Collapsed Family 03






一人のお父さんがいます。
警察の偉い人です。
ある時、政治家にならないかと言われて、なりました。
お父さんには、大きくなった息子と、まだまだ小さい娘がいました。
息子は、お父さんと一緒の警察官になりました。
でも娘は、お父さんの望むようにはならなくて。結婚したいからと家を出て結婚して、子供が産まれたけど、亡くなった。
お父さんはもう立派な大人になった息子よりも、かわいい娘の産んだ孫に、今まで貯めた財産を譲ってやりたいと思った。
「さて、問題なんだけど。この場合、立派な大人になった息子の警察官は、何をすると思う?」
「……財産がいらないならいいけど、いるんだったら、孫が邪魔」
そこまで言って、ようやくマコトは気づいた。
「え? じゃあ、そういうやつがいるってこと?」
「つまり、表沙汰にしたくないんですよね? 朝宮議員は。違います? 横山さん」
ずばり、核心。あたしの言葉に、横山さんは一瞬呆気にとられて、それから深ぁくためいきをついた。
「……知っていたのか?」
「朝宮って聞いた時、気づけば良かった……父親は、警察キャリアなのに清廉潔白で売った人、息子は警察キャリアの典型的なタイプ。親子でこうも違うのかなぁ、と見た時思いましたから」
「……ああ、そうだったな」
ようやく、ようやく横山さんは気づいた。
「なんだ? 知り合いか、瑞穂?」
「あたしじゃなくてね」
記憶を辿りながら、
「えーと、確か朝宮警視正は……」
「そうだよ。公安に長い間いたからね」



結局、あたしの推理は当たってた。
横山さんの説明によると、こういうこと。
最近病気をして、めっきり弱った朝宮議員、つまり父親の方が、ごくごく身近な人間にお願いした。
近いうちに議員を辞職する。もう、余生を過ごすだけだ。だけど、心残りがある。娘の梨花が残したはずの、孫はどうしているだろう? すこしばかりの財産を譲ってやりたいんだ。
それだけのこと。良くある話……じゃないけど、ない話じゃない。
でも。
『少しばかりの』財産が、『全部の』財産になって、財産が欲しい人間に話が伝わっていたら?
それが欲しい人間には、許せないことかもしれない。
……父親の、ささやかな願いであったとしても。





「確か、朝宮議員は警察学校の校長してた時があったんじゃなかったですっけ? 横山さん」
「……そうだ。その時、ずいぶんお世話になったんだ……だから、朝宮先生から話を聞いた時、どうしても見つけてやりたいと思ったんだが……コロシにまで発展するとは、思わなかったしな」
「殺されたのは、誰なんですか?」
よく考えたら、大事な事を聞いてなかった。
「江上幸恵って、電話の取り次ぎやってたオバチャンだ。パートでやってたらしいけど、詳しいことはわからんらしい。何せ、経営者の高居満が音沙汰なしらしいからな」
不運な、オバチャン。
もし、電話の取り次ぎなんかのパートをしてなかったら、死ぬことはなかったのに。
「吉岡さんは、今回動きたかったらしいが……上からストップかかったらしい」
「え?」
「……そりゃそうでしょ。あたしで公安が絡んでるかもしれないって、わかるくらいだもん。ホンチョーの捜査一課だって気づいてるわよ」
「そういうこっちゃ」
「つーか、おれ、全然話見えないんですけど」
「そうか、見えないか」
「ま、見えなくてもいいこともあるってことで」
「そーゆー片づけ方かい!」





