空の彼方で雷鳴 11






「誰も聞かないよね、母さんが、みのるさんの両親も、たくさんの人が死んだのに、誰も聞かない。あの人の答えは決まっている。『不測の事故だった』。不測の事故って、何をしていたの? それすら分からないじゃないか。僕は知りたいだけなんだ。なんで、みんなが死ななきゃいけなかったのか……」
「ロボットの型組成に使う金属の反応テストだって言っていたことを、お前も聞いたんだろう?」
「たくさんの人を巻き込むような事故になるであろうことは、分かったはずじゃないか! それに、なんで、あの人だけ、無傷なんだよ! 実験中は席を外さないって、父さんも言ってるじゃないか!」
一度激すると、感情の熾き火はなかなか消えない。クェーサーに不完全燃焼だっただけに、感情の抑えが効かない。ハーモニーが冷や冷やしながら、音井父子を見つめている。コードはプロジェクターの中で、まるで瞑想しているかのように目を閉じている。だが、会話に耳を澄ましている様子は感じられた。
「正信、だが起きたことだ。どんなに努力し、慎重にことを行っても、事故は起きる。そのことは、アトランダムでお前も知っているだろう?」
正信が幼い頃、 【A-H】HORMONYを完成させた音井信之介の技術力に期待して、頭脳集団アトランダムは、【A-A】ATRANDOMを一任した。性格プログラムは既に完成し、起動していた。だが、身体とのバランスが悪く、何度も暴走、破壊を繰り返した。何度やっても、アトランダムは完成しなかったのだ。それこそ、信之介が今度の身体は大丈夫と工学的計算の上で自信を持って作り上げた身体は、しかし、アトランダムには合わなかった。何度も事故は起きた。組成金属の不融合からの爆発もあった。正信は苦心する父親の姿を何度も見てきたのだ。
信之介も、今度の『事故』を過去のこととするつもりはさらさらない。
この常夏の地に来て、常に一緒にあった妻を失った。
その喪失感故に、ロボット工学を辞めようとまで思った。だが、辞めたところで、詩織は帰って来ないのだ。
事故の原因を追及しても、その中でクェーサーのミスを見つけたとしても、それは何にもならない。事故の再発防止にはなるだろう。だが、それは信之介がすべきことではない。事故調査委員会が既に行い、白書まで作って一部を公開している。それを熟読すれば、事故防止に努めれば二度と起きないだろう。
だが、そんな知識的なことを正信は問いかけているのではない。
心の問題。
喪失感。
事故の責任の在処を、正信は信之介の向こうにいる、クェーサーに問いかけているのだから。
「正信……」
「納得いかないんだ! それで、なんで研究に戻れるのかが!」
「正信!」
信之介の制止も届かない。正信の思考が、怒りと悲しみに支配されかかった時。
ポーン。
軽やかな音とともに、プロジェクターの中で、輝く緑で構成された少女が姿を見せる。
「みなさま、ごきげんよう。 【A-E】EMOTION;Elemental-Electro-Elektraでございます。失礼してよろしうございますか?」
既に失礼していたコードは、横目で妹を見遣った。複雑な雰囲気を感じ取ったエモーションは胡座をかいて座りこんだ兄に、救いを求める視線を送る。
「……なんだか、いつもと違う感じなんですけれども?」
「それが分かれば上等。ところで、何か用事か?」
「え、ええ。おばあさまがまもなくこちらに到着する予定ですから……。みのるさんは大丈夫なの?」
「問題ないようだ。エレクトラ、先に帰って」
「どうしてですの? 先に返したい理由でもありますの?」
「……」
沈黙した兄の姿を見遣って、奇妙な雰囲気の一同を見回して、エモーションは小さくため息をついた。
「なんだか分かりませんけど、お兄さまがわたくしをここから早く追い出したいように、感じられますわ」
「そんなつもりはない」
「そうでしょうか?」
「……」
次第に姿を見せつつあった、正信の疑問。それに対する信之介の言葉。もしかしたら、人間の一番醜い部分をさらけ出しつつあるのかもしれない。それをエレクトラに見せてよいものか。
コードの沈黙は、思案であったのだが、エモーションには通用しない。何か起こりつつある出来事を、エモーションだけ見せないように、兄が隠しつつあると、考えたのだ。そうなると好奇心ばかりが先行するのが、エモーションの問題点だった。
「お兄さま」
「待て。博士が来たようだ」
コードの言い逃れではなく、確かに音井研究室に声高な足音が接近しつつあった。





沈黙の中、ドクター・カシオペアは手早くみのるの状態を診察して、そして深く安堵の溜息をついた。
「大丈夫、ただ意識を失っただけ。しばらく眠れば、問題ないでしょうね」
なぜ自分が倒れたのか、聞くだろうけど。
博士は最後の言葉を、のみこんだ。ここで、怒りにふるえている様子の正信にそれを告げたところで、何になるだろう?
小走りで音井研究室に飛び込んだ博士は、さすがは心理学者である、一瞬にしてその場の雰囲気を読みとった。
沈黙している音井博士。
怒りに満たされた双眸の正信。
混乱している様子のハーモニー。
そして、違う意味の怒りを持って兄を見つめている、エモーション。
結跏趺坐の姿で、音井父子を見つめているコード。
何かが、あった。
だが、ドクター・カシオペアは追求せず、てきぱきと決めていく。
「そうね、もう少し様子を見ましょう。音井くん、しばらくみのるをこのままにしても構わないかしら?」
「ええ、そうですね……」
「意識が戻ればいいけれど。様子を見て、このまま病院に向かいます。音井くん、電話を借りるわね。病院に電話するわ」
「私に出来ることは?」
「今は、ないわ」
「そうですか」
「エモーション」
兄をにらみつけるように見つめていた妹は、半瞬、母の声に遅れをとった。
「…はい、おばあさま」
「病院で異常がなければ、そのまま連れて帰るわ。夕ご飯を用意しておいてね」
「では、テイクアウトを注文しておきます。中華がよろしいですか?」
「あまり刺激物がないほうがいいわね。そうだわ、デザートも」
「わかりました」
エモーションはもう一度コードの背中をにらみつけて、たおやかに一同に挨拶をしてから、姿を消した。
直後、結跏趺坐のコードが立ち上がる。
「コード?」
「……博士、みのるは無事なんだな」
「ええ」
「……、オレは出かけてくる」
「そう。家にはいつでも連絡できるようにしておいてね」
「……わかった」





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