「俺、つきおうてる彼女がいます」
嶋本の告白に、真田は小さく頷いた。
嶋本にそういう女性がいることは、嶋本がヒヨコ時代から知っていた。教官だった黒岩が何かの飲み会で言わせているのを聞いたことがある。
「ああ、聞いたことがある」
「…………同い年の、医者してるんです」
「そうか」
「…………頭も良くて、性格も……悪うないんです」
「ああ」
嶋本は大きく大きく溜息を吐いて、独白のように言った。
「……もう4年、俺とつきおうてるんです」
「ということは保大を出てすぐ、か」
「ええ」
強いね、嶋本さんは。
そういう真っ直ぐな視線を……あたしも持ちたいな。
かつて暗い廊下のベンチから見上げたさとりの顔。
今でも忘れない。
今でも、大切にしたい。
でも、手放さなくちゃいけない時もある。
あの、優しい笑顔を。
「俺は、あいつのために、区切りをつけんといかんと思うんです」
「そうか……」
「それを言うたんです」
「………………」
「あいつは、怒りましたよ」
なに?
それって……………あたしと別れるってこと?
なんで別れなくちゃいかへんの?
あたしは、別れるつもりなんてあらへんのに。
「それは怒るだろうな」
「………………」
「それに、シマ」
真田がぽつりと呟いた言葉に、嶋本は瞠目する。
「大切に思っているのに、それを放棄するのか」
「え?」
「お前の言葉は、そういう風に聞こえる」
大切なもの。
愛しているもの。
束縛と、自由。
矛盾する思い。
それは、本当に小さな、嶋本の心のすれ違い。
そうか。
たったそれだけのこと。
答えは最初からあったのに、俺は目を背けとった。
やっぱり、答えは簡単で。
さとりに、言えばよかっただけやった。
「隊長、俺、ちょっと電話してきます」
「ああ」
少し晴れやかになった嶋本の横顔をちらりと見て、真田は苦笑する。
わかりやすい、男だ。と。
昨日から、明らかに嶋本の周りの空気が淀んでいた。誰もがそれに気づいていた。3隊に入って既に1年。3隊のムードメーカーになりつつある島もとの明らかな変化に、普段回りに疎い真田ですら気づいた。
『なにかあったのか? 聞いていないか、高嶺?』
『あ、聞いてないけど…シマらしくないですよね。風邪かと思ったけど』
真田は片二重の双眸を幾分細めて、再びコーヒーを口に運ぶ。
わかりやすい、だが、優しい男だ、と。
資機材倉庫のドアを開けて。
嶋本は辺りを見回した。
時間は明け方。
倉庫の中に、人影はなく嶋本は安堵のため息をついてから、手にしていた携帯電話を開いた。
短縮ダイヤルを押す。
画面の表示が『氷野さとり』と、穏やかな笑顔のさとりの写真が出て、嶋本は思わず笑んだ。
出てくれ。
さとり。
言いたいことが、あるんや。