」
その危険性をアレクに教えたのは、確かに自分だ。
昔、小さなエリシアが軍礼服を引っ張り出した時は、心臓が止まりそうになったとグレイシアが言っていた。軍礼服にはサーベルがついているものだから。サーベルも単なる飾り物ではなく、ちゃんと仕える実用性の高いものが支給されており、先の大総統のように実践で使用することもできるのだ。
ぱたぱたと足音がして、アレクが息を切らせながら扉を開ける。
「ごめん、あ〜やっぱりマースが早かったか」
「おいアレク、俺の言った通りにサーベル別にしといたのか」
「うん。だってこの前は銃を引っ張り出して、アルに向けてたらしいよ。ま、二人とも使わないから実弾いれてなくてよかったけどね」
あっさりと言いながら、アレクは残っていた書類にサインをしてシェルスター准尉に渡した。
あまりのことに、ヒューズは一瞬呆気にとられるが。
「……大変だな、お前の家も」
「うん、そうだね」
あっさりと応えられては、返事のしようがなかった。



中央駅の外れにあるプラットフォームは、ほかのプラットフォームよりも幾分大きかった。
それはかつてクセルクセス鉄道専用のプラットフォームとして使用されていたが、クセルクセス砂漠の拡大で鉄道が砂に埋もれて以降、貨車列車の荷下ろし場として使用されてきたが、クセルクセス鉄道再開が決定とともに改装されている。
今日、シンの皇都アンティンからクセルクセス鉄道を東から西まで全て使用した特急列車が入るのだ。その一番列車に不可侵条約の調印式に出席する皇族が乗っているとあって、新聞記者がわらわらとカメラを抱えて待ちかまえていたが、それ以上に多かったのが青の軍服姿だった。
「やはりスケジュール通りには着かないね」
「無理ですよ。閣下、今日まで予定通りのスケジュールで通過駅を通っていること自体が驚きなんですから」
補佐官の応えに笑ってみせて、マッキンリー大総統は辺りを見回した。
「ふむ、今回は少なめにと言っておいたのに、ずいぶん多いな」
「大将2名、中将4名、少将5名、大佐4名です。それ以外は警備の者ですね」
補佐官の言葉に、しばらく考え込むマッキンリー大総統だったがポンと手を打って、
「そうか、じゃあ私は帰るよ」
「え、ちょっと大総統!」
「ご一行をホテルに送り届けたら、私に連絡したまえ。挨拶に行くからね」
ちょっとした騒動はあったものの、クセルクセス鉄道の一番列車がプラットフォームに滑り込んだ時には、とにもかくにも準備も整い、遅刻寸前でアレクとヒューズも列に並んだ。
「あれ…大総統がいないね?」
「…さっき、出迎えの人数が多すぎるって帰ってしまったよ」
知り合いの広域司令部所属の大佐が苦笑しながら教えてくれた。アレクは頷いてみせるけれど、首をかしげる。
「なんで?」
「大総統のすることは、時々わからんからな…」
ヒューズが呟くが、アレクは首をかしげたまま、
「多分、だけど何となくわかるけど…まあ、いいや。今は関係ないから」
「おい」
思わずつっこみたくなったけれど、敬礼の声がかかってアレクとヒューズは慌てて背筋を伸ばし、敬礼する。
アレクは敬礼のまま、視線を動かす。
列車の出入り口付近には赤絨毯が敷かれているから、そこから皇族が姿を見せるのだろう。その脇に副総統が2人、そしてマスタング少将が立っているのを見て、アレクは思わず目を細めた。だがそれだけで今度はエドの姿を探す。
いた。
広域司令部最高司令官の背後で、目だけをきょろきょろと動かして、アレクと視線が合うとにやりと笑っている。
口元が動いた。アレクはすぐに読み取って、敬礼のまま小さな声ですぐ横に立つ、ヒューズに問う。
「マース」
「お?」
「いつの間に、エドにサーベルの話したわけ?」
「…まあ、おもしろいから」
「……あとで竜巻、お見舞いしてあげるから」
そのときフラッシュが一斉に焚かれた。アレクはできるだけ敬礼の視線を保ったまま、視界の隅で列車の出入り口を降りてくる何者かを見る。
その姿は、2ヶ月前、少将がラフォーヌで行ったクセルクセス鉄道開通調印式で少将とともに写真に笑顔で収まっていた男だった。
確か、名前は……。
「マストング少将、お久しぶりでス」
「マスタングですが、お久しぶりです。ゴオ枢弼」
通訳の間違いを指摘しながら少将は思わず握手の手をさしのべようとして、軽く頭を下げているゴオ枢弼に合わせて頭を下げた。
「さっそくですが、ご紹介します」
ゴオ枢弼が出入り口に向かって声をかけると、一人の青年がゆったりと姿を現す。
背丈は少将より少し高いだろうか。細い目は漆黒の色、長くのばされ金銀を織り込んでいる組紐で結わえられた髪も漆黒。まとう服装は黒に銀糸で刺繍が施され、嫌みのない豪華さを見せていた。
ゴオ枢弼は青年に向かって一礼して、通訳に何事かを囁いた。
「シン国の次代の龍にあらせられる、リン・ヤオ皇太子閣下でス」
少将は予想できていたので、動揺することなく軽く頭を下げて、自分の背後にいた副総統を紹介する。
鷹揚に聞いていた様子の青年は副総統の挨拶を聞いて、応えた。
「よろしく頼ム」
かえってきたアメストリス語に、副総統二人は顔を見合わせる。リン・ヤオ皇太子は静かに続ける。
「大総統閣下はいらしてないのカナ」
「あ、所用により席を外しましたが…ホテルに伺わせていただくと」
副総統の言葉を待たず、皇太子は歩き始める。副総統二人があたふたとついてくる。その後ろでゴオ数弼が出入り口を指さして、少将に言う。
「あちらがミーファ・カン皇女と、メイ・チャン皇女でス。留学されるのはあのお二人ですので、どうぞよろしク」
ちょうど豪奢な服装の女性が、侍従に手助けされて出入り口の階段を下りてくる途中だった。既に身軽な軽装の少女が赤絨毯の上できょろきょろと辺りを見回している。
「わかりました。ホテルは皇太子閣下とご一緒でよろしいですね? 用意ができましたら、宿舎にお移りいただくことになりますが」
「エエ」
そのとき、不意に少将は先に進んでいるはずの皇太子を見れば、立ち止まっていて。
視線をたどれば、そこにいたのは……。
「エド?」



