Collapsed Family 08






これは、絶対的な拒否。
そう、あたしは必死だった。
『母親』に認められよう、家族の一員であろうと、必死だったんだ。
でも、それは何度となく否定され、粉々に砕かれた。
だからあたしは、造り直した。
……新しい山内瑞穂、母親という存在を排除した、あたしを。
「……なのに、今更……なんで」
自分の中の気持ちを、一気にぶちまけて。
すっきりした、というより、感情が止まらなくなった。喉の奥がつまった。一気に涙腺がゆるんで、次の瞬間、涙が止まらなくなった。
ふわっと、パルファムが香ったかと思うと、あたしは尚にいの胸の中にあった。
「……ごめんな、気づいてやれなくて」
「違う」
涙は相変わらず止まらないけど、喉のつかえはとれた。感情を押し切れなくなると、涙がこぼれる前にのどの奥が締め付けられる。そのつかえがなくなったから、あたしは口を開いた。
「違うよ、尚にい。これは気づいてもらうことじゃないんだよ。あたしが1人で克服しなきゃいけないことだったの……尚にいや雅にいに頼ってちゃ、決して前には進めないから」
【けどね、瑞穂】
雅にいの手が語り始める。
【尚にいと何度も、話をしたんだよ。瑞穂と、母さんのこと。確かに瑞穂にはひどい母親だよ……でも、母子は分かり合わなきゃいけないんじゃないかな。
赦す赦さないは別にしても】
「……そうだな」
【だとしたら、もうあんまり時間がないんじゃないかな。サナトリウムにいるってことは、相当弱ってるってことじゃない?】
「……あたしは、話をしてもいいよ……でも、あの人が話をするとは、思えないけどね」
精一杯の、妥協。
行くのは、構わない。でも……いつもと同じ態度しかとらないんだ……完全無欠の無視を決め込まれることは……行かなくても分かる。
それから尚にいは、オヤジ殿に連絡を取った。
『どうするもなにも。あいつが選んだ……最期だろうが。三浦さんとの最期のひとときを、オレが邪魔するわけにいかないな』
オレが必要かどうか、3人で見て決めて来い。オレはそれから動くから。
よどみない答えに、あたしたち兄弟は顔を見合わせて、フキンシンにも思わず吹き出した。
あんまりにも、想像していた答えと同じだったから。





だけど、あたしたちの考えは甘かった。
『弱ってる』はずの人が、とんでもないことをしでかすなんて、誰が考える?
すくなくとも、あたしたち兄妹は考えてなかった。
三浦のオジサンから電話をもらって、また事態はキューソクに動いたんだった。





「はい……お願いします」
どこで調べてきたのか、三浦のオジサンがスウィートルームに電話をかけてきた。取ったのは、尚にい。
声が固くなったから、あたしは尚にいが誰と話しているのか、すぐに分かった。
尚にいは、母さんを嫌いだけど、それ以上に三浦のオジサンが嫌いなんだ。母さんが『ホントに、直正にそっくりだわね』と言うと、無表情になってた。母さんはどうして尚にいがそんな顔になるのか、まったく分かってなかった。
今の尚にいは、あの時の無表情だ。すぐに雅にいも気づく。
【瑞穂、三浦さん?】
「みたいだね」
「何かご用ですか? は? 来てませんよ? え? いなくなった?」
少しだけ、尚にいの仮面が外れた。大急ぎで修正して、
「分かりました、心当たりにあたってみます」
【いなくなったって言った?】
雅にいは読唇術も出来る。だから、尚にいの唇の動きで、事態を察した。
「……母さん、だね」
【そうだね】
顔色を変えた尚にいが振り返って、口を開こうとした瞬間をねらって、声を上げる。
「母さんがサナトリウムから消えたって? で、いつの話?」
「……瑞穂」
「いつの話?」
「……今朝の事らしい。クルマと運転手の松永と……榎本、それから看護婦さんと、医療セットもない」
「ということは……」
【計画的脱走、だね】
雅にいの言葉に、大きく頷いて、あたしは尚にいを促す。
「で?」
「あ?」
「だから、探そうにも手がかりがないことにはどうしようもないでしょ?」
「……それがだな」
言い出しそうだから、あたしが言い出してあげた。
「前の晩に、友紀子叔母から電話があった……違う?」
「……瑞穂」
「友紀子叔母は、あたしの居場所を松本組の人間に調べさせて、母さんに教えた。ということじゃないの?」
冷静に、ごくごく冷静に、あたしは言った。
「あたしが、探すわ。間違いなく、母さんはあたしに会いに来る」
「……瑞穂」
「クルマは……ベンツだね」
「そうだろうな」
あたしは小さく頷いて、ポケットから携帯を取り出した。





