比翼連理 8






最悪の、気分だった。
どこを見ても、行き止まり。
迷路に迷った挙句、閉じ込められた。
泣きたくても、泣けない。
ただ足だけは、動いていた。
時折すれ違う人々がエドの様子に眉をひそめながら、ぶつからないように道を空けてくれる。それだけがエドにとって救いだった。
だが、思考の螺旋に落ち込んだエドの気持ちは歩けば歩くほど、どんどん追い詰められていて。
フェリックス。
アル。
テオ、レオ。
メイ…。
不意に、脳裏に微笑む母の姿が浮かぶ。
エドはぎりりと歯を噛み締める。口の端を噛んでしまって、ついと赤い筋が口元を彩るけれども、エドは眉をひそめ、うつむいたまま、歩き続ける。
そんなエドの耳に、誰かが呼ぶ声が聞こえる。
遠くに聞こえていたその声は、すぐ近くに接近して、よく知っている声になって手を引いた。
「エド!」
「…ロイ?」
見れば、右手をしっかりと握っているのは自分の夫で、エドは事態を思い出して、うつむいた。だがすぐに顎を引き上げられる。
「どうした、出血している」
ついとふき取られたことで、エドはさっき力いっぱい歯噛みしたことを思い出す。
「あ、さっきの」
「話はアレクから電話で聞いている」
少将は、握っていたエドの手を引き寄せた。少将の腕の中にエドはすっぽりと納まって。
普段だったら、人前で抱きしめられることを何より嫌っているから文句のひとつも言うのに、何も言わずに、代わりに小さな嗚咽が聞こえてきて。
「ロイぃ…」
「…大丈夫だ、フェルなら」
「俺、なんにも、なん…にもできない…」
「ああ。だが、アルも一緒だ。メイ皇女も。彼女だって、錬丹術師なんだろう?」
「俺、なにしたんだろ…腹立てて、皇太子のところに飛び込んで…それしかしてない。それしかできてない…」
ついぞ、いや知り合って以降、数度しか聞いたことのない、エドの泣き言だった。
子供、だからと言い訳したくない。
だからといって、大人のように清濁共に飲み干すことはできないと、足掻いていたのは遥か東方で降る雨の中。
それよりも、二人の目の前につきつけられた真実は、我が子と、弟と、その子供たちというあまりにも現実味を帯びた選択肢で。
あのころのように、大人の利己を非難し、拒否することなどできないほどの、峻烈さでエドの前に立ち塞がり、エドは立ち尽くすこともできずに、リンという関係者を自分が立ち塞がる壁から逃れたいがために、巻き込んだ。
そのことを、エドは後悔しているのだ。
そして、自分の愚かさを悔いている。
だが、許されなくても【母】ならば、そうするのだろう。
わが子のために、できることをする。
それはしたいことと一致することがなくても、しなくてはいけないときもある。
だけど、皇太子の元に怒りに任せて、走るべきだったのか。
「…わからないよ」
それは、少将にも答えは見出せなかった。
「すまない、エド。それには答えはないんだよ、きっと。だけど…今は」
今は、帰ろう。
フェリックスの帰りを待つことも、大事なのだから。



「ほお?」
『やっぱり、大総統にはお知らせしておいたほうがいいと思いましてな』
憲兵最高司令官である大将からの電話に、マッキンリー大総統は目を細めた。
「内密に、一部が動いていると?」
『どうやら緘口令を引いたようですな。犯人側からの要求だそうで』
エドワード・エルリック大佐が少し前に、ホテルに血相変えて飛び込んだことは、既に報告があった。
何があったのだろうかとは思っていたけれど、事態は思った以上に進んでいるようだった。
いかように処置しようかと問いかける声に、マッキンリー大総統は数瞬考えて、
「少し、様子を見ましょうか」
『…よろしいので?』
「大将におかれては、部下が勝手に動かされてはあまり気分がよろしくないとは思いますが、惜しい命も入っているので」
『アルフォンス・エルリック、ですかな?』
「あれは逸材ですからな」
電話の向こうで苦笑が聞こえたけれど、すぐに大将は応える。
『では、私は知りません、ということで』
「もちろん、私も報告受けておらぬので、なんのことだか」
老獪な年寄りたちの電話は、すぐに切られた。
自分たちに正式に知らされぬことは、知っていたとしてもしらを切りとおせる、『知らないこと』だから。