完全に、行き詰まった。
茶々いれる連中はともかく、とにかくどんな奴らよりも先に、朝宮佳奈を探し出さなくちゃいけない。
あるいは、高居満。
考えに考えた……と思う、マコトが最後にとった方法。
「俺、マコト」
『はぁーい、タカシくんでっす』
「……わりぃんだけどさ、ちっと情報くれない?」
やっぱり、キング・タカシに頼ることになった。それって……考えた結果かい?
「一応、みんなに回しておきましった。瑞穂姉さんの書いた、予想図ね」
とタカシがコピーをひらひらしてみせる。マコトは力強く頷いて、目の前で相変わらずパチパチキーボードを叩いている和範くんに、
「和範は、ロリコン・サイトで漁ってくれ。名前はリカ。これが予想図」
とタカシのコピーを取り上げて、和範くんに渡す。眼鏡の奥で和範くんが目を細めた。
「……ボク、ロリコンじゃないよ」
「分かってる、そんなことは」
とはいう、ものの。なんだかうれしそうにパソコンに向かっている和範くんって……。
やっぱり夜中のデニーズ。
カスボナーラ・スパゲッティにソースとマヨネーズを泳げるぐらい放り込んで、幸せそうにマコトは食らいつく。見慣れた光景でも、ウエイトレスは誠に気づかれないように、深ぁい溜息をつく。
「そうだ、瑞穂さんに頼まれてたデータ、落としてきたよ」
と和範くんが、CD−Rが入ったケースを差し出す。
「やった、サンキュ」
「なによ?」
「ちょい待ってね♪」
いつもより大きめのバッグからノートパソコンを引っ張り出す。タカシが目を丸くしている。
「姉さん、パソコンするのね〜」
「でっけぇ荷物だと思ったら、瑞穂も和範の仲間入りか?」
「なにいってんの? マコトだってマック持ってるじゃないのよ」
「あ、そっか」
和範くんのCD-Rを開いてみる。容量目一杯入ってる。
「うわ……」
思わず声を上げると、和範くんがにっこり笑って、
「パソコン、止まらないようにね」
そうなのだ。
容量が大きいプログラムを起こすと、パソコン自体の動作がとてつもなく、トロくさくなることがよくある……でも。
大丈夫。だって、あたしは『アーティスト』。パソコンで絵を描くことだってある。パソコンで容量目一杯の画像ファイルにしちゃうこともあるから、そういう時用に対処してるもん。
順調に動くあたしのノートを見て、和範くんはちょっと残念そうな顔をしたけど、すぐに、
「どう? それでいいんでしょ?」
「そうだね……うん、多分正解」
「なんだよ?」
とマコトがのぞき込んで、
「うわ、俺パス」
すぐに逃げる。
確かに、ちょっと面倒くさくなるのは分かるかも。だって、ずーと、会社の名前が続くだけなんだから。
「なによ、それは?」
「警視正以上の警察官が何人も天下ってる、企業のリスト」
「え?」
なんでそんなことって、マコトの顔に書いてある。
仕方ないから、説明する。
「あのねー、うちらの予想では、朝宮裕一郎さんが朝宮佳奈を探してるって、ことになってるでしょ」
「うん」
「だけど、ケーサツがそういう人捜しに参加する訳にはいかないでしょ」
「まぁ……ヒマそうにしてるけど、それはないか」
「そうなの。
で、考えたんだ。ケーサツじゃなくて、ケーサツ出身、もしくはコーアン出身の人が就職している、会社。でも、会社の方だってリスクだけじゃ動かないよね……例えば……将来警視総監って言われてる、そんな人がさ、ケーサツを退職したとき、そちらに天下りますって言ったら?」
「……よくわかんねぇ」はマコト。
「なんか有利なことでもしてれんじゃないかなぁ?」はタカシ。
「……警視総監が天下ってきたら、会社の方としては格が上がる。なんとしてでも格上げしたい会社なら、なおさらそうじゃないかな。警視総監がいるなら、口利きの幅だって広がるし……」は和範くん。これが一番正解な答え。
「そうなのよね。そう、和範くんの言ってることが正解。口利きなのよ、会社が欲しいのは。だから……自分の会社の人間を動かして、朝宮裕一郎さんの言いなりになってるってことだね」
とリストを次から次へ見ていたあたしの手が止まった。
……参ったなぁ、やっぱり載ってる。
YGCC株式会社。
「あ? どうかしたか?」
「……いや、なんでもないよ」