2回だけコール音を繰り返して、タカシはすぐに出た。
『はいよー、姉さん、ご用かな?』
「タカシ、頼みがあるの。G-guardians、動かしてくれないかな?」
多分携帯を左手に持ってるタカシは、今頃眉をひそめてる。でも、即答はしない。
まず、あたしの話を聞く。
『……確か、えらーくディープな話を聞いたときも、お願いだったよね?』
「そうだね。
あたしのお願いなら、なんなりとって言ってたのも、タカシだよね」
『……』
タカシが黙った。
あたしだって、バカじゃない。
タカシは、フクロのキングだ。あたしの便利なパシリじゃない。
それに、動くのはタカシだけじゃない。
G-guardiansって、何百人もいる、グループが一斉に動き出す。簡単に『あたしのお願い♪』ってことだけじゃ、動けない。このまえのキキコミに情報振るぐらいは簡単だけど、2度も続くと……どうなんだろう?
「松本組の話、したでしょ」
あたしの視線の向こうで、尚にいがぎょっとした表情を浮かべている。足下ではテオが尻尾を精一杯振っているけど。あたしは続けた。
「今度のファルコンのことだけどね、供給ラインが安定すると、フクロの勢力図が変わるよね」
『……やっぱり、瑞穂姉さんのことだけ、あるじゃん。仮にもキングって言われてた僕を脅そうなんてさ』
「脅す? まっさか。そんなこと、出来るはずないじゃん。あたしはそのついでに、自分のお願いをしたいだけよ」
『羽沢を動かすのか? まこっちゃんと同じで、お前もやくざは嫌いだろうが』
タカシの口調が変わった。真剣な話になると、タカシは『キング』に戻る。あたしは心の中だけで苦笑しながら、
「あたりまえでしょ。関わり合いたくないわよ。でも、少なくとも、松本組だけはあたしが切り捨てなくちゃいけないのよ」





タカシは渋々ながらあたしの提案を聞いてくれた。電話を切ると、尚にいが信じられないと顔に書いてあるような表情をして、
「瑞穂、いつからそんなに……」
「たくましくなったって?」
あたしは違う番号をメモリーから探しながら、尚にいに応える。返ってきた答えは予想を超えていた。
「違う、オヤジに似てきたんだなっと思って」
あまりの答えに、あたしは電話に出たマコトの呼びかけに、すぐに応えることが出来なかった。
『なに』
「だから、松本組を叩く。それもかなり急いで」
『なに考えてる?』
マコトの説得も、結構な時間がかかった。あたしはイライラしながら、タカシにした説明を繰り返す。マコトは、しばらく黙っていたけど、すぐに返事をくれた。
『……わかった、今回はお前が指揮を執れよ。タカシにも連絡したんだろ?』
「うん」
『じゃ、オレとG-guardiansはお前のガードに回る』
その時、雅にいがあたしの肩を軽く叩いて、
【瑞穂のガードは、高沼くんを回すよ】
「ホントに?」
『あ? なに?』
「いやー、専属のガードがついたから、別によくなったんだけど」
『ボディ・ガード?』





マコトとの電話が終わって、あたしは尚にいと雅にいに、少しだけ説明をした。
「池袋に限らないけど、組っていうのは数限りなくあるでしょ。構成員5人くらいまで入れると、池袋にある組事務所は百を越すんじゃないかな」
「……ま、主要都市だとどこでも一緒ってことだな」
「そうだね。とにかく池袋では、3つの大元があって、それでバランスを取り合ってる」
その一つが、関東賛和会羽沢組。どちらかというと、『昔からのやくざ』ってカンジで、クスリなんかには手を出さない。『ショウバイ』と『ショウバイのミカジメダイ』で収入を得ている。
ま、そんな詳しい情報は、横山さんから前に教えてもらったんだけど。
「ぎりぎりのバランスを取り合ってるのに、ここに松本組が入ったら? バランス、一気に崩れるよね」
【瑞穂、ダメだよ】
尚にいよりも早く、雅にいが気づいた。言葉の意味に、尚にいはまだ気がついていない。
「雅紹、何がダメ?」
【尚にい、いい? 瑞穂は、バランスを取り合ってる3つの組を、追い立てるつもりなんだよ。松本組の排除を、やくざにさせるつもりなんだよ】
……雅にい、半分正解。
「瑞穂!」
「雅にいの言葉、半分当たってるよ。でも、半分外れてる。だって、あたしはやくざ同士の抗争をさせるつもりなんて、全然ないよ。だって、そんなことしたら、場合によっては、関係ない一般人を巻き込むことになるんじゃないの?」
「……どうするつもりだ?」