「え?」
「発作、か?」
二人そろってエルリック家に現れた少将とエドだったが、ヒューズの告げたアレクの状態に思わず目を見張る。
「そんな、俺が出るときはなんともなかったのに」
「むちゃくちゃだ。発作の最中も必死で書いてたらしい」
指し示すリビングのテーブルの上には、みっちりとメモ書きがされた中央市街の地図。
「アレクの知る限りのシン関係者の情報だそうだ。レオ爺からの付き合いの人間からの情報を前々から持ってたみたいだな」
エドは地図に目を走らせる。
「ここは…エドモンド・ダロスの…それから……」
「エド?」
「おい、エド?」
「ロイ、書くもの!」
促されて、ロイは近くにあったアレクの万年筆を差し出す。
エドはカリカリと地図に書き込んでいく。
「なあ、シンの民が今度のことをやらかしたとしても、その人数ってたかがしれてるよな」
「ああ。確かに」
「じゃあ、そこらのゴロツキを使うっていっても、金さえ出せば手伝ってくれる人間って、誰だよ」
少し視線が泳いだ少将は不意に思い出した。
そして、それを口にする。
「……撲滅キャンペーン」
「それだよ」



それは急激に推し進められた。
アメストリスは、軍部主導の国家であり、テロリストが跋扈横行する国だ。
そして降って沸いた、シンの皇太子ご一行訪問。
軍部、特に広域司令部はあわてた。
皇太子ご一行は2週間の滞在中、アメストリス中を視察する。もし、その視察中に【何かあったら】、それは大変な事件になりかねない。
だから、広域司令部は強行する。
国内の主要なテロリスト集団を、何がなんでも皇太子ご一行がアメストリス視察の間だけでも無力化することを。
頭がいなければ、胴体は動かない。
広域司令部は些細な容疑で、所要なテロリストを逮捕した。
今、憲兵指令部にある拘置所は、定員オーバーぎりぎりまでテロリスト、あるいはテロリストの容疑をかけられた人々が収監されているのだ。
だが、集団は体ではない。
胴体は、個別に動く。
残された、理想なきテロリストは、簡単に誘惑に駆られ、時にはチンピラよりも悪に手を染める。
普段であれば一網打尽に抑えるテロリスト捕獲作戦も、その多くを取り逃がしており、エドは何度も司令部の方針に臍をかむ思いをしたのだが。
エドの記憶の中で、いくつものテロリストのアジトが浮かぶ。そのたびにエドはその場所を書き連ねていく。
そのうちのいくつかが、アレクの書き込みと重なった。



夢、だと分かっている。
だって、そこにいるのは今は亡き、セリム・ブラッドレイだから。
アレクはかつてのセリム・ブラッドレイとそれほど親しかったわけではなかった。
だが、特注の車椅子に座って、エドに押してもらいながら幼い口調で話すセリムは、アレクの記憶に残った。
もうほとんど体が動かなくなっても、セリムはエドに強請って、病室から続く広いバルコニーの花畑を見るのを好んだ。見舞いに訪れたアレクも何度かそれに付き合わされた。
『ねえ、きれいだね』
『ああ。すっごくきれいだ』
物事がほとんど分からなくなっても、セリムは花を愛でることだけは忘れなかった。
そして、自分がさまざまなことを忘れていくことを理解していた。
『ぼくは、もうすぐ何もわからなくなります。でも、ひとつだけは忘れない』
『ひとつだけ?』
『うん。きっと、花が大好きだったことだけは。それぐらいは、忘れなくていいよって、誰かが頭の中で言ってくれるから』
強く願えば忘れずに、いられる。
アレクは、願う。
夢の中で。



神様。
もし、本当にいるのなら、私の願いをひとつだけでいい、かなえてください。
私は何を失っていいから。
家族の命だけは、私から奪わないで。
父も、母も、逝ってしまった私から。
富も、地位も、持っていると言われるけれども。
私のこの、胸に空いた空虚という名の穴は、
きっと家族によってしか埋まらないのだから。
どうか。
お願いです。
等価交換、というなら、私の命を投げ出してもいい。
だから。
家族を。
返してください…。
神様。
いるなら、私に返して…。