中央駅で、シンの皇族を出迎えるメンバーに自分がかり出されるのを知ったのは夕べ遅くだった。
少将はラフォーヌの件があるから早めにわかっていて、礼服の準備もすぐに済んだ。そのおかげで自分の礼服もすぐに準備ができたけれど…。
まあ、それはいい。
だが、今の状況はどう説明できるのだろう。
シンの皇族、それも皇太子が自分の前に立って頭の先から足の先まで、ドリルのような視線で突き刺しているのだ。
これは…ケンカを売られている?
エドはこめかみがピキリとなるのを感じながら、何とか無表情を装って皇太子と視線を合わさないようにした。
「……アメストリス人は、いろいろな目の色があるのだナ」
ぼそりと言った皇太子の言葉が、理解できなかった。
「あの、皇太子殿下?」
あたふたとついてくる副総統を完全に無視して、皇太子はエドに問う。
「名前ハ?」
「……」
応えてもよいものか、悩んだ。視線だけで救いを求めるけれど、遠くのアレクだけが眉をひそめてみつめている。だが、おそらくアレクには皇太子が何を問うているのか、聞こえないのだろう。仕方なく、エドは自分の判断で応えた。
「エドワード・エルリック、大佐であります」
「…黄金の髪に黄金の目ってのは、珍しいネ」
そして皇太子はエドの前から去った。副総統に続いてシンの高官、皇女、そして少将がちらりと自分をにらんだのがわかったけれど、エドは目を伏せたまま、やり過ごした。



皇太子一行が姿を消し、新聞記者たちもいなくなってアレクは初めてため息を吐いた。
ヒューズもため息を吐きながら、凝ってしまった肩を撫でる。
「ああ、やっぱりこういう肩の凝ることって、嫌い」
「うん、そうだね」
「しっかし、あの皇太子、アメストリス語ペラペラじゃねえか」
「皇族の中には語学専門の教師がつくことがあるって、レオ爺から聞いたことがあるよ」
「あ」
ヒューズはようやく思い出した。
かつて、アレクの祖父・レオナイトがまだ若かりし頃に、シンの皇都・アンティンで2年、商売をしていたことを。
「そっか、レオ爺が行ったことがあったな」
「うん。だから、あたしもちょびっとだけどシン語習ったよ」
「ふ〜ん…ま、俺たちには縁のない国だよな。シン、か…」
思いを馳せようにも、想像がつかない。
先ほどの皇太子の服装、それに続いた二人の皇女の服装は、明らかにアメストリスのものよりもずっと豪華で。金糸銀糸の刺繍がきらきらと輝いて見えた。
「贅沢な国かな?」
「まあ、一部はね」
それよりアレクには、気になることがあった。
皇太子が足を止め、エドに何か話しかけていた。
エドは何か迷いながら、アレクを見つめていた。
あれは、何だったのだろう。
皇太子直々の誰何に、直接応えてよいものか迷っただけならばよいのだけれど。
そして続いた、少将がエドに向けた怒りを含んだ視線。
何があったのだろう。
気になるけれども、少将はもちろん、エドも既に姿を消しており。
アレクは心残りを感じながら、その場を去ることしかできなかった。



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