「セーシキに、受けてきたよー、姉さん」
「ありがとね、タカシ」
「まーったく、乗りかかった泥船はなんとかって言うでショ。だから、ね」
なんだか違うような気もするけど、深く追求しないでおこう。
とにかくあたしは、足下にいるガイセリックの背中を軽く撫でた。それからあたしの後ろに立っている、高沼くんに声をかけた。
「高沼くん」
「はい」
「ねー、そうやって仁王立ちされると、とーってもうっとうしいんだな。横に座るか、どうかしてくれない?」
みんなの視線が(ガイもなんだか言えない表情で見ているのに、)気にならないのか、高沼くんは胸を張って、あたしが座るベンチの後ろで仁王立ち。あたしはふかーい溜息をついて、
「たっかぬま、くん」
「……では、横に座らせていただきます」
「はいはーい、そうしちゃってください」
いつものように、西口公園、ことウエストゲートパーク。
ベンチというか、とにかくもうしわけ程度にある、背の低いフェンス。みんな、ベンチとして使ってる。その一画、普段ならG-guardiansのメンバーがウエストゲートパークを監視している場所なんだけど、今日は違うメンバーがいるから、ちょっとびっくりかもしれない。
まず、キング・タカシ。
有名人の真島マコトと、その連れのあたし、つまりカメラマンの山内瑞穂。
あたしの足下に座る、茶色の毛並みの大型犬。
それに、あたしの背後にずーっと立ちっぱなしの男。
……確かに怪しいグループだわな。
最初に動き始めたのは、G-guardiansとタカシだった。
タカシがまず羽沢組に連絡を取った。
『最近、フクロにクスリを売りさばく連中がいる。どこの所属か。どこでもないなら、潰していいか』
と。
もちろん羽沢組からすれば、まーったく知らない。それと同じ説明を、他の二つの組にも送った。すぐにやくざさんたちは、その緊急事態を読みとった。
どこかの国の政治家よりも、危機管理体制が整ってるっていう意味では感心すべきことだよね。
とにかく、羽沢組を合わせた3つの組が、連絡を取ったんじゃないかな、でもすぐに連絡をしてきた。羽沢のおじいちゃんから、タカシに。
『今度の事件、片づけてくれるんだったら、それぞれから百、出そう』
もともと、金銭欲ってものがないタカシは値をつり上げることもなく、あっさりと引き受けた。
つまり松本組の進出の芽を詰めってこと。
下っ端はタカシとG-guardiansで足りる。でも、ちょっとぐらい偉くなると、そうもいかない。だから、友紀子叔母をなんとしても引き出さなくちゃいけない。
「つまり、上と下と、同時にチェックメイトしなくちゃいけないってことだろ?」
「うん、そういうこと」
「下は、G-guardiansが抑えるってことナリか?」
「そうなの」
「……上は?」
そこまでは手が出ないぞ。マコトとタカシの無言の問いかけに、あたしはにっこりと笑ってみせて、ガイの頭を軽く撫でながら、
「あたしと、兄ちゃんたちが引っ張り出す」
あたしたち、兄妹で友紀子叔母と、母さんを引きずり出す。
松本組の芽を摘むために。
あたしたち母子の関係を、見直すために。
あたしは『松本組を潰す』と、『母さんとの対決』を一挙両得、一石二鳥で片づけようとしていることを、マコトとタカシに説明していた。
高沼さんは知らないみたい。でも、多分三谷原さんにうちの『カテージジョー』というものはレクチャーされてると思う。
「ところでさ、瑞穂ねえさん」
「はい?」
「そちらのワンちゃんは、なんでいるのかな?」
「うおん」
タカシの呼びかけに、茶色のレオンベルガーこと、ガイセリックはまた尻尾を精一杯振りながら声を上げる。あたしはもう一度頭を撫でてやってから、
「この子は、すっごく賢いの。友紀子叔母と、母さんの匂いを覚えてる。犬の嗅覚はバカにならないと思うのよ」
「……つまり、メンバーと」
「あ、その言い方いいかも」
というわけで、期間限定チーム結成。ここにはいないけど、尚にいと雅にいも入れてもいいと思う。