つつっと、アレクの目じりから伝い落ちる涙に気づいて、エドは眉をひそめる。
アレクの発作については、聞いていた。
幼いころの、母親による虐待が原因だとも。
だがここ何年も発作はなかったはずなのに。
エドはアレクに気づかれないように深く小さくため息を吐いた。
アレクの描いた予想図と、エドの描いた予想図はその多くが重なっていて、アームストロング中佐が内密に頼んで動かしてもらった憲兵を総動員して、探すことになった。
そうなれば、エドには出番はない。
一緒に探すと言い張ったけれど、少将もヒューズもアレクの傍にいてやれの一点張りで。
仕方なく、眠り続けるアレクの隣に座ってはみたけれど、アレクの涙を見れば、なおのこといても立ってもいられなくて。
立ち上がってみたけれど、だが、行き先はなく。
「…どうすれば、いいんだよ」
遠い目をしてみても、答えは見えなくて。
ただ、更けてゆく夜の闇の中で、フェリックスの声がしたようだった。
『ぱぱは? ふぇるはぱぱとねるの。ぱぱはいっぱいおはなし、してくれるから。まま? うん、ままもだいすきだよ』
「大好きだよ…か」
いない。
今。
この時間、いつもなら自分はフェリックスを寝かしつけている時間で。少将がいればそれはいつもは少将の仕事なのだけれども。
今、このとき。
少将の手の中にも、自分の手の中にも、あの愛しき小さな手はなくて。
「くっ……」
零れ落ちる涙を、止めることなどできなくて。
アレクの眠りを覚まさないようにと、エドは声を殺して泣いた。
きっと、父を母を慕って泣いているだろう、わが子を思いながら。
小さな手を守ることすらできない、自分の悔しさを胸の中で押し殺しながら。