あたしの携帯が着メロの『抱きしめたい』を流し始めたのは、ちょうど昼の3時を過ぎたころ。
遅めの昼食、クロワッサンにアッサム・ティーを頬張っていたから、あわてて口の中を空にして、電話に出た。表示は公衆電話になってる。誰?
「もしもし?」
『……山内さん? エリナ・ガーランドです』
そう、朝宮佳奈の情報を教えてくれた、フィリピーナ・ヘルスのエリナさんだった。前に西口公園で話を聞いたとき、何かあったら電話をくれるように携帯の番号を書いた紙を渡したことを、その時になってあたしは思い出した。
「ああ、なにかありました?」
『……今ね、ここにいるんだけど?』
「は?」
『あなたや探偵さんが探してた、リカよ』
リカ。本名、朝宮佳奈。
「うっっそ!」
思わずその場に立ち上がって、カフェ中の注目を浴びてしまった……やばいやばい。
「で、どちらにいるんですか?」
『ほら、この前言ってたコンビニ』
公園側のローソンか。
「本人、側にいるんですよね。ちょっと変わってくれません?」
『いいわよ』
なにかごそごそと音がして、かわいらしい、ホントに子供のような高い声がした。
『もしもし』
「朝宮、佳奈ちゃん?」
『はい……あの、だいたいの話はエリナさんから聞いたんですけど……あたし、何のことなんだか……』
そう、エリナさんにもし会ったら電話して欲しい、よかったら本人におじいさんが探していると伝えてほしいとだいたいの内容を話してあったんだ。
「とにかく、一回会おうか? 今から……20分したら西口公園においでよ。銅像があるでしょ、変なお兄ちゃんがすっぽんぽんの」
『あ、キングの銅像ですよね』
キング、ね……。
「そう、その銅像の下で。白いキャップかぶった、結構背高めの姉ちゃんがあたし。山内瑞穂ね。待ってて」
『はい。じゃ、20分後』
電話が切れて。
そうそうにクロワッサンを平らげて、あたしはカフェから飛び出して、西口公園に向けて、走り始めた。
走り初めてから、電話をしたんだ。
マコトに。
でも、出なかった。
仕方ないから、横山探偵事務所にかけた。
『もしもし、横山……』
「横山さん? あたし、瑞穂です」
『おぅ、どうした? えらく慌ててるな?』
「朝宮佳奈から連絡あったんですけど、マコト、どこにいるか知りません?」
『ちょっと待て……ここで寝てるぞ』
まぁた、お昼寝かい!
「20分にウエストゲートパークで待ち合わせしたから、すぐ来るようにって」
電話の向こうで、派手な音と、『いってぇ!』というマコトの声が聞こえた。
……多分、横山さんったら、ソファで寝てるマコトをソファから振り落としたんだ……きっとそう。
『ま、伝えておくわ』
「はい、よろしく」





信号待ちの時間を入れて、少しゆっくりめに時間を伝えておいてよかった。
3時20分。
少しは息が切れていたけど、なんとかたどり着いた、タカシの銅像の前。
深呼吸を一つ、二つ、三つ。
うん、もう大丈夫。
……まだ若いんだしね。
「……マコトは……まだかな?」
寝ぼけのマコトは、でも、今度のことだと素早く動けるんじゃないかって、思ってた。
でも、まだのっぽの姿は見えない。
昼下がりの西口公園。
鳩が餌をまくホームレスのおじさんの周りに群がってる。いかにも仕事をさぼってるってカンジのサラリーマンのお兄ちゃんがケータイ片手に、賑やかに話してた。平日の昼間だし、夜にいるメンバーはあんまり見かけない。
その時。
確かに、一瞬見えたんだ。
一度ここで会った、浅黒金髪のエリナさんの姿が。
だから、すぐ横にいた少し背が低めの、女の子も。
「うわ……似てるじゃん、あたしの似顔絵」
うん、似てる。
やった。
予想だけで、こんなにかき上げることができた、なんていうか、絵描きの『ヨロコビ』みたいなものを瞬間感じて。
……でも、ホントに瞬間で。
いつでも一列は駐車している車が一杯な通り。タクシーもトロトロ流しで走ってるから、いつも大渋滞。
そんな通りを挟んで向こう側を二人は歩いてた。
すぐ側の交差点を横断すれば、そこはあたしのいる西口公園入り口。アフリカ系のがっしりしたお兄ちゃんが、Tシャツなんかの露店を広げてる場所。
二人は、交差点で止まった。
もうすぐ信号が変わる。
そこまで見えてた。
だから、黒塗りのワンボックスが急にスピードを上げて、交差点の、二人の前で止まったのも、見えた。
なんか、首筋が、ざわめいた。
嫌な、カンジ。
なんか、ある。
ヤバイ!
思った瞬間、あたしの身体は動いた。
交差点へ。
でも、ワンボックスのリアドアが開いて、黒スーツのがっしりしたおじさんたちが二人降りてきて、驚くエリナさんと朝宮佳奈を強引に横抱きにして、ワンボックスに乗り込んだ時、あたしは間に合わなかったんだ。
ホントに、一瞬。
すごいスリップ音と煙を立てて、ワンボックスが急発進した時、あたしはようやく交差点に着いた。おんなじように信号待ちをしていた人たちが動けなくなってて。それをかきわけかきわけして……、そのままワンボックスを追っかけようとしたんだけど、当然クルマと人間じゃスピードが違うから……。
あっという間に引き離されて、仕方なく立ち止まった。
でも、ワンボックスのナンバーを暗記することを忘れなかった。
口の中で何度も呟きながら、交差点に戻ると、
「瑞穂!」
おっそい!
怒鳴りつけてやろうとしたけど、それどころじゃない。
「やられた! 拉致られた!」