まず、雅にいが動く。
友紀子叔母にメールを打つ。
是非とも会ってしたい話がある。緊急を要するけど、こっちは東京で仕事があって、手が離せない……母さんのことだ。
すぐに、友紀子叔母から返事が来た。
『明日、そっちに向かいます。夕方には着くと思う』
ビンゴ。まず、1人が罠にかかった。あたしと雅にいは顔を見合わせて、にやりと笑った。
翌日の朝には、G-guardiansに総動員をかけた。フクロに現れるベンツをマークするように。ナンバーは教えてある。すぐに情報が集まり始めた。やっぱり、母さんは近くまで来ている。だから情報を流した。今日の夜8時に、山内瑞穂はウエストゲートパークにいる。まず、来ると思う。
G-guardiansにはもう一つおっきな仕事がある。
松本組のフクロ進出を止めること。こっちはちょっと大作業になった。
松本組のクスリ・ファルコンの売人を片っ端からマークして、取り引きしているところをデジカメで抑えて、買ってる人間の方をコンピュータで上手に消して(こっちは捕まえる必要なんてないんだから)、足がつかないようにケーサツに届ける。
ファルコンがいかに売れてるかは、集まってくるデジカメ・データの多さで分かった。
それをあたしが片っ端から売人だけが分かるようにデータ処理して、G-guardiansの誰かが偶然、交番の前にデータの入ったCD-Rを落とす。
ケーカンが気づいた時には、G-guardiansはもう姿を消してて、ケーサツは中のデータを見て、現行犯逮捕できると喜ぶ。
朝取ったデータは午後にはケーサツの方がごらんになって、3時過ぎにはフクロ中でパトカーが走り回っていた。
大体のファルコンの売人が姿を消した、夜。
友紀子叔母から雅にいにメールが届いた。
『東京駅に着きました。ホテルに行けばいいの?』『用事で池袋に来てます。
池袋の西口公園で8時にお待ちしてます』
役者は、揃ったはず……なんだけどな。





「こんばんは……」
タカシとマコトが、見上げている。
二人とも背の低い方じゃない。マコトなんて、多分自分より背の高い人間を見たことないんじゃないかな。尚にいを、口を開けて見上げている。
「君らが、えっと……真島マコトくんと、安藤タカシくんか。瑞穂がお世話になってるね」
「はぁ」
「ちょっ、尚にい。なんか父親の挨拶じゃないんだからさ」
「そうか?」
「そうだよ」
あたしだって長身の方。なのに、尚にいの背の高さは犯罪。アメリカでも、尚にいより高い人は、ほとんどいなかったらしいし。
ウエストゲートパーク。
普段なら、いろんなパフォーマーがそれぞれに楽しんでるのに、今日は何もない。ナンパする兄ちゃんも、される姉ちゃんもいない。G-guardiansが入り口を張ってるから、酔っぱらいすら入ってこない。
ホントは尚にいが出てくる必要なんてなかった。
そのために、雅にいは自分のSPである高沼くんをあたしに回したんだから。
でも、相当のシスコンの尚にいとしては、気になって気になって、どうしようもなかったんだろう。
ま、別に構わない。
尚にいがいたら、友紀子叔母と話がしやすくなるから。
ウエストゲートパークには、ほとんど人がいない。
いるのは、あたし、尚にい、タカシにマコト、それから高沼くんと、ガイ。
もうすぐ8時。
池袋という、繁華街の真ん中にあるはずなに、ウエストゲートパークの空気は、冴え冴えとして、あたしは密かに溜息を、ゆっくりと吐きだした。
どんなエンディングにたどり着いても、あたしは受け入れなきゃいけない。
これは、ゲームじゃない。
現実の……吐き気がするほどリアリティに溢れた、真実。





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