「ロイ」
妻の呼びかけに、少将は嘆息しながら首を振った。
エドもため息をつきながら、
「そうだよな…俺とアレクが絞った範囲だけでもかなりの数だから」
「エド、その皇太子の手の者には?」
エドは眉間にしわを寄せながら、
「皇太子に連絡を取った。そしたら、あれは飛礫だからよほどのことがない限り、帰ってこないからこちらから連絡取ったことなどないって」
「……は?」
それほど信頼しているといえばそれまでなのだが。
だが、あまりにも無関心すぎないだろうか。
『あれは、私を守るためにいル。だからどこにいても、私を探し出ス。そういうものダ』
おそらくは受話器の向こうで胸を張っているであろう、異国の皇太子にエドは返す言葉もなく。
ただ何かあったときにヒューズかアームストロング、あるいは少将やエドに連絡が取れることだけは確認しておいた。
『あれは一度会った者を忘れなイ。何より危急の時は、どうすべきであるかを理解していル』
「……そんなものなのか?」
「わからない」
分かるはずもない。
エドは再びのため息をつきながら、キッチンに立つアレクの後姿を見つめていた。
夕べ、昏々と眠り続けたアレクは早朝起き出して、エドや少将から事態の状況を聞くと、ただ黙って朝食の支度を始めたのだ。
パンの焼ける芳しい香りが家中に広がる。
「エド」
「なに?」
「コーヒー? 紅茶?」
「…アールグレイをミルク多めで」
「了解。ロイは?」
「コーヒー。熱くて濃いのを」
少将が答える前にエドが応えて、立ち上がる。
「エド?」
「こうしてても仕方ないだろ。俺はアレクを手伝う。ロイは…ああ、やっぱりホットミルクにするか。ちょっと眠れ」
「は?」
「昨日もそうだけど、その前の日もほとんど寝てないじゃないか」
そういえば、そうだった。
誘拐騒ぎに忘れていたけれど、その前には皇太子襲撃事件があって、総警備責任者であるロイは走り回っていて、ここ数日ほとんど眠れていないのだ。
「だが」
「眠って」
アレクが低い声で言い放って、ロイの前にホットミルクを置いた。そしてエドの前にも。
「二人とも、よ」
「アレク」
「あたしが起きてる。二人とも、昨日は寝ていないでしょ? 何かあったら起こすから」
あたしは寝られたから、大丈夫。
手際よく並べられた朝食を、二人には強制するように食べさせたけれど、アレクは一口も手をつけず。
夕べ書庫で必死で書き込んでいた地図には、エドの書き込みもあり、そのうちのいくつかには既に×印がつけられていた。だが残っているのはまだ相当数であり、それも広範囲に及ぶ。
「食べたら、寝てね」
「…アレクはどうするんだ?」
「大総統府に」
思いもしなかった場所に、少将はパンを握ったまま立ち上がる。
「相手は軍部に知らせるなと言っているのだろう?」
「ええ、そうね。でも、憲兵のごく少数が動いている。なのに、大総統はなんで見逃している? 場合によっては外交問題になりかねないのに」
アレクの言葉の意味を、しかしエドは理解できない。
「アレク」
「大総統は、おそらくこの事態を知っているのよ。あの狸じじい。場合によっては相手とコンタクトをとっている可能性だって否定できない」
「いくらなんでも、それは」
「ええ。可能性、だけの話だけどね」
アレクの濃紺の双眸は冴え冴えと輝く。
「だけど、何があっても不思議じゃないのが、魑魅魍魎蠢く、この軍部じゃないの」
これ以上ないほどの『賛美』の台詞に、さすがのエドも目をむいた。
「おい、アレク」
「わかってる。あたしが物騒なこと言ってるのは。でも、可能性がないとは言い切れないんだったら、あたしはその可能性をひとつでも消したい…みんなのために」
軍人である自分や、エドや、ロイや、マースのためにも。
大総統が、軍上層部が、そんなことで暗躍しているなど、認めたくない。
だが、かつてあったことをアレクは知っている。
覆い隠された真実。
サイード・バウアーによるキング・ブラッドレイ大総統暗殺未遂事件の真実を、アレクは知っていた。
もし、あんな出来事があるとしたら。
だけれども、その目的とする相手は誰なのか。
思い至らない自分が、そんな可能性まで増やそうとしている自分の思考の行き先にアレクは苛立つけれど。
アレクが手近の椅子にかけてあった軍服を羽織るのを、エドも少将も黙って見ていた。
「行って来る」
だが。
アレクをとどめるように鳴ったのは、玄関の呼び鈴で。
アレクは表情を変えないままに、玄関を開けた。
立っていたのは、見知らぬ少女で。
アレクは数回瞬きして、ようやく思い至る。
少女の着ていた服装は、数日前、ホテルの中庭で逃げていく襲撃犯を追いかけていった、黒ずくめのものだったから。
アレクは慎重に、シン語で問いかける。
「…あなた…皇太子の?」
「リンさまガ、こちらへ報告、するように言っタ」
リンやメイよりもずっと拙いけれど、黒髪をメイのようにまとめ、同じ黒い双眸を伏し目がちにしながら少女は呟くように言った。
来客が誰か気になったエドが顔を出し、声を上げる。
「あ、あんた」
「知ってるの? エド」
「皇太子のところであった…えっと、確か名前は…ランフン」
「ランファンダ!」
一瞬激昂しかけて、顔をあげた少女はだがアレクとエドの視線を感じると、再び目を伏せる。
「とにかく、中に入りなさい」
促されて家に入れて、アレクは外をちらりと覗く。
誘拐が発覚して、内密に動いてくれる憲兵たちには自宅への護衛をしたほうがいいといわれたけれど、アレクは断った。
下手な護衛は、相手を刺激しかねない。
アレクも、周りを見知らぬ者に動かれるのは、本当の危機を気づけないかもしれないという思いもあったから。
だが、そんなアレクの背中に拙いアメストリス語が投げられた。
「つけられてはイナイ。向こうハ、ワタシが動いているコトニ、きづいてイナイはずダ」
ちらりと、アレクはランファンと名乗った少女を見やって、苦笑しながら玄関の扉を閉めた。
「…そういうのは、専門職に任せたほうがいいのよね」
と一言呟いて。