誰が呼んだか分かんないけど、すぐにケーサツが来た。
「誰か、誘拐されたと聞きましたが……」
なんだかいかにも新人警官ってカンジのお兄ちゃん。制服も着慣れてないみたいで、すぐに襟元に手をやる……階級も巡査。ペーペーじゃん。
「さあ、あたしは知らないけど」
白を切ったあたしの顔を、マコトは信じられないって顔で見てたけど、でもすぐに、
「オレも知らねぇ。なんか、あったんスか?」
「ご存じないですか? ……困ったなぁ」
名前と住所を聞かれて、素直に応えた。職業も聞くので、仕方なくマコトが名刺を出した。
「……横山探偵事務所と言うと……横山署長の?」
「元、ね」
「そう、その元署長さんところで、働いてるんスけど」
「失礼しました!」
突然、そのペーペーケーカンは、あたしとマコトに最敬礼して。
「そのような方とは存じ上げませず、ご無礼つかまつりました!」
いや……なんか、時代劇入ってるし。
「いや、いいスけど……」
「お帰り下さい! 何かありましたら、こちらから事務所の方にお伺いします」
「はぁ」
というわけで、簡単に無罪釈放となったわけで。





「なあ、瑞穂。なんで、言わなかったんだよ」
なんだか疲れ切って動かない足をひきずって、とりあえずデニーズに向かうあたしの頭を、あたしよりも高い身長のマコトが軽くポンと叩いた。
「……」
「瑞穂」
「……言わなかったんじゃないの。言えなかったの」
「は?」
「いい? マコト。ねらってるのは、誰なのよ。二人を拉致るような人間で、一番考えられるのは、誰よ?」
「そりゃぁ……」
名前を言いかけて、そこでようやくマコトは気づいた。
「え? じゃ……」
朝宮裕一郎。
そうよ、一番可能性が高いのは、次期警視総監。
だから、場合によっちゃ、もみ消されかねない……だったら、なおさら、佳奈を保護するために動いている人間がいるなんて、気づかせない方がいい。
それに、もしケーサツが動いたとしても。
叔父が姪を招くのに、理由がいるのかとかなんとかごねられたら、それでおしまい。
最後の尻尾が掴めない。
それじゃ、ダメ。
ダメなんだ。
佳奈のためにも。





渡したメモを見て、和範くんは眼鏡の向こうから、目一杯視線を伸ばして、
「……これは?」
「今日、佳奈が誘拐された。その時乗せられたクルマのナンバー。盗難だったら手がかりなしだけど」
「……ナンバーから何を?」
「とりあえず、どういうクルマか、洗って。何も出ないなら、この前の会社リストを徹底的に浚うしかないでしょ。とにかく、こっちからあたってくれないかな」
「……顔色、青いよ」
「ん、大丈夫だから」
重たい体をなんとか椅子に落ち着かせて、あたしは思わずぐったり伸びてしまう。
「……」
「おい、瑞穂。大丈夫か?」
「いやだなぁ……トラウマだよ」
「なに? トラと、ウマの話か? それは前にヒカルの時に」
「そうそう、ヒカルちゃんの時にしたよね」





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