リビングテーブルに広げられた地図を見ていたランファンは、数瞬黙りこみ、ひとつの建物を指差す。
「これガ、セントラルで一番高い建物ダナ」
それは国会に隣接する時計塔だ。確かに中央のどこにいても、その時計塔は見えるし、正確に時間を知らせてくれる。
「ええ。それで?」
「ココから…太陽の昇る方角からスコシ…リン様のホテル寄り…この方角になるナ。メイさまの気を感じタ」
一晩中、中央を走り回った。
時折心を澄ませて、錬丹術師であるメイの気を探った。
シンにあっては、あれほどの錬丹術師の気、心を澄ませなくてもまるで太陽のようにどこにあっても感じることが出来たのに、アメストリスにあっては何かが違うのだろう、メイの気を感じることができなかった。その上、敵もメイの気をたどってくるものがいると察しているのか、隠されていたはずなのに。
太陽が昇ってしばらくして、不意にランファンの心が感じた。
メイの、峻烈なまでの純白の気を。
それは錬丹術を使っているというよりも、何か怒りに満ちているような、そんな気だった。
だが、それは一瞬。
すぐに手がかりは切れた。
取り急ぎリンに知らせたのだが、すぐにリンの命でエルリック家に走ったのだ。
「今も隠されたママのようダ。リン様の命にヨリ、メイ様の捜索を続けることにナル。見つければ、花火をアゲル。何かあれば、ここに知らせればヨイカ?」
「…近辺に知り合いを向かわせるから。メイの護衛をしていた二人…といえば、分かる?」
アレクの言葉に、ランファンは僅かに考えて、
「…筋肉ヒゲダルマと、細メガネカ」
「………」
数瞬の沈黙は、アレクも、エドも、そして少将も。
「あ、そうね。そうとも言うわ」
「分かっタ。居場所を確認しながら、動ク」
「よろしく」
そうして、少女は去った。
こんな状況に笑うに笑えないと、3人が互いの顔を見ながら、呟いた。
「筋肉」
「ヒゲ」
「ダルマ…」
それが誰を指す言葉であったかは、あまりにも言いえて妙の名称だった。



「メイ皇女。無茶はやめてくださいヨ」
鼻から口元にかけて、布を巻きつけた男は低い声を挙げた。
「まったク。諦めが悪いのは、ヤオもチャンも同ジのようダナ」
「それがワタシの信条ですカラ」
メイはうずくまった姿勢から無理に顔だけ上げて、男をにらみつける。
きっかけはメイがトイレを要望したこと。誘拐犯たちは特に指摘することもなく、一人の女性をメイにつけた。トイレの中までは入ってこなかったけれど、メイの視界にトイレまでの廊下で見えたもの。
それは少しだけ開いた扉の奥に見えた、無造作に置かれた自分の票だった。
トイレから帰る途中、メイは見張りの女性を突き飛ばして、扉を押し開けたまではよかったのだけれども。
その奥に、驚いた表情を見せる3人の子供たちを見つけて、思わず動きが止まり。
すぐ近くに覆面の男がいたことに気づかずに、羽交い絞めにされた。
そしてまた、監禁されていた場所に放り込まれたのだ。
「オイ、お父さんはおとなしくしてクレヨ」
「……子供たちに、何かあったら許しませんから」
静かな、低い声に男はくぐもった声を返した。
「だから、大人次第ダ」
男が去って、メイは起き上がろうとして肩をおさえる。
左腕が、重い痛みを訴えている。
左手を握って開いてしてみれば、肩に抜ける激痛が走り、メイは小さくため息をつく。アルが静かに聞いた。
「肩かな?」
「たぶん…羽交い絞めにされた時に外れたのかモ…入れるにしてモ」
メイは辺りを見回した。
空気が昼の午睡を伝えているのはなんとなく、トイレでも感じた。
「アルフォンスさん、動かないんですカ?」
メイの疑問に、瞠目していたアルは苦笑する。
手を合わせることも出来ない手枷。
両足には満足に歩くことさえ出来ない長さの鎖がつけられていて、アルは昨日からほとんど一睡もせずに、部屋の隅で考え続けていた。
「うん、動けないから」
メイは思わず、自分のアメストリス語がおかしいのかと思った。
「それに、まだ考えてる」
「考えてル?」「僕が、出来ることを…